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生きるとは終わりのない謎々みたいなもの

米津玄師がオパールになる頃

即決だった。
2019年8月12日、日付が変わってすぐの頃『馬と鹿』の先行配信が始まっていると知りすぐ試聴した。試聴してすぐ、いや試聴する時間が惜しいくらいすぐにこの曲をフルで聴きたいと思った。即断だった。
遡って2019年7月7日、何の事前告知もなくドラマ『ノーサイド・ゲーム』の主題歌としてこの『馬と鹿』は世に放たれた。初めて聴いた時、歌詞を深読みすると米津視点からのヒトリエのwowakaとの絆というか友情を綴った歌詞にも思えた。またその解釈か。そう思われてもいい。こんな解釈をする私こそが馬鹿なのかもしれない。
しかしフルバージョンを聴くと印象がまた違って聴こえた。
ここでは盟友を亡くして悲しいというところから一歩進んだ米津の思いが歌われている。そう思った。その思いは歌詞に込められているとも。

〈歪んで傷だらけの春
麻酔も打たずに歩いた
体の奥底で響く
生き足りないと強く〉

〈まだ味わうさ 噛み終えたガムの味
冷めきれないままの心で
ひとつひとつなくした果てに
ようやく残ったもの〉

ここまでの歌詞は米津のこれから先も音楽家としてやっていく決意の歌のように感じた。
Cメロの転調部分から少し曲の雰囲気が変わる。

〈まだ歩けるか 噛み締めた砂の味
夜露で濡れた芝生の上
はやる胸に 尋ねる言葉
終わるにはまだ早いだろう〉

〈誰も悲しまぬように微笑むことが
上手くできなかった
一つ ただ一つでいい 守れるだけで
それでよかったのに
あまりにくだらない 願いが消えない
誰にも奪えない魂〉

間奏を挟みDメロでまた曲の雰囲気が変わる。

〈何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を
晴れ間を結えばまだ続く 行こう花も咲かないうちに〉

そしてDメロ途中からはストリングスの音も入り、大サビでは大切な人を亡くした痛みを抱えたまま生きていくという悲壮な決意が歌われている。そう感じた。

〈これが愛じゃなければなんと呼ぶのか
僕は知らなかった
呼べよ 恐れるままに花の名前を
君じゃなきゃ駄目だと
鼻先が触れる 呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

あまりにくだらない 願いが消えない
止まない〉

アウトロでさらなる盛り上がりを聞かせるストリングスの音は次第に悲鳴にも似た音に変化していき、そして最後は急にぷつりと音が止み静寂が訪れる。

〈終りのない謎々みたいだよ〉
かつて『センスレス・ワンダー』で米津の盟友、ヒトリエのwowakaはこう歌った。
『馬と鹿』を聴いて、生きるということはまるで終わりのない謎々みたいなものだと思った。その謎々の答えを人生で探し求める。だけどきっと正解はない。

『馬と鹿』では米津のビジュアル面でも驚くことが多々あった。
7月末に新しいアーティスト写真が公開され、米津の髪色が灰色がかった青になっていたのにはひどく驚いた。私の中で米津玄師といったら黒髪という先入観があったからなのと、黒以外の髪色の米津を見たことがなかったからだ。
今年行われたツアーのタイトルは「脊椎がオパールになる頃」だった。だけど脊椎だけでなくまるで米津自身がブラックオパールになってしまったような印象を受けた。
オパールについて調べたら石言葉というものがあるのを初めて知った。オパールの石言葉は「幸運を呼ぶ」などだという。
またMVでは青髪の米津の鋭い視線がまるで鬼みたいだと思いゾクッとした。青髪の奥から覗く鋭い眼光にたまらなくゾクゾクした。
しかしあれだけの大人数にむらがられて人間が怖くならないのだろうかと思った。私だったら怖い。

前作の『海の幽霊』は私には盟友を亡くして悲しいという歌に聴こえた。だがこの『馬と鹿』はそこから一歩、いやもしかしたら二歩も三歩も進んでいるのかもしれない。

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