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心斎橋から道頓堀へ消えたあの娘の影を探して

2019年9月7日TOUR『NUMBER GIRL』なんばHatch公演によせて

NUMBER GIRL、復活したってよ。
 

彼らの復活の報は多くの人にとって未だ伝聞系でしかないだろう。それを事実とする為彼らの姿を垣間見ることの出来る権利は、当初僅か1万枚にも満たなかったからだ。
その上北の大地での復活のニュースを受けた後、なんとしてもこの眼に焼き付けるべく慌てて取った直線距離1200kmの航空チケットは無惨にも自然の脅威の前に消し飛んだ。
しかし念には念を入れ戦っておいた述べ1時間にも渡る電子上での争奪戦での勝利のおかげで、まだまだ残暑厳しい9月7日、私はなんばHatchに立っていた。

長いエレベーターを2回ほど昇った先の電光掲示板には、点滅と移動を繰り返す赤い稲妻で描かれた『NUMBER GIRL』の文字。
どれだけぼんやりと眺めたとして、私の中には今日ここにNUMBER GIRLを見に来たという実感は湧かない。遠くから轟音の様に薄らと聴こえるリハーサルサウンドですら、機械的なBGMのようだ。
開場までまだ数時間あるというのに、周辺には疎らながらも揃いのデザインのTシャツを来た人々が彷徨いている。
当たり前のように私は彼らの事など誰一人知る由もない、けれどなぜか互いが互いの目的を無言の圧力で確かめ合っているような緊張感が周辺には漂っており、傍から見ればなかなか奇妙な空間であったに違いない。

開場の17時を過ぎ、黒々と屯していた群衆はどんどん建物の中へと吸い込まれていく。多くの人が実感もないまま波に身体を任せ入場した事だろう。
人混みをざっと見回すと、約6~7割が昔の彼らを知らぬ20代だろうか。『自分たちを知らぬ世代へ』と復活を決めた向井秀徳の思惑はひとまず叶ったということになる。
開演18時丁度に場内アナウンスが鳴り響く。一瞬静まり返った喧騒が徐々に戻ってくる中、前触れもなく客席が暗転。
眩い光がステージいっぱいに煌めき、横幅の広いステージとは対照的に小ぢんまりと必要最低限のスペースだけを取った楽器たちが姿を見せる。
暴発したような観客の怒号のような歓声の中、ついに彼らは姿を現した。

アヒト・イナザワ。
田渕ひさ子。
中尾憲太郎45歳。
そして向井秀徳。
NUMBER GIRLは、確かにそこに居た。
 

『大あたりの季節』に始まり「大阪!お久方ぶーり!ぶーりぶーり!お尻ぶーりぶーり!」と小学生低学年男児の様なMCを連呼する向井。日比谷の時以上に彼の中でのブームがあったのか、この日は終始ぶりぶりと叫び続けていた。
うねる大蛇の如き中尾憲太郎のベースラインに、耐え切れなくなった人々が客席前方の群衆に突撃していく『鉄風 鋭くなって』。
「殺!伐!」のカウントも20年前と変わらない『タッチ』、観客に大合唱の渦を巻き起こす『ZEGEN VS UNDERCOVER』。
そして「福岡市博多区から参りましたNUMBER GIRLです、ドラムス・アヒトイナザワ」から始まる怒濤のドラミングにこの日最初の咆哮にも似た怒号が巻き起こった『omoide in my head』。
この時、どこか遠くにいた私の意識は初めてNUMBER GIRLのライブにいる実感を持つ。
 

《ねむらずに朝が来て ふらつきながら帰る
誰もいない電車の中を 朝日が白昼夢色に染める》
―omoide in my head/NUMBER GIRL
 

全てが同じだった。
向井の口上やアヒトの轟速のドラミング、4つのカウントに続く鳩尾を殴り付けるかのような轟音。
その音の後ろで聴こえる客席の空間を裂く破裂音のような興奮した歓声や騒めきまで。
大きすぎるぐらいのヘッドフォンで耳を塞ぎ、猫背で街を歩いていた寒い冬の日に大音量で耳元で鳴っていた、あの音楽と。
全てが、今、同じように鳴り響いている。
途端に全身の血が沸騰するかの様な感覚に襲われ、目からは何の感情なのか説明もつかない涙が溢れた。
本当に、彼らは、帰ってきたのだ。
私は両手に拳を握り締め、天に突き上げそして獣の如く吼えた。
 

向井は復活に際して、初めて4人で合わせた音はきっとキラキラと炸裂するだろう、そこに昔のような鋭い光はない、とインタビューで語っていた。
実際に彼らの現在の音にその表現はとても的を得ていて、確かに20年前のようにぎらついた殺伐感のあるサウンドではなくなっている。
20年前の彼等は喩えるのであれば切れっ端のギターの弦を無理くり束ねたようなもので、一束に纏まってはおり他の存在とは一線を画した魅力を持ってはいたものの、長さも違けりゃ向きもしっちゃかめっちゃか、おまけに切り口は丸出しで痛いったらありゃしない。
しかし20年近い年月各々で研鑽を積んだ彼らの鉄弦は一重にも二重にも太く厚くなっており、その幾重にも重なった中での輝きや光沢、鈍色の光を放つバンドとなっているように思う。
特筆すべきはやはり『TATTOOあり』や『NUM-AMI-DABUTZ』において、機械を磨り潰すかのような荒れ狂う轟音を不釣り合いなその細い身体から鳴り響かせる田渕ひさ子のギター。
そして『裸足の季節』や『EIGHT BEATER』での鬼神の如き凶暴な音圧とさながら日本刀のような斬れ味を魅せる中尾憲太郎のダウンピッキングベースだろうか。
そんな両者のサウンドも相まって、長く伸びた夕闇の陽のような橙色の照明が差す『YOUNG GIRL SEVENTEEN SEXUALLY KNOWING』での郷愁感や、獰猛な獣が這い摺り回るかのような『MANGA SICK』の重厚感に、伝説と謳われたバンドの更なる進化の片鱗を確かに垣間見ることが出来た。

