2511 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

バンプが「新世界」に辿り着くための旅の軌跡

ライブ前日に想う、BUMP OF CHICKEN「aurora arc」を聴いての全曲感想

2005年、14歳の頃、BUMP OF CHICKENを好きになった。
「バンプ命」と堂々と公言するくらい全身全霊でのめり込んだ。
2013年、紆余曲折があり、自らの意思で「命と同じくらい大事だったバンプのCD」を全て手離した。
そして、2016年に突発的に急にライブに行った。
でもそれを最後に「放置」していた。
以降、カップ麺やゲームのCMで流れてくるフレーズを小耳にはさむくらいで、決して積極的に関わってはいない。曲名も知らない。
そんな最近のバンプを何も知らない私が、「aurora arc」を聴いた。
「完璧」だと思ってしまった。
「こんな完璧なものを作って今後どうするつもりなのか?」と聞きたくなってしまうくらい完璧だと思った。
そして思った。
 
 

これは、「新世界」に辿り着くための旅の軌跡だ。
 
 

1.aurora arc

メンバー全員で実際にカナダのイエローナイフまで行き、その後スタッフに「aurora arcというタイトルで曲を書いてよ」と言われ藤くんが書いたインスト曲。最近忙しくて旅行に行けてないな~という人にぜひ聴いてほしい。なぜなら、聴くだけで、頭の中に澄んだ夜空と澄み切った空気が広がり、曲が終わる頃には脳内一面にオーロラが広がっているから。たった2分6秒でカナダのイエローナイフまで飛んでいってオーロラを見る体験が疑似体験できる、壮絶にコスパの良いお得ソング。それくらい、この曲はものすごい力を持っている。オーロラに自分の心の全体が包まれ、簡単にふわっと持ち上げられてしまうような感覚。オーロラは、見る時によってそれぞれ色が異なるらしい。同じように、聴く人や聴く時の気持ちによってこの曲はそれぞれ違う姿を見せてくれるが、どんな姿であっても、私たちの心をふわっと包んでどこか遠い世界へ連れて行ってくれる。

2.月虹

心をふわっと包まれどこか遠い世界に連れていかれた直後、疾走感ほとばしるこの曲が始まる。タイムマシンで言うと、あの、時空を超えている最中のよくわからないぐにゃぐにゃした空間を突っ走っているかのような曲。とにかくスピードを出さないといけない。少しでも速度を緩めると二度とどこにも辿り着けない。そんな、どこまでも必死で真っ直ぐな疾走感が痛いくらいに伝わってくる。

《何も要らない だってもう何も持てない あまりにこの空っぽが 大き過ぎるから》
抱える空洞が大きいから何も持てない。何も持てないというか、その空洞に何も入れたくないから今こうして全身全霊で必死で突っ走っている。きっとこの先にある「何か」を掴むためには、今何かを入れる訳にはいかないのだ。

《僕の正しさなんか僕だけのもの どんな歩き方だって会いに行くよ》
どんな歩き方だっていい、体裁だとか世間体だとか見栄えだとかそんなことは関係ない。「何か」を掴むために自分だけの歩き方で進むんだという強い決意を感じる。
 そしてCメロで突然スピードを緩める。このCメロで完全に「入口」に到達したんだと分かる。時空を超えている最中のぐにゃぐにゃした空間を抜け、「入口」に到達した。《世界が笑った様に輝いたんだよ 透明だったハートが形に気付いたよ》それまでは迷い続け模索する言葉が並んでいたのが一気に「確信」へと変わった瞬間。さあ、入口に到達した。ここから先、一体何が待っているのか。果てしなく大きなワクワクと少しだけの不安が止まらない。

