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2017年6月26日

ケニチ (23歳)
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「生きた証」を残すために

ある悲しみと、ビヨンセの曲から見えてきたこと

2017年6月23日―「自分の生きた証とはなんだろう?」と考えざるを得ない1日だった。
乳がんと闘病していたフリーアナウンサーの小林麻央さんが、34歳という若さで前日の22日夜にこの世を去ってしまった。そのニュースが届いたのが、この6月23日だった。

小林麻央さんといえば、去年「乳がん」を患っていることを公にしてから、ブログを開設した。プライベートな事はもちろん、がんの進行状況や治療のことまで、包み隠さず「今の自分」を発信し続けてきた。彼女のブログは大きな反響をよび、数多くの人に勇気を与えた。
誰しもが、「絶対に乳がんは治る。また元気な麻央さんの姿を見ることができる。」と思っていた。そのような中での、訃報は日本中に大きなショックをもたらした。

彼女の訃報を昼のニュースで知り、僕はさっさと昼ご飯をたいらげて自分の部屋に戻った。
それから数分経ち、僕の頭にある曲がパッと浮かんだ―ビヨンセの「I Was Here」だ。
 

「I Was Here」はビヨンセが2011年にリリースした4枚目のアルバム、その名も「4」に収録されているバラードで、シングルカットはされなかった。だが僕は、最近のビヨンセがリリースしてきた曲の中では、TOP5に入るくらい好きな曲だ。
その理由は、「歌詞」にある。全ての歌詞を解説していくと長くなるので、掻い摘んで説明すると、「もし自分がこの世を去る時は、自分の存在を覚えていてくれる何か=生きた証を残したい。日々を一生懸命生き、誰かを愛し、想像以上の事を成し遂げてきた、そういった事をこの世に刻みたい。自分自身が全てを捧げ、そして誰かしらに幸せをもたらし、世界を少しでも良い方向に導いたということを皆に知ってもらいたい。」と少し長めだが、「自分の生きた証を残したい」という、人間なら誰しもが抱くであろう心境を歌った一曲だ。
 

話は戻るが、「I Was Here」が頭に浮かんだ昼以降、各ワイドショー、ニュース番組のトップは小林麻央さんの訃報で、その度に彼女の「34年間の生涯」を目にした。目にするたび、僕の中ではどんどんと、小林麻央さんの気持ちと「I Was Here」の内容が重なり合っていった。まさに彼女は、ブログという手段で「生きた証」を残したかったのだろう、同じ境遇の人々の力になりたかったのだろう、そして全力で生き抜いたということをこの世に刻みたかったのではないか。

それからというもの、テレビから流れてくる小林麻央さんの追悼の映像を観たり、「I Was Here」を何回も聴いたりしている内に、冒頭の「もし自分が明日にでもこの世からいなくなれば、生きた証はなんなのだろうか?」と考えるようになっていった。
正直なところ、これまでの23年間の人生を振り返って、「生きた証」と呼べるものは見当たらなかった。だけれども、小林麻央さんの旦那さんの市川海老蔵さんの緊急記者会見を見て、そして「I Was Here」の歌詞をもう一度読み返して、「生きた証」を残すために、何が一番必要か分かった気がする。

それは文字に起こすのも恥ずかしいが、「愛」だろう。
海老蔵さんは会見で、麻央さんについて『僕を最後まで愛してくれた、どんな時でも周りへの気遣いを忘れない人だった』と語った。そう、どんな人に対しても「愛」に溢れた接し方をしていたのだ。
そういえば、「I Was Here」の歌詞の中にも、
『誰かに幸せをもたらし、世界を少しばかり良い状況にしたことを皆に知ってもらいたいの』という歌詞があった。
この2点に気づいた僕は、慌てて辞書で「愛」という言葉を調べた。そうすると「人をいつくしみ思いやること、まわりのものの価値を認め、尊重していきたいと願う、人間本来の暖かな心」などと出てきた。
「愛というのは、対象となる人やものの価値を認め受け入れる、そしてそれを大切に思いやることか。」―僕は少しだけ、生意気ながらも「愛」の意味が分かった気がした。

「誰かに愛を与え続ける事」、「周りの人へ気配りをする、幸せをもたらすこと」、「世界を良くしたいと願うこと」―すべて「愛」があるからこそ、出来る事なのだ。パートナーや、家族、友人、はたまた自分が生きている世界をずっと大切にしていきたい、相手のことを尊重していきたい、この気持ちが人間を突き動かすのだ。そしてその「愛」ある行動は、確実に相手に伝わっているのだ。
麻央さんのブログも、同じ乳がんで悩んでいる患者の人たちへの「愛」だし、ビヨンセが去年「Lemonade」という名盤をリリースしたのも、いま混沌としている世界で生きている全人種に対しての「愛」から生まれた行動だと僕は思う。
そして受け取る側の人間は、発信者からの「愛」を受け取り、心に刻んでいく。
形はどうであれ、どのようなものでも、「愛」をちゃんと込めていれば、相手にちゃんと伝わる。そしてそれが、「自分の生きた証」として、相手の心に一生残り続けるのだ。

そういえば、僕が好きな曲の中に、「Seasons Of Love」という曲がある。RENTという映画のサウンドトラックに収録されている曲だ。この曲中では、「1年、525600分を愛で数えてみたらどうか?」とうたわれている。どれだけ多くの人に愛を与えたのか、または与えられたのか、それで1年を数えていく。なんて粋なことだろうと最初は思っていたが、いまとなっては「愛」の数だけ、自分の「生きた証」があり、生涯を表しているのだなと気づいた。

よくよく考えてみればビヨンセだって、女性の地位向上のため、デスティニーズ・チャイルド時代から、数多くの名作を世に送り出してきた。「Lemonade」というアルバムに至っては、人種問題を取り上げ、自身と同じアフリカ系アメリカ人に勇気を与えた。
女性、アフリカ系アメリカ人への「愛」を感じるし、もちろん男性だってビヨンセの作品から「愛」を感じている。そしてそれらの「作品」はビヨンセの生きた証なのだ。
そう、アーティストの作品は、応援してくれているファンへの「愛」の結晶であり、そのアーティストの生きた証でもある。

僕はアーティストでもなければ、芸能人でもない。ただの一般人の23歳だ。ビヨンセや小林麻央さんのように、記憶に残る「生きた証」を残すことはできない。しかし、いま自分の周りにいる家族や友達、職場の人たち、そしてこれから出会うであろう人たちに少しずつでいいから、「愛」を持って接していけばよい、いろいろな形で「愛」を与えていけばよいのだ。そうすれば相手は自分の「愛」を感じ取ってくれるし、自分の「生きた証」を相手の心の中に刻むことが出来るのだ。

これからは「愛」をもって、自分の「生きた証」を作っていこうと思う。

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