ライブはその後もどんどん展開していき、前述の通り己の内に猛る衝動に耐え切れず前方の群衆に巻き込まれてゆく観客は後を絶たない。
私自身もそれまで比較的立ち位置を変えずライブを楽しんでいたが、2回目の『omoide in my head』で突如雷に撃たれたように『この曲が2回ある理由』を悟り、1度大人しく見たのであれば2度目は本能のままに、と周囲の客と人混みに突撃し翌日の全身の痛みと引き換えに楽しんでしまったクチである。
しかしそもそもが選ばれし者のみの公演であった事なども幸いし、行為そのものを乱暴に楽しむのではなくあくまで自然発生した押し合い圧し合いが乱発していたように感じたのも少し印象深く、厳重なチェックの甲斐もあり本当にNUMBER GIRLの音楽を楽しみたい人達の多い公演となったのではないかと感じている。

『EIGHT BEATER』『IGGY POP FAN CLUB』で観客を縦に揺らし本編を終え、日比谷と同じように2度目の『omoide in my head』でアンコールを迎える。
そして向井が「福岡でNUMBER GIRLが最初に録った曲」と称し、今公演正真正銘の最後の曲として披露したのが旧バージョンとなる『トランポリンガール』であった。
あまり聴き慣れないその曲は我々のよく知るNUMBER GIRLの楽曲と比べると確かに明らかに異質なものであったが、どこか初々しさすら感じるようなフレーズがあちこちに散らばった楽曲を演奏する彼らの姿に、私は時折ふと20年以上前の福岡にいた頃のNUMBER GIRLの影を見たような気がした。
一面に木目の壁と防音素材が広がる少し湿気た埃っぽいスタジオで、きっと若かりし頃の彼等はその後何度も使った手法と同じようにこの曲を全員で一発録りしたのであろう。

NUMBER GIRLというバンドは元々その傾向が顕著に強かったものの、20年を経た今ますます個々の才能の塊と化している。
遠い福岡の地で出会い、共に上京し東京の地で戦い、1度は道を違えた彼ら。
約20年という歳月は、人ひとりの人生に於いて並々ならぬ重さを持つ。それでも、4人はそれぞれの人生の歩みを進め、不意な事からまたこうして4人で歩み始めることを選んだ。
とは言え、この交わった4本の道は何処まで添い続けていくのか。彼らの歩調が合わさるのは今年1年間のみなのか、これからもずっと続いていくのか、誰も知るよしもない。
いや、そもそも彼ら4人がまた同じ方向を向いて共に歩んでいる事をひとまずはシンプルに喜ぶべきで、先んじてこれからの事を案じ思うのは今は野暮な事であろう。
 

解散を決めた17年前、こんな未来がある事が彼らには分かっていたのだろうか。きっとそんなはずはない。
これから二度と4人全員の人生が交わる瞬間はない、当事者の彼らもそうとしか思えなかっただろうし、本当はきっとそうなるはずだった。
彼らはやはりロックの神様だとか、今回の復活を奇跡だとかそんな稚拙な表現を使うつもりはない。
しかし20年以上前の彼らの面影を垣間見ながら、私は人の人生という物の数奇さを思い、半ば尊さに近いものを感じたりもし、彼らの演奏を前にただ茫然と立ち尽くしていた。

この20年NUMBER GIRLという音楽は、きっと多くの人の孤独の記憶と共に生きていた。
深夜の真っ暗な自室のパソコンの前や、田舎道の自転車を漕ぐ学校の帰り道。
お下がりのCDプレイヤーから伸びる絡まったイヤフォンを突っ込んで、眺めた真っ赤な夕陽。
騒やかな音と共に、あの頃の景色も、空気の匂いも、全て思い出せる。
今でも顔を思い出せるくらいの友人も少しはいた、淡い恋の1つや2つもあった、成績も別にそこまで悪くはなかった。
環境に恵まれていなかった訳ではない。それでもいつもどこか、心の中には暗い穴があった。
その穴を心地好い騒音で埋める時間。それだけが、本当の自分の全てだと思っていた。
私だけではない、彼らの轟音に打たれ涙を流した人達は、そんな当時の自分の小さな背中を、撫でてやる事が出来たのだろうか。

あの頃の自分よ、この轟音が聞こえるか。
NUMBER GIRL、復活したってよ。
 

公演終了のアナウンスに背中を押され、人波の流れに身を任せながらぞろぞろと人々は会場を後にし、日常の街の喧騒の中に消えてゆく。
ハコを出たその時からまた何気ない一分一秒の始まりで、そこにいるのはくたびれたTシャツを見に纏った冴えない自分が只一人。
小さな頃思い描いていた大人とは程遠く、毎日を磨り減らすように生きる日々。景気はずっと下り坂、一発逆転なんて甘い夢はとうの昔に棄てた。
自分を取り巻くクソみたいな環境はきっとそんなに変わらないし、これからも大してぱっとしない人生のまま生きてきっといつか死ぬ。
それでもライブの帰りに飲むハイネケンの缶ビールは美味しくて、自分の人生もまあまあ悪くはないのかもしれないと思いながら、重い脚を引き摺って帰路に着いたのであった。

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