3.Aurora

 私は、最近のバンプを全く追っていないので、この曲をこの「aurora arc」を聴くタイミングで初めて聴いたのだが、こんなにとめどなく涙が出ていいのかと怖くなってしまうくらいに涙が止まらなかった。なぜかは分からない。この曲が作られた背景など何も知らない。とにかく「自分の心の一番奥深くに手を入れられている」ような感覚を覚えた。
《もうきっと多分大丈夫 どこが痛いか分かったからね》
 歌い出しのワンフレーズ。このたった28文字に、いとも簡単に自分の心の奥深くの、この世の誰にも見せていなくて自分にしか知り得ないような部分にそっと手を入れられたような気がした。
《自分で涙拾えたら いつか魔法に変えられる》
 どうしよう。今出ているこの涙の拾い方が私は分からない。分からないまま曲は進む。
《正義の味方には見つけて貰えなかった類 
 探しに行かなくちゃ 呼び合い続けた あの声だよ》
 一体私は何を探しに行かなくてはいけないのだろう。呼び合い続けたあの声というのはなんとなくわかる。「みんなが知っている自分」と「みんなが知らない自分」で呼び合い続けたあの声だ。
《溜め息にもなれなかった 名前さえ持たない思いが 
 心の一番奥の方 爪を立てて 堪えていたんだ 
 触れて確かめられたら 形と音が分かるよ 
 伝えたい言葉はいつだって そうやって見つけてきた》
 ああ、そうだ。人はいつだって内省しないといけない。そんな大事なことすら忘れてしまう、この騒々しくてせわしない世の中と自分の生活。自分が思ってもいないことを言って、したくもないことをしないとお金を稼げないこの世の中。そんな日々の中では、自分が本当は何を考え、本当は何を想い、本当はどう行動したいのかすら忘れてしまいそうになる。だからこそ、時にこうして心の一番奥にある、爪を立てて堪えていた、あの思いを自分で掬い取りに行かないといけない。私にとってのその「掬い取る」とはまさに音楽を聴くことだ。音楽を聴き、その言葉とメロディに想いを重ねることで、自分の本当の心を思い出す。そんな毎日だ。
 《形と音が分かるよ》と始まり、最後は《形と音をくれるよ》と変化しているのが心地よい。自分の本当の心すら忘れてしまいそうになるこの生活。その中で、自分にも本心があることを知り、その本心が何なのか考えて思い出す作業。人は悲しいくらい忘れていく生き物なので、そうして何度も同じ作業を繰り返していかないといけない。私はこの「Aurora」という曲を聴くことでその作業をすることができたんだと感じた。
 そして、後になってこの曲が「藤くんが曲作りをしている自分に向けて書いた曲」だと知った。ますます涙がとまらなくなった。本当に心の底から「藤くん、ありがとう」と思った。今まで藤くんが曲を作り続けてきたことに心から感謝を述べた。
 また、その後に「自分だけではなく、他にもいろんな仕事をしている人に向けて書いた曲でもある。」ということを知った。また涙がとまらなくなった。そうか、だからこんなに響くのか。思ってもいないことを言って、したくもないことをしないと生きていけないこの生活。自分はそんな生活に実は疲れていたのかもしれない。もう疲れた誰か助けてよ、と心が叫んでいたのかもしれない。この曲を初めて聴いた時止まらなかった涙のふるさとはここかな、と思えた。

4.記念撮影

 『写真を撮ったということ』を書き上げているこの曲。写真や画像はいつか消えるが、写真を撮ったことはいつまでも消えないから、という考え方がまたどこまでも藤くんらしいなと思う。確かに、今の自分がいる場所は《目的や理由のざわめき》に囲まれている場所だ。仕事、生活、家庭。様々な目的や理由に取り囲まれて《昨日と似たような繰り返しの普通に 少しずつこっそり時間削られた》日々だ。でも「あの写真を撮ったということ」を思い出せば、一瞬であの頃に戻ることができる。遠吠えとブレーキ、一本のコーラ。喋ったこと、黙ったこと。そもそも人生を歩んでいくことが「1本の映画をずっと撮影しているようなもの」かもしれない。たまに立ち止まりその映像を自分の中で再生し、流れていく映像をある場面で止めることができる。それが藤くんの言う「写真を撮ったということは消えない」なのかもしれないと思った。
《ねぇ きっと 迷子のままでも大丈夫
 僕らはどこへでもいけると思う》
 バンプは始まった時から20年以上経った今も、ずっと迷子のままだ。そしてそのバンプに心惹かれてしまうリスナーもまた「迷子」なのだと私は勝手に思っている。もちろん私も「迷子」の一員だ。でも、迷子だからどこにも行けないわけではない。迷子でも歩くことはできる。ただ、目的地が分からないだけなのだ。バンプを知った14歳の頃から14年経った今もなお「迷子」のままの私にこんなに優しく寄り添ってくれる言葉はきっとこの世界のどこにもない。
《そして今 想像じゃない未来に立って
 相変わらず同じ怪我をしたよ》
《目的や理由のざわめきに囲まれて
 覚えて慣れて…》
  確かに、今私が立っている未来は14歳の頃には全く想像していなかった未来だ。そして、14歳の頃と全く同じ怪我を今日もしている。そして、目的や理由のざわめきに囲まれて覚えて慣れる生活を繰り返している。なぜ、ここまで藤くんは私のことを知っているのだろうか。不思議で仕方がない。

