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さあ、錨をあげて出航だ。

BUMP OF CHICKENが包む私の不安-リトルなブレイブを確かに受け取った日ー

「感動」とは、美しいものや素晴らしいことに触れて強い印象を受け、心を奪われることを指すらしい。
それは熱狂、興奮、高ぶりといった言葉でも表現されるようだ。

BUMP OF CHICKENがニューアルバム「aurora arc」を引っ提げて、絶賛催行中のツアー「aurora ark」の京セラドーム初日、私は船員の一人として一夜の船旅にお供した。
その船旅に至るまでの私自身の経緯と、当日感じた「感動」について、ここで文字として表現させてほしい。私には、文字で表現するしか、この感情のやり場が、ないから。

今回の京セラドーム公演は、4月上旬に当選していたので4か月と少しの期間、ずっと楽しみにしていた。前回のツアー「PATHFINDER」は見事にすべて抽選落ち。昨年末のCDJ18/19は参加できたのもの、彼らの単独ツアーに一人で行くのはこれが初めてだった。

初めてのライブツアー参加。私以外にもこのフレーズが当てはまる人はたくさんいたことだろう。
私は今回の参船に、尋常ではない期待と希望と、そして不安を抱えていた。
 

閑話休題、今年の4月に社会人として、世の中の大きくて目まぐるしい波の中に飛び込んだ。慣れない環境、苦手な人との付き合い、うまくいかないこと、怒鳴られること、大きくて漠然とした不安。この波の中で揉まれ、正直なところ精神的に参っていた。ただ、私の中の希望の光はBUMP OF CHICKENとそのリスナーとの交流の場だった。それはTwitter。社会人になる少し前、今年の2月から細々と始めたいわゆる「趣味アカウント」。BUMPのこととか、抱えていた不安とか、うれしかったこととか、とにかく好きなように利用していた。だんだんとフォローしてくださる方も増えて、話しかけてくださる方も増えてきて、私が唯一、不安を吐き出せる場になっていた。
これまで「趣味アカウント」というものを持ったことがなかった私にとって、それはとても新鮮な毎日だった。ネットでつながっている人たちに支えられている。これは紛れもない事実だった。

4月末頃から、体調のすぐれない毎日が続いた。医者に行けば私の体調不良は「喘息」というらしい。それからはずっと咳が出て遠出もできず、悪化するのは明け方のために職場にも言い出せずで、これまた、体力的に参っていた。
 

いつの間にかそこにいるのは、精神的にも、体力的にも、参りまくっていた私だった。
押し寄せた不安は、「ちゃんとライブ行けるのかな?」ということ。2連休を利用して参加する予定を立てていたものの、ライブ会場に最後までいることが可能なのか。帰りのバスを逃したら仕事に間に合わない。もしライブ中に喘息の発作が出たら──。

ネガティブな思考は、ネガティブな思考を呼ぶ。
周りに迷惑を掛けないよう、感情や表情を抑え込むことを日常としている私。
その心の中では、大きな不安が渦巻いていて。
けれど言えなくて。

ただただ、私はプライドが高いだけなのかもしれないな。ふとそう思った。
自分は弱いと分かっているはずなのに、周りに頼ることをすれば自分が弱いって認めることになる。弱さを見せることは恥ずかしいことだと、してはいけないことだと勝手に思い込んでいた自分がそこにはなぜか居て、今日も今日とて感情を抑え込んでへらへらと取り繕っている。

大きな不安の渦に飲み込まれそうで、まるで水のないところで息をしようとしている愚かな魚のようだった。

そんな状態で、私は大阪へと発った。
最小限に抑えた荷物を大きなキャリーケースに入れてゴロゴロと引きずった。

宿に着くなり、まず大きく深呼吸をひとつ。

ここは誰もいない部屋で、私のためだけに用意された空間で、自由に過ごしていい。
そんな空間が私には新鮮で、生まれ育った土地とは遠く離れた大阪の地で、心の重りを少し荷解くことができた。

寝る前、ようやく湧き上がってきたライブへのワクワク感。部屋を暗くしてベッドに潜って、大好きな「プラネタリウム」を小さな音量で流して眠りに落ちた。
 
 

