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世界が気づき始めたジャパニーズ・シティ・ポップ

大貫妙子のアナログ盤を求めて日本へやってきたアメリカ人

 ある日、渋谷のレコード店にて長い間ずっと探し続けていた大貫妙子のセカンド・アルバム『SUNSHOWER』のアナログ盤を発見。しかし手に取ってよく見ると、それは中古品ではなく再プレスされた新品。普段から安価な中古品しか買わない人間にとって、3500円は非常に高価なお買い物。「まぁ新品なら急いで買わなくてもいいか、中古で安く出回るの待ってりゃいいだろ」そう心でつぶやき、若干後ろ髪を引かれつつ手ぶらで店を出てしまった。

 それからしばらく経った後、たまたま観ていた某人気テレビ番組で、なんとあの大貫妙子の『SUNSHOWER』のアナログ盤を求めて来日したアメリカ人を追跡するという、マニア心をくすぐる企画を放送していたのである。思わず「ふゎ〜!むぁ〜じで?」と、自分でも聞いた事のない妙な雄叫びを発してしまった。そして番組が進行するに従って驚きはさらに増していった。

 彼の陽気で熱のこもった音楽トークを聞くにつれ、これは単に日本贔屓のアメリカ人が邦楽にハマったというユルいパターンとは根本的に違うような気がした。なんというか、嫌味のない純な音楽マニア、そんな雰囲気が伝わってくる。おそらく彼は世界の音楽市場に目配りした上で、冷静に自分の耳と感性によって極東の島国ニッポンの、昭和の歌謡曲でも最新のJ-POPでもなく、70年代のジャパニーズ・シティ・ポップをセレクトしたのではないかと。しかも一番のお気に入りが大貫妙子!このアメリカ人、なかなかやるじゃないの。おそらく彼は、歌唱力云々ではなく、ましてや歌詞云々でもない、大貫妙子にしか成し得ない「音楽の表現力」に感銘を受けたに違いないと勝手に決めつける。

 そして番組は、彼がお目当の『SUNSHOWER』を見事にゲットするという絵に描いたようなハッピーエンドを迎える。その後、このエピソードはネットなどで話題となり、レコード・ショップから『SUNSHOWER』のアナログ盤は跡形もなく姿を消す。それ以降、再プレスのたびに即完売を繰り返しちょっとした大貫妙子フィーバーが巻き起こる。そのせいで僕は未だに『SUNSHOWER』のアナログ盤をゲット出来ずにいる。まぁ、いいや、「大貫妙子をまだ全制覇していない幸福」と、自らに言い聞かせる。

 そんな局地的な大貫フィーバーは遂にNHKにまで飛び火する。ある番組のテーマ曲として彼女の曲を採用したのだ。しかもそれが、爽やかポップスの皮を被った迷曲中の迷曲“時の始まり”だったからまたビックリ。これは単に、番組の趣旨と曲のタイトルを合わせただけとも推測できるのだが、そもそも癖が強い大貫妙子の曲をセレクトしているところに担当者のマニアックぶりと密やかなほくそ笑みが垣間見えてくる。「今、世間では大貫妙子が来てます」ってな調子で、音楽に疎い上司をまんまと言いくるめたのではないかと。

 というわけで、ここからが本題。大貫妙子の魅力の謎を紐解いてみたいと思う。

 まるで彼女の妖気が乗り移ったかのような奇妙な音楽を聴いていると、ここはこうしたらウケるだろうと思った時点でそう思った自分を恥じ、絶対そうはしないぞ、と意固地になっている彼女の姿が目に浮かんでくる。そのくらい大貫妙子の曲は頑固によじれていて癖が強い。こんなのカラオケで歌える人いないって。というか、わざとそうしてんのか?ってくらいイビツだ。だからこそなおさら愛おしい。そんな中から1曲だけセレクトするとしたら、デビュー・ソロ・アルバム『Grey Skies』に収録の“約束”。世の中に完璧な曲が存在するとしたら僕はこれじゃないかと思う。メロディ、アレンジ、曲展開、節回し、全てがパーフェクト、なんだかわからないが、そうとしか言えない摩訶不思議な曲だ。是非ともお試しを。