5.ジャングルジム

 「童謡」と「絵本」という要素を兼ね備えた、バンプの真髄のような曲。藤くんが弾き語るこの曲は、まるで子守唄を優しく歌われながら、絵本を読み聞かせられているような、自分の身も心も全て委ね安心してうとうと眠ってしまいそうになる、究極に心地よい曲だ。聴いていると、子どもの頃自分が遊んでいた公園をいくつかポンポンと思い出す。そして思い出すのは、公園の遊具や遊んだ友達だけでなく、その日見ていた景色と匂い。
《一人残って 掌の鉄の匂いを嗅いでいた》
《その日 僕を見ていたのは 欠けた月の黒いところ》
 あの日は鉄棒を握っていたのと同じ掌で、今は電車のつり革を握っている。でもあの日自分を見ていた欠けた月の黒い所は、今日も変わらず自分を見ている。間違いなくあの頃とは何もかもが変わっている今だけど、一体何が変わらないものだと思う?と、そっと自分に問いかけてくれている気がする。

6.リボン

 バンプ20周年に際して、藤くんが書き上げた曲。明らかにバンプのメンバー4人のことをストレートに書いていると思う。《ガラス玉ひとつ分》というワードだけで心が震えてしまうのはなぜだろう。もう歌詞の全てが金言でしかないので、抜粋するのも不可能なくらいの力を持った曲だと思う。
《ここはどこなんだろうね どこに行くんだろうね
 誰一人 わかっていないけど
 側にいる事を選んで
 今側にいるから 迷子じゃないんだ》
 一人一人は確実に迷子なのだけど、迷子が集まることで「迷子じゃない」と思える。人が人と関わり合い寄り添って進むことの尊さのようなものがこのフレーズに全て出ていると思う。
《意地や恥ずかしさに負けないで
 心で正面から向き合えるよ
 僕らを結ぶリボンは 解けないわけじゃない
 結んできたんだ》
 「解けなかった」という自動的なものではないのだ。ここまで彼らが続いてきたのはそんな自動的なものではなく「結んできた」という能動的なものがあったからだ。ずっと何かを現状維持し続けて自動的に進んできたわけではない。山あり谷あり色んなことがあったが、それでも「結ぶこと」を選んできたバンドなのだ。たったこのワンフレーズで、それが痛いくらい伝わってくる。バンプは傍から見ると穏やかそうな仲良し兄ちゃん4人組で、喧嘩やしがらみもなさそうなイメージがあるかもしれないが実はそうでもないということを静かに大人しくでも限りなく強く伝えてくる。これぞまさに「弱虫の一撃」というバンド名にふさわしいフレーズだ。そしてこれは、何も彼ら4人だけの話ではない。自分に置き換えれば、家族や友人。全て自動的に今まで続いてきたもののようにも思えるが、きっと「結んできた」のだ。自分の意思で。昔はあんなに仲が良かったのに、もう連絡を取らなくなり疎遠になってしまった友人など星の数ほどいる。それでも、今自分の周りにいる人達は「結ぶこと」を選んできた人達なんだと思った。解くのは簡単だ。ピッと1本引っ張れば簡単に解ける。でも、結ぶのは難しい。くぐらせて引っ張って、時に解けたらまた結んで。自分の周りにいる「結ぶことを選んできた人達」に感謝し、これからも大切にしたいと思った。
 そして極めつけがこれだ。
 《嵐の中をどこまでも行くんだ
  赤い星並べてどこまでも行くんだ》
 この「赤い星」とはきっと私が14歳の時手書きで書きまくっていたあのロゴのど真ん中に輝くあの4つの赤い星なんだな。そう気づいてしまった時、これからもこの4つの赤い星をずっと追い続けたいと思った。