京セラドーム公演当日。
物販でグッズを購入。いよいよだと実感。
さて私が向かったところは、「大阪市立科学館」。
ずっと行きたいと思っていたプラネタリウムがある博物館だ。最近になって最新の投影機を導入したと聞く。自分が経験したことのない規模のプラネタリウム。
 

「今から数時間後の大阪の星空を、ここにいる皆様に一足先にお見せします」

素敵な言葉から始まったプラネタリウムは、中身こそ言えないがとても、とても素晴らしくて、数時間後に会える「彼ら」を彷彿とさせた。

大好きなプラネタリウムを観て気分を最高潮に上げる。

京セラドームが開場して少ししてから入場し、自分の席に着いた。そこから始まるまではそう長く感じなかった。
18時45分過ぎ、一瞬会場の照明がスッと暗くなって、感じたのは「始まる」という感覚。

優しい紡ぎだしからはじまった「Aurora」。

肩にかけていたタオルをぎゅっと握りしめた。ずっと、この瞬間のために過ごしてきたのだと。大きくて黒い、恐怖にも似た波に揉まれ、感じる恐怖を誰に打ち明けることもしなかった自分自身を、BUMP OF CHICKENの音楽は包んだ。包んで、やさしくほどいて、会場内に散らした。散らした恐怖は音の粒となり、会場にいる全員に降り注いだ。

音符が見えるようだった。私には深い、深い青色に見えたそれらは、会場にいた皆にはどう見えたのかな。これを考えるのはまたのお楽しみとする。

実際に見えたのは彼らの流した汗。首筋や腕をつたう汗は、私がこれまでこらえてきた涙を代わりに流してくれているようだった。ぽたぽたと落ちていく汗を見て、青い音符を見て、

「ありがとう」

と小さくつぶやかずにはいられなかった。
 

今回のツアーで演奏してほしい、あわよくば、自分が参加している今日、ここで、演奏してほしい。
そう思っていた曲がある。
「プラネタリウム」「Spica」「メーデー」。

これは本当に、ライブ前から演奏してほしいと思っていた曲たち。
気が付いているだろうか。そう、3曲とも、演奏されたのだ。
驚きと感動と感謝と・・・。感情が忙しい。
その中でも特に、思い入れの強い曲に言及させてほしい。
 

「プラネタリウム」。
この曲はいまの私にぴったりだ。実際に私が存在しているこの世界は、自分の部屋は、四畳半じゃない。けれど、ほんとうの自分は、四畳半に閉じこもっている。四畳半を広い広い宇宙に。極限まで広く。ある人はそれを、「宇宙を敷き詰める」と表現した。

窓も開けずに、すべてを手に入れられるのなら。
私は、科学の本に書いていない作り方をなぞりたいのだ。実在しない穴を鉛筆でぷすっと開けてみる。指と指の隙間から漏れ出る光。敷き詰めた宇宙に、新しい星ができる。その星は、だれのものでもない、自分で作り上げた星。自分の星。自分の、居場所だ。

少し背伸びをすれば、だれにでも触れることのできる「自分の居場所」。
すこし残念だけど、「それ」が放つ消えそうな光は、きっと私にしか見えない。
「自分の居場所」の名前もまた、きっと私にしか分からない。

大きな波にのまれて、陸に生きる魚になったって、いつだって「自分の居場所」を見つけ出す。
「自分の居場所」は、私しか知らないんだから。私にしか、見えないから。私にしか、見出せないから。

BUMP OF CHICKENというへなちょこ4人組と、彼らの音楽で繋がりあうリスナーと。京セラドームという場所と。2019年9月11日という時間と。

共有した。時間と場所を共有した。
それだけで、奇跡であり、私は幸せだった。
 

2019年9月11日、大阪・京セラドームで、「BUMP OF CHICKEN」の真髄を観た。感じた。

私は自分の中にある四畳半の部屋を大切にしたいと思った。
いつだって広げられるし、宇宙を敷き詰められる。
鉛筆でぷすっと穴をあければ、「自分の居場所」ができるから。
 

会場となった京セラドームは、決して四畳半ではなかったけれど。

長い長い、けれど短い、素晴らしい時間が終わってしまった。
会場をあとにして、駅へと歩調を早める。
ふと見上げれば、つい数時間前にあのプラネタリウムで一足先に見た、大阪の星空が広がっていた。

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