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yahyel

人間の生と死

yahyel、友人に教えて貰った表現家の団体名だ。彼らは俗に言う歌手だ。しかし彼らは俗にはまるのを好んでいない。何故なら俗というもの自体に元々の意味が込められていないからだ。しかしyahyelは、新たなジャンルを開拓していこう等とも考えてはいない。私は私、貴方は貴方ただそれだけの事を彼等は話しているのだ。ここまでは彼らについての側の部分の話をしてきたがこれからは彼らの本質について述べていきたい。yahyel、彼等が1番我々に訴えかけたい事 それは 「私は誰なのか」という事だ。現代 人間一人一人が持つ文化、環境、土地、思考等があるがこの4つの要素は我々人間を構成していく部品であると言っても過言ではない。しかしyahyelが唄いたいのはその4つ以上によって生まれた人間構成にアイディンティティ(自我)は存在しているのかという事だ。本来 人間の本質に土地や国柄は一切関与していないのだ。いや、関与してはならないものなのだ。しかし土地や国柄は、大いに人間構成を硬度するものである。我々はその2つの部品に身を委ねすぎているのではないかとyahyelは唄いたいのではないかと考える。私が初めて見た彼らの作品は「Pale」だ。MVではyahyelのvocalである池貝峻自ら主演となって演じている。永遠と同じ事を繰り返す ループをMVで行っておりそれは自然 地球というものはただの繰り返しを行っているだけという皮肉的な意味が込められておりニヒリズムを提唱しているようなそんなMVになっている。ここで言いたい事は結局我々人間は、生まれた瞬間から死へと向かってスタートしていくのは必然なのであるからその括弧の人生の中で何が出来るのか、先程述べた文化、土地、環境、思考に惑わされて良いのか 本来のアイディンティティを喪失しているのではないかと彼等は訴えかけたいのではないかと考える。他にもyahyelの作品について述べたいが歯止めが効かなくなるのでここら辺で一区切りするとしよう。yahyelが我々に問いかけるものとは難関に見えて単純なものなのだ。彼等が全人類に課した問題を我々が解いていく。彼らにも彼等なりの答えがあり正義がある。その思考は彼等の曲媒体によって表現されている。yahyel、挑発を促す様な良い意味での喧嘩を音楽という媒体に乗っ取り表現している。私もいつか彼等のように「私」という存在を何かの媒体によって表現したいものだ。

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