7.シリウス

 自分の周りの人達の大切さに気付かされた後に始まる、必死にしがみつかないと振り落とされそうな疾走感で自分自身に何かを静かに強く問いかけてくるメロディー。
 《これは誰のストーリー どうやって始まった世界
  ここまで生き延びた 命で答えて
  その心で選んで その声で叫んで
  一番好きなものを その手で離さないで》
 SNSの普及により、顔も知らない色んな人の意見が簡単に目に入ってくるようになったこの時代。だからこそ「自分自身が何を考えて選んできたかちゃんと自分の言葉と声で答えて」と突き付けられているような気持ちになった。人に迎合し意見を合わせることも重要だが、まず前提として「自分の意見を自分の言葉で持つ」そしてどう行動するのかまた自分の心で考えていきたい。そして「一番好きなもの」って自分にとって一体何なのか。そんなことを考えてみようとも思った。
《やっと やっと 見つけたよ
 ちゃんと ちゃんと 聴こえたよ
 どこから いつからも
 ただいま おかえり》
 自分の中にいる「2人の自分」の会話だと思えた。他人に合わせる自分と、ありのままの自分。そのどちらも必要で、そのどちらに傾き過ぎてもいけなくて、最適なバランスを探す。「生きる」とは最適なバランスを探す作業なのかもしれないと思った。

8.アリア

 これもまた、自分の中にいる「二人の自分」のことを歌っていると思った。他人に合わせる自分と、ありのままの自分。だから《僕らはお揃いの服を着た 別々の呼吸 違う生き物》なのだ。間違いなくどちらの自分も自分なのだけど、また違う生き物でもある。《笑うから 鏡のように 涙がこぼれたよ》あちらの自分が笑えば、こちらの自分が泣く。あちらが立てば、こちらが立たない。結局、生きるって、世の中って、誰かと関わるって、そんなことの繰り返しだよなと改めて思わされる。この曲の言葉にならない声の部分にそれが表れている気がした。何度も繰り返されるフレーズ。不思議な力を持っている。自分の手が自然に空に吸い寄せられて行って手をあげ強く叫びたくなる。この言葉にならないフレーズを何度も聴いていると、自分の中にいる「二人の自分」はどちらも同じだけ大事にしてあげないといけないな、なんてことが心にふっと降りて来た。

9.話がしたいよ

 「疲れていた時にギターを持ったらできた曲」らしいが、ここで藤くんは正体不明のバスに乗ることで、今まで自分のやってきたこと、歩いて来た道筋を振り返り再確認している気がした。ここで言っている「君」は「過去の藤くん」な気がした。自分もたまに、過去の自分と話がしたくなるような瞬間が訪れることがある。そんなことを思う時はやはり紛れもなく「疲れている」時である。
《今までのなんだかんだとか これからがどうとか
 心からどうでもいいんだ そんな事は
 いや どうでもってそりゃ言い過ぎかも いや 言い過ぎだけど
 そう言ってやりたいんだ 大丈夫 分かっている
 ガムを紙にぺってして バスが止まりドアが開く》
ラストのこのフレーズは、あまりにも素直すぎて、口をついて出た言葉をそのまま歌詞にしているようだ。紛れもなく自分に言い聞かせている言葉。こうして過去の自分と話をしてとことん内省しつくすことで、噛みつくして味のなくなったガムを初めてぺっとしてまた一歩踏み出す。バンプはつくづく、過去と現在を行き来するのが好きなバンドだよなぁと思うのだが、内省することで、また新しく踏み出せる。生きるとはそんなことだよなと思えた。
 ちなみにこの「ぺっ」は私の中だけで「世界で一番美しい響きの『ぺっ』」に認定された。