 次に、同じく『Grey Skies』のジャケット写真を見てもらいたい。真っ白いシャツを着て朝食をとりながら笑みを浮かべる大貫、一見爽やかに見える彼女の笑みが僕の目には「ニコッ」ではなく「ニヤリ」としているように見える。セカンドの『SUNSHOWER』にしても同様で、風に髪の毛をたなびかせる一見アンニュイな写真も僕には得体のしれない危うさを感じる。この、妖気漂う微妙なニュアンス、CDの縮小されたジャケットではあまり感じられないかもしれないが、僕が抱いている彼女のイメージがとてもよく写し出されている。もしかして狙ってやってる?と、つい深読みしたくなるのも彼女ならではの魅力だ。

 そんな、企画会議で作られたような不思議ちゃんキャラとは全くの別世界に住む大貫妙子。しかし、3枚目の『Mignonne』以降は、不思議の国の妙子が下界へ降り立ちポピュラリティを醸し出し始める。前作までのエキセントリックさが抜け、リスナーに優しく寄り添ったポップス(あくまでも前作2枚と比較しての話)をご披露してくれている。彼女の事を知らないリスナーは『Mignonne』もしくは80年代初頭の『Cliche』『SIGNIFIE』あたりから聴くのがセオリーだと思うが、僕はあえて『Grey Skies』と『SUNSHOWER』を推したい。どんなアーティストのものであっても、最も自身の核心に迫った作品から聴くことが理解を深める最短距離と信じる。

 とかなんとか聞いた風なことを偉そうに言ってる僕自身、大貫妙子を初めて聴いたのはほんの数年前、ジャパニーズ・シティ・ポップなるジャンルを漁ってみようと思ったのがきっかけだった。80年代後期から90年代初頭にかけて起こった空前のバンド・ブームがリアルタイムの僕にとって、70年代のジャパニーズ・シティ・ポップはまさにカルチャー・ショック。当時の歌謡界とは一線を画した、こんなにも芳醇な邦楽の世界があったのかと。センチメンタル・シティ・ロマンス、ブレッド&バター、マザー・グースといった全く未知なる存在を知ることが出来たばかりでなく、女性ヴォーカルが苦手だった僕が、吉田美奈子、大橋純子、竹内まりや、荒井由実、尾崎亜美といった、名前を知ってるだけで下手したら死ぬまで聴かなかったかもしれないミュージシャン達をちゃんと聴くようになったのは大変な収穫だ。その中でも大貫妙子は音楽性は勿論、ルックス的にも群を抜いて強烈な引力を示したアーティストである。

 70年代以降も、佐野元春、角松敏生、村田和人、オリジナル・ラヴ、サニーデイ・サービス、キリンジ、ママレイド ラグ、cero、Suchmos ・・・そういった多彩なアーティストたちの解釈のもとに脈々と引き継がれ続けるジャパニーズ・シティ・ポップ、そんな中にあって、僕が最も耳を惹きつけられて止まないのはやはり70年代のもの。イーグルス、リトル・フィートといったアメリカン・ロック、ドナルド・フェイゲン、ボズ・スキャッグス、ホール&オーツなどのいわゆるAOR、それらの要素を嫌味なく取り込んだ独自のサウンド・スタイル。そのようにして生み出された音が、逆輸入のような形で音楽マニアのアメリカ人を興奮させたのはある意味必然だったとはいえ、純粋に日本人として誇らしく思う。

 そんな魅惑のジャパニーズ・シティ・ポップを聴いていると、その背景には憧れの音楽に敬意を表し、自分の価値観を信じていいものを創る、それで売れねーならしょうがねーやという、ミュージシャンたちの情熱的でおおらかな姿勢が許される環境があったのではと想像せずにはおれない。今の閉塞的で余裕がなく殺伐とした世の中に、もしも桃源郷があるとしたなら、そこで流れている音楽は自由で夢溢れるジャパニーズ・シティ・ポップなのではないだろうか。   
 

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