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米津玄師の音楽を吸い込んで

大切にしていきたい音楽に出会えた

ある日、その声に出会った。 
あまりに何気なすぎて、でもなんだかよく覚えている。
当時始めたばかりの語学の勉強のために買ったオモチャみたいな値段のイヤホンで、久しぶりに耳をふさいで歩くことが増えた日。せっかくだから、音楽とか、YouTubeとか…サイトを開いたら、ドラマの主題歌で人気が出ていた「Lemon」がホーム画面にあった。
主演の女優さんが好きだからドラマは毎週見ていた。いつも凄くいいタイミングで曲が流れていたけど、ドラマにマッチしすぎていたのか私の目と耳が一緒に働けないのか、実はあまり耳に入っていなかった。
ちゃんと聞いたのは、この日が最初かもしれない。МVの画面を開いて、その曲を聴いた。はじめまして、米津玄師さん。
今思えばあらゆるところでその声に触れていた。
「Lemon」を聴いた。曲が始まってまもなく、聴いたことのない不思議な音が入っていた。隅っこについているねこのマークに触ったから、鳴いちゃったのかと思って、スマホの縁を慎重に持った。でも、鳴き声じゃなかった。
それくらい、知らなかった。
 
「Lemon」は失ってしまった大切な人を歌った歌だとすぐにわかって、歌詞を頭が追っかけていく。多くの人がそうであるように、私も亡くしてしまった大切な人を思い出した。思い出したと言っても、私にとってはいつまでも昨日のようでありあまり当時と気持ちが変わらずにいる。いつまでもこのままなのだろうと思っている。
その時から何度も何度も「Lemon」を聞いて、いつも同じところで涙がでた。行き帰りの道々で聴くから、毎日泣き歩いて自分に困ってしまった。なんでこんなに泣くのかわからない。泣きながら歩くのもなかなか恥ずかしいので、「Lemon」は一旦やめた。
それからYouTubeのおすすめに任せて、次々とその音楽を聴いた。すっかりファンになっていた。CDを求めてお店に行った。
次々といっても、1曲を何日も何日も聞いている。その度に発見する新しい音、遠くにたくさん音符が見えるのが毎回新しくて、楽しくて、切なくて、飽くことがなかった。
歩きながら音楽を聴くことはとても気分が良い。私にとって歩いている時間は考えている時間だった。やるべきこと、休日の予定、くだらない妄想、今日のごはん。まるでできなくなった。たくさんの音、歌詞の意味、そこから考えるいろいろ。頭を使って音楽を聴いている。
意識が耳に集中して、完全に心を持っていかれた。歩いて、歩いて、このまま目的地に着かなくても、家に帰れなくてもいいやと思ったことさえあった。
そうして過ごしてたくさんの曲を聴きおぼえた。ちょっといいイヤホンを買った。
遠くに聞こえる小さな音まで吸い込んで、頭の中は一日中音楽が流れている。頭の中のおおよそがその音楽に侵食されて何をするにも集中できない。気を抜いたらどこでも口ずさんでしまいそう。仕事もミスってしまいそうだった。
たくさんの音と声が耳に住みついて、その重なりがどれも心地よかった。
星空を聴いて、なぜかまるで違う地元の白い冬を思い出し、春の息に暖かい風が待ち遠しくなった。鞄を持つ手が小さくピースサインをしてしまう日。上京したてのあの頃。あの時の君の気持ち。
耳から離れないほど聴いたはずなのに、数十年ぶりの同窓会の案内状を見てから聴けば青い頃がよみがえり、まだ誰の顔も見ないうちにまた涙が出た。
ドローンの響きに鳥肌が立つ。この狼は彼自身かしら。こっちのチェリーボンボンの方が好き。雨っていいな。
口ずさむ声が次第に大きくなっていることに気が付かなかった。新幹線で隣に座った女の子に、「あの、歌声が…」と声を掛けられる。恥ずかしい。

「かいじゅうのマーチ」のイントロを聴いたとき、よちよちと歩き始めた甥っ子の姿が思い浮かんだ。危なっかしいけど力強く、懸命さの塊のような表情で真剣な一歩をつなげていく。
まだ私を誰ともわからない小さな彼。それでも私の顔をみて、「えへっ」と見せる満面の笑みに心がやわらかくなる。本当に愛おしくて私たち家族にとってとてもあたたかい存在。
このかいじゅうみたいに、心優しい子に育ってね。
こんなに愛らしい彼に会わずに遠くに行ってしまった父は、彼の顔を見たらどんな顔をするだろう。

子煩悩で私たち姉弟を本当に愛情深く育ててくれたと思う。けがをしたといえば、その傷跡までを心配するような心根のやさしい人だった。たくさん言葉はないけど、人の心が見えているかのようにひとつ言葉をくれるのだ。
私は今まで一度だけ自分の気持ちをコントロールできないと思ったことがある。父を送るその日。どうにもならなかった。あまり遠くに行かないで。心で何度もそう言った。届いているかは、わからない。
自分の感情はいつも少し離れたところにいた。無意識に本当のこころは我慢しなくちゃいけないと、きっと小さなころからそうしていた。それがうまくできない日だった。
思えば、親のいない世界に生きていたことがない。絶対的な安心感の元に私たちは生きていた。もう何年も経つのに、それを失った不安と、姿のないさみしさに今も勝てずにいる。
あ、そういうことだったの。
あんなに涙が出た理由がわかった。あの歌の詞。

戻らない幸せ

そう頭ではわかっていても心が全く納得していなかった。どうしたってもどらない。わかっているけど諦められない。バラバラの頭と心があった。人間の感情はどこにあるのか。どちらかが満足すれば、きっとそれは感情として成り立つのかもしれない。でもうまくいかないこともある。完結したかのように錯覚して。
あの歌声が気づかせてくれた。長い時間を経てもまだ自分がつかめない感情に。そのまま蓋をしていたことに。力が抜ける。でもまだよくわからない。
光がきっと守ってくれる。そういうことかな。
そうであるなら、きっと光はいつも私のそばにある。小さな彼が私の目を見て笑うとき、ああ、ここにもちゃんと光があるんだと思えた。
疑うことはなかった。ちゃんと私の願いを聞いてくれていた。あの穏やかなやさしさに今も私たちは照らされていた。

新しい曲も、少し前の曲も、どれもキラキラしている。
でも、ボカロというものになれるのに時間がかかった。何と言ったらよいのかとにかく馴染みがなかった。冷たい機械の声になかなか心が動かない。
同じ曲を歌声で聴く。ブレスの音に温度を感じ、ほっとできた。あんなに苦手だった冷たい声も、温かい声の後に聞けばすっと耳に届く。
そのうちにライブの申し込みが始まった。私には経験がなかった。行けばすばらしいのはわかっている、でも。
何よりそこまで思えるアーティストに出会ったことがなかった。
今こそ。そう思った。すごく心が動いたのに、怖くてできなかった。
私はまだ、そのたくさんの音楽を知らないし、ファンとしてはたいそう地味。ひたすら聴いて、今日をがんばる、しかしていない。SNSも利用しないから、こそっとコメントを読むだけ。
それなのにこんな文章、大それたことを。どうしてそんな気になったのか。

今度のライブはぜひ行ってみたい。会ってみたい。本物を聴いてみたいのだ。きっと素晴らしい空間なのだろう。
そしたら、ガチャ1回だけしよう。かわいいあの子、私のところに来てくれるかな。

はじめましてから、まもなく1年。これからもどうぞよろしくね。
いつも手を繋いでいてくれるような歌声。
いつまでもBGMにならないその音楽。
さて、今日もこの声と一緒に。

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