10.アンサー

 これも藤くんが「過去の自分」と対峙しているかのような曲に思える。
《魔法の言葉 覚えている 虹の始まったところ
 あの時世界の全てに 一瞬で色がついた
 転ばないように気を付けて
 でもどこまでもいかなきゃ》
 「アルエ」の《日なたに続くブリッジ》は勝手に「虹」のことだと思っているのだが、このフレーズを聴くとそんな曲を聴いていた昔のことまでスッと思い出してしまう。
《それだけ わかっている
 僕だけ わかっている
 だからもう 離れない
 二度ともう 迷わない》
 ラストのフレーズは、まるで何かを自分に言い聞かせているようだ。また、転んで泣いていた迷子が自分の足で立ち上がり歩きだした瞬間。藤くんは、転ばないように気を付けてはいるが、間違いなく何度も転んできた人だと思う。しかし、その度に立ち上がって歩き出し、アップデートを続けてきた。ここまで強い意思をもって立ち上がった先には一体何が見えるのか、そのまだ見ぬ景色がまた楽しみになってしまうような曲だ。

11.望遠のマーチ

 立ち上がった迷子が少しずつ歩く速度を速めるかのようなテンポで始まる曲。1番のAメロではスタスタと勢いのまま、体の向くままに歩き助走を続ける。そしてBメロですこしスローなテンポになり、立ち止まり、しゃがみ込む。一体何のためにしゃがみ込むのか。そう、飛ぶためだ。そしてサビで爆発する。
《いこうよ いこうよ
 嵐の中も その羽根で飛んできたんだ
 いこう いこうよ》
 まるで望遠鏡の筒の中に閉じ込められた起爆剤が、着火され爆発してどこか別の世界へ飛び出していったかのような伸びやかでいてそして爆発的な勢いも秘めているフレーズとメロディー。ものすごい速さで、誰にも止められない速さで、確実に目的地を定めて飛行を続けているのが伝わってくる。そうか、いよいよ迷子は目的地を定めたのかもしれない。そう確信してしまうくらいの勢いがある。
 そのまま2番へと入り、ものすごい速度で飛行したまままた新しい望遠鏡に収まり、サビでまた新しい起爆剤に着火される。
《希望 絶望
 どれだけ待ったって
 誰も迎えにこないじゃない
 いこう いこうよ》
 完全に迷子は目的地を定めたと確信した。希望も絶望も待たない。自ら決めたその場所へ一目散に飛んでいくと決めたのだ。
 そのまま流れるように自問自答するCメロに入り、目的地への軌道の最終確認を終える。もう止まらない。
《いこうよ いこうよ
 その声頼りに 探すから見つけてほしい
 いこう いこう》
 この「いこう」の転調部分で、完全にBUMP OF CHICKENが最後のギアを入れたのが分かった。心が震えた。もうこのまま、この人たちは目的地に到達してしまうんだ。
《絶望 希望
 羽根は折れないぜ
 もともと付いてもいないぜ
 いこう いこうよ
 心はいつだって 止まれないで歌っている
 繰り返す今日だって 今日だって叫んでいる
 嵐の中も その羽根で飛んできたんだ
 いこう いこうよ
 いこうよ》
 これだけ、文字にしても伝わらない「いこうよ」という4文字はないというくらい、文字では何も伝わらない。この4文字にどれだけの爆発力が込められているのか。まだ「望遠のマーチ」を聴いたことがない方はぜひ聴いてほしいとしか言えない。羽根は折れないと言ったかと思えば、最初からないと言い、でもその羽根で飛んできたと言い、もう悪く言えば意味不明のヤケクソ大爆発状態になっていると言っても過言ではないのだが、あれだけ悩みに悩んでいた迷子が目的地を定め突っ走っているのでこれでいいのだ。意味不明でヤケクソ大爆発状態になるのが正しい。何かとんでもなく大きな変化が起きたというのは十分伝わってくる。これでいいのだ。

12.Spica

 とんでもない爆発感の後に突然始まる、静かで落ち着いた一定の流れ。それが「Spica」だ。爆発して最終の軌道に乗って、その軌道の中を一定の速度でゆっくりと漂っている感覚。この流れに乗り終わったら、別の世界に辿り着いてしまうんだという確信が持てる。

《汚れても 醜く見えても
 卑怯でも 強く抱きしめるよ
 手をとった時 その繋ぎ目が
 僕の世界の真ん中になった
 
 どこからだって 帰ってこられる

 いってきます》

このゆったりとした流れの中で、汚れていても醜くても卑怯でも抱きしめることを決めた。そして自分が帰っていける場所があることを再確認した。《いってきます》と一言でサッと締めて、彼らは一体どこに向かおうとしているのか。

13.新世界

 そう、迷子たちは新世界に辿り着いた。その目的地こそが「ベイビーアイラブユーだぜ」だったのだ。「ベイビーアイラブユーだぜ」という、今までのバンプ界の常識を明らかに180度覆し、バンプファン界に激震をもたらしたこのワード。個人的にここは一つの「到達点」だったのだと思う。
《泣いていても怒っていても 一番近くにいたいよ
 なんだよそんな汚れくらい 丸ごと抱きしめるよ
 ベイビーアイラブユーだぜ ベイビーアイラブユーだ
 ちゃんと今日も目が覚めたのは 君と笑うためなんだよ》
この世界の醜く汚い部分、そして美しく綺麗な部分。その全てを一気に丸ごと抱きしめて受け入れると決めた結果「ベイビーアイラブユーだぜ」という一言が生まれたのだ。なんだか、一見するとただのチャラくて軽い言葉に思えるが、その真意は全く異なると言っていい。チャラくて軽く見える言葉だからこそ、実はものすごく壮大な意味が込められているのだ。「この世界の醜い部分も美しい部分も全て認めて受け入れる」ことよりも強いことはない。これさえできれば最強なのだ。これができないから、人間たちはもがいて嘆いて争いを繰り返す。「ベイビーアイラブユーだぜ」は、何があっても何もかもに立ち向かえる最強のワードだ。好きだの嫌いだの言わずに、全部丸ごと世界を愛してしまえばいい。ただそれだけの話が「ベイビーアイラブユーだぜ」という言葉になっただけだ。
 そしてこの軽くてチャラくて果てしなく最強な言葉を胸に秘めた最強の迷子は、君と笑うために今日もちゃんと目を覚ますことができるのだ。
 

14.流れ星の正体

 某雑誌の、某連載が終了するにあたり生まれた曲。中学生の頃、本屋に走り巻末だけ読み満足してそのまま棚に戻していたあのちょっと面積が広めの雑誌を思い出す。リスナーと藤くんが間違いなく時間と距離を越えて繋がっていたあの小さなスペース。人の心を夜空とし、夜空と夜空を流れ星が向かっては消え、向かっては消えていく。人間が想いを交わすことを、ここまでの表現に変えられるそのとんでもなく次元を超えた表現力にはもう今更だが恐れ多くひれ伏すしかない。
《お互いに あの頃と違っていても 必ず探し出せる 僕らには関係ない事
 飛んでいけ 君の空まで 生まれた全ての力で輝け》
藤くんは、BUMP OF CHICKENは、いつでも、私たちの夜空に届くように流れ星を向かわせてくれている。それは確かな光でもあるが、永遠に光ることはなくスウッと消えてしまう。そして必死に探さないと見つからない。だからこそ一人の聴き手として、全身全霊で懸命に流れ星を探し、見つけ、また同じように「生まれた全ての力」で輝かせた流れ星を夜空に放ちたいと、そんなことを思った。
 
 

明日2019年9月11日、京セラドームで、どんな色の「Aurora」が私の心をどんな風に包んでどこへ連れて行ってくれるのか。楽しみで、仕方がない。
 

「いってきます」
 

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい