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2017年6月26日

秋のヒマワリ (22歳)
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一つの旅の終わりと、新しい始まりへの第一歩

「さらばサラダ三昧!?脱草食系tour 2017」ファイナル

「THEサラダ三昧から皆様へ大切なお知らせが御座います」

この言葉をパソコンの画面上で見た瞬間、私の背中には緊張感が走り、身体の真ん中がざわついた。文章は俗に言う定型文なのだが…その前に、まずこの一文で突っ込みたいと思った方が多数いるだろう。恐らく引っ掛かったのは“THEサラダ三昧”という言葉ではないだろうか。初めましての方が大半かと思われるので、恐縮ながら簡単に説明したいと思う。THEサラダ三昧は、札幌で結成されたロックバンドである。つまり一言にするとバンド名だ。…なんて名前だと思うかもしれない、ごもっともだ。実際私も彼らに出会った時はそう思ったし、彼ら自身も名付けた当時はそう思っていたのだが、それも6年前に遡る。2011年、彼らが高校3年生の時に学校祭のステージに出る為、幼馴染を含めた4人でバンドを結成。回転寿司屋にてバンド名を考えた結果、メニューから拾った“サラダ三昧”に「格好良くなれば」と“THE”を付けてしまったという訳だ(結成から時間も経ち、彼ら自身“THEサラダ三昧”というバンド名に対する感覚は既に麻痺しているとは言え、「“THE”とか付けても全然カッコよくない!」という言葉はどうか言わないであげてほしい…)。

そんなTHEサラダ三昧が今年4月から、同じく札幌の後輩であるロックバンド Anger Jully The Sun(通称 アンジュリ)と共に、東京・大阪・仙台・新潟・札幌を巡る計6本のスプリットツアーを行った。その名も「さらばサラダ三昧!?脱草食系tour 2017」×「Anger Jully The Sun “Youth”リリースツアー」(こちらも「ツアータイトルの差…」とか言わないであげてほしい)。このツアーファイナルが5月19日に札幌COLONYで行われた。道外公演は他にも対バンを迎えたライブだったが、ファイナルはサラダvsアンジュリのツーマンライブ。この大好きな2組をツーマンで見られると知って歓喜したのは2月中頃。そこからの約3ヵ月はとても長かった。これまでに何度も対バンしてきた2組の年の差は1つで仲も良く、自分とも同年代の彼らが道外で凌ぎを削り、最終日にホームである札幌でどんな姿を見せてくれるのか。今年に入ってから一番楽しみな日になった。近付くにつれて楽しみな気持ちが先走りすぎて「終わるなら始まらないでほしい」とまで思っていた。

そしてここでやっと冒頭の“お知らせの告知”というやつに戻る。その前からちらりと「発表があるかも」とは言っていたが、ライブ前日に改めてバンドの公式Twitterにて伝えられた。これまでも様々なバンドがこの言葉を常套句のように使ってきたが、これ以上にファンを不安にさせる言葉はない。本当に勘弁してほしい。「後ろ向きなお知らせではなく、前向きなお知らせですのでどうか皆様安心してお待ち下さい」 と続きには書いてあり、別のタイミングでメンバーが「解散ではない」と断言してはいたものの、やはり少しの不安を抱えたまま当日を迎えた。

ライブの先攻はAnger Jully The Sun。「今日は先輩であるサラダを食ってやる気持ちで」という小竹森(Vo/Gt)の宣言通り、凄まじい熱量をフロアに投げ込んでくる圧巻のステージ。小竹森の艶のある伸びやかな歌声は会場を自分達の色に染め上げていく。ライブ中盤で声が掠れる場面もあったが、逃げも恐れもせずに全力で歌と言葉を届ける姿はとても頼もしかった。最後に「ツーマンというのは自分達の他に、もう1つ最高に格好良いバンドがいないと出来ないんです」とサラダへの愛と、自分達に関わる全ての人への感謝を伝え、「Anger Jully The Sunはこれからも突き進んでいきます!!」と高らかに宣言。ラストの『youth.』まで駆け抜けた素晴らしいライブだった。

後攻のサラダのライブが始まる頃、やはり不安はあったが思ったよりも緊張はしていなかった。“その時”というものはどちらにせよやってくる。全力で楽しむか、3ヵ月の思いを無駄にするかは自分次第だ。ならば答えは決まっている。SEが鳴り、メンバーがステージに現れてすぐに「これはサラダの勝ちだ」と確信したオープニング。フロアに向かってガッツポーズをしてみせたワタナベ(Gt)と五十嵐(Ba)の不敵な笑みには「やってやる」という心意気と自信が窺え、「今日も良い日になる」と悟った。ぽろりとギターを爪弾きながら早坂(Vo/Gt)がゆったり歌い出すと、その妖艶な歌い回しに気持ちが一気に鷲掴まれる。「札幌からTHEサラダ三昧です、ツアーファイナルよろしくお願い致します」と宣戦布告のような言葉を経て、このツアーの1曲目をずっと飾ってきた『ロジック』で幕を開けると、彼らの内側で渦巻く行き場のない感情が早くも爆発し、その緩急のついた演奏に気付けばどんどん引き込まれていく。サラダが歌うのは、この世のたった一人に向けたラブソングでも、誰かへの風刺を込めた皮肉な感情でも、フロアを踊らせ楽しませるポップソングでもない。彼らが歌うのは他でもない“自分自身”。誰にも見せたくないような本当の自分の姿を、時に自らの傷をえぐるように描き出す。何もかも上手くいかなくて、葛藤しながら日々もがいている”僕”の言葉にならない叫びを、まるで仮面を付けて「なんでもないよ」と誤魔化すようにクールなギターロックでかき鳴らしていく。外では平気な顔をして、内にはどうすることも出来ないモヤモヤした感情を抱えている。彼らはそのフラストレーションを楽曲に映し出すことが多い。まさに『ロジック』は本当の自分と、そうなりたくないと分かっているのに何もかもを嘘で誤魔化してしまう自分の間で揺れる葛藤を吐き出した楽曲だ。

そこから以前より勢いが増した『リセット』では、早坂がその不安を感じさせる歌声を所々荒げながら自身への“もどかしさ”や“情けなさ”を切実に歌い上げ、そのまま雪崩れ込んだライブの起爆剤『環情線』はイントロで五十嵐がベースを鳴らした瞬間にフロアから手拍子と歓声が沸く。張り詰める緊張感をぶち壊すような、怒涛という言葉が似合いすぎる頭3曲だ。「来い!!もっと来い!!」といつもより力が入る早坂の声はもはや叫び声で、つられて力のこもるフロアのレスポンスをかっさらっていく様は実に爽快だった。自分の髪をかき乱し、ひらりと両サイドの五十嵐とワタナベを順に指して一瞬のソロを煽る仕草は色気を放ち、ライブでの決め台詞も完璧に落とし込んでみせる。歌のみならず、フロントマンとしての“見せ方”が以前よりも上手くなった気がした。彼だけではない。歪んだギターを踊らせるようにキレキレに弾き倒すワタナベ、ふと耳に飛び込んで来てはドキリとさせられる五十嵐の重くしなやかなベース、軽やかで繊細な中に力強さと安心感のある後藤のドラム。バンドのグルーヴ感も迫力も増した演奏はツアーでの成長を感じさせ、4人が演奏中にお互いを見る表情やフロアに見せる表情は悲観的な歌詞とは真逆でとても楽しそうだった。

会場の緊張を解いたその後のMCで最後にワタナベは言った。「僕は“後悔させません”って言葉がすごく嫌いなんですけど、今日ばっかりは絶対に後悔させないし、僕らも絶対に後悔しない。そんなライブを創り上げたいと思います」  そんな彼の表情は以前よりもぐっと大人びて見えた。
そこからは初めの3曲とは雰囲気を変え、落ち着いた楽曲が届けられる。後藤のカウントから始まった『メランコリア』は、全楽曲の作詞をしているワタナベが日々の不安を綴った歌詞とは少し違う。“僕の声”と“君の声”という存在を繊細に紡ぎ出し、美しいメロディーの中には強い思いとサラダらしい切なさが滲むドラマチックな1曲だ。ワタナベと五十嵐に誘われるようにサビでフロアの手が一斉に挙がるとメンバーの顔が綻んだ。聞く度にいつも心を掴まれてしまう、私が今一番好きなサラダの曲だ。

「もし何かにぶち当たったら、俺は逃げ出したって良いと思ってる」 続けて演奏された『シーサイド』のイントロで早坂はよくこの言葉をくれる。いつかのライブでこの言葉を初めて聞いた時、なんだかとても安心したのを今も覚えている。自分の中に重くのしかかっていた何かが、少し軽くなった気がした。やりたいことの為にあるはずの変わらない日常。私の現状を変えてくれる訳でもない励ましの優しさなんか、貰っても自分が惨めになるだけだ。喪失する自信など元からない。私の心はこじれかけていた。

<もう、何にもいらない 行き詰まる感情 どうする?>

<そう言うもんじゃない 建前ならば要らないんだよ
分かっちゃいるんだろ その場凌ぎで笑っちゃうな>

本当にこの歌詞の通りだ。自分のことは誰よりも自分が一番よく分かっている。今の現状を招いたのも自分、分かってるから放っておいて。誰に何も言われたくない。誤魔化して誤魔化して強気な振りをする自分はまさにその場凌ぎで、気付けば自分の中に降り積もっていた見たくもない現実。それでも「いい加減にしろ」と自分にじゃなくて世の中に言いたくなるし、八方を塞がれると全てが嫌になる。自分勝手甚だしいが、世の負け組所属の私が欲しかったのはきっと、何もかもを投げ出せる場所だった。

<実際一体全体僕は どこへ向かってるんだ
全部溢れ出して 止まらなくなって
それなら一切合切僕は 捨てて逃げてしまおう
シーサイド 君のいる 街へ行こうよ どうだい>

早坂の力強い歌声は優しく言葉を乗せ、ディレイのかかった澄んだ音を響かせるギターソロは何も言わずに寄り添ってくれる。それぞれの重荷なんて他人から見れば「何をそんなことで」と思うかもしれない。しかし本人にしてみれば真剣に現実逃避をしたいくらいに重くのしかかるものだ。そんな時に「辛くなったら、全部投げ出したって良い」と彼は言ってくれる。逃げたって現実はもちろん変わらないけれど、「逃げても良い」という言葉が立ち向かう力になってくれる。「頑張れ」なんて決して歌わない彼らの言葉だからこそきっと、素直に受け入れられたのだろう。私の逃げ場所はいつだって此処にある、それだけで良いのだ。

そして前触れなく突然初披露された新曲『halt』は、『メランコリア』『シーサイド』の流れを断ち切るようなとても勢いのある1曲で、音の足し引きが上手なサラダの楽曲らしいなという印象だった。さらに、聞き取れた歌詞の中でライブが終わっても頭から離れなかった、聞く人を導くサビの言葉と、闇を歌うことが多かったサラダが今まで使うことのなかった一つのキーワードにバンドとしての変化を感じた。

その後、アンジュリとのツアーを振り返った早坂の言葉が私の心を突き刺した。「僕らがチケット代2倍払いますって言いたいくらい、クソみたいなライブをした日もありました」 何も言葉が出てこなくて、思わず目を瞑った。彼らがいつも道外でどんなライブをしているのか私は知らないが、地元よりもずっと自分達を知る人も少ないであろう遠征先でのライブは、ある意味で“戦い”だと思っている。必ずしも味方がいるとは限らない土地ならば尚更、一人でも多くの人の気持ちを掴んでやろうと思うのがバンドマンの性だろう。二度チャンスはない、たった一度の約30分への心構えはきっと地元とはまた別物だ。だって、遠征先にもその土地で日々頑張っているバンド達が沢山いるのだから。戦うのはその日の対バン相手だけではないのだ。そんな中で「納得いくライブが出来なかった」と告白されるのはすごく心苦しかった。ただ彼らは逃げずに戦って、正しく傷付いて、そこから折れずに立ち上がってこのツアー最終日に辿り着いたのだろう。だからこそ、その後の「それでもクソ良いライブをした日もありました」という言葉への安堵感は大きかった。

「今日は集大成を見せます」と言って始まったのは、3月という冬から春に変わりゆく季節を歌ったセンチメンタルな楽曲『マーチ』。

<現在を思い知って 未来、未来、未来想う
ご都合に合わぬビジョン 見ない、見ない、見ない、様にする>

<今から何処へ向かって 行くかも分からずに
あの日の僕を 今更取り戻せない事だって
分かってるんだよ>

振り返るまでもなくずっと此処で立ち止まったままの自分と、先へ先へと進んで行く周りの人間。この感情は諦めなのか羨ましさなのか。ふと自分の環境とも重なり、「今の自分は、過去の自分から見て何か変わったのだろうか」と自分自身にも問い掛けられている気持ちになる。不安はあるけれど、変わる勇気もない。そんな一歩先へと踏み出せない自分をそっと後押ししてくれるような軽快なギターと、どこか儚く哀愁ある歌声がフロアに響く。間奏でフロアの手拍子がぴたりと揃った時、こちらを見つめるワタナベが嬉しそうに微笑んだ表情はとても優しかった。そんな『マーチ』は、こんな歌詞で終わる。

<あの日の僕が 成し遂げられなかった事を全部
迎えに行くんだよ>

今からだって遅くはないのだ。きっと“あの日の僕”は、あの日と同じ場所で待っている。迎えに行くのは自分自身だ。

“大切なお知らせ”に触れたのは、ラスト1曲を残した最後のMCだった。ワタナベが「今日はTHEサラダ三昧から、大切なお知らせが御座います」と言った途端にフロアが一瞬で静まり返り、私は不安よりも緊張が蘇る。ついに“その時”が来た。後藤もその場に立ち、会場の全員が次の言葉を待った。この時間がものすごく長く感じ、私の緊張に拍車をかける。「THEサラダ三昧、本日を持ちまして……バンド名を変えることになりました」 私の口から「えっ…」という声が零れ、頭が少し白くなる。半ば放心状態というやつだ。多分この時の私は口も半開きでその場に棒立ち、かなりの阿呆面をしていただろう。それくらい信じられなかった。この何とも言えない名前で、この音楽をやっていたから好きだった部分も少なからずあったし、このギャップが1つ彼らの武器だと思っていた(補足だが彼らを知って少し時間も経ち、私自身もバンド名に対して変わっているという認識は皆無である)。だから尚更すぐには受け入れられなかった。そんな私を見透かしたかのように「今更かよ!」「遅いよ!」「もっとあったじゃん!」と次々に自虐発言を投下するメンバー。「ほんとだよ」と思わず笑ってしまったが、それでも頭が付いて行かなかった。新しいバンド名は“アルクリコール”。後藤から告げられたこの単語が一発で入って来なかったのは、やはり“THEサラダ三昧”という名前のインパクトだろう。どうやらそれは私だけではなくて安心したが、皆の反応の鈍さを見て「“THEサラダ三昧”にはやっぱり勝てないよね」と笑う4人の顔は、肩の荷が下りたのかどこかすっきりしていた。

「6年もあれば大事件もありました。喧嘩して1週間連絡取らないとかもあったよ?」とサラダの過去を思い返し早坂が笑うと、「俺が(バンド用の)LINE2回抜けたりとかね」とワタナベも笑いながら言う。そんな2人の飾らない姿を見て「良いバンドだな」と心底思った。自分の思いをよく言葉にするメンバーもいれば、滅多に自分の言葉を外に出さず内に秘めたままのメンバーもいる。表現方法はばらばらだが、きっと全員が同じ思いを持って、同じ場所を目指しながらこれからも一歩ずつ進んで行くのだろう。「泣かないでよ?」と優しくフロアに笑いかけた早坂は最後に、「この4人じゃなければこんな景色は見れていない」と、6年前にメンバーを集めたワタナベへ、そして共にツアーを回った戦友Anger Jully The Sunと、会場のファンへの感謝を伝え、「今日までTHEサラダ三昧を見てくれてありがとう。今までの僕たちと、これからの僕たちを見ていてください」とこのツアーを締めくくる大切な1曲へ繋ぐ。ラストは今ツアーから披露されている新曲『アゲイン』。

<ああ、情けないし いつしか繰り返しの中で
何かを成す事も出来ず 悪い循環にはまっていたんだ>

<踏み出せる程の自信が無くて 臆病風身に纏っては
逃げ出す弱虫とはもうおさらば 起死回生の一手を>

<振り払えど道は 数多の苦悩抱えているなら
もう立ち止まることすら 許されはしないでしょう>

以前あるインタビューで『シーサイド』の歌詞について質問されたワタナベがこう言っていた。「ただ自分の重たい歌詞にならないように、誰にでも当てはまる憂鬱をテーマに書いた」と。サラダの歌詞が何処か抽象的なのは、“どの状況下にある人が聞いても共感できるように”という意識があるからだと思う。しかし『アゲイン』は違う。今までにないくらいに真っ直ぐな言葉で綴られたTHEサラダ三昧の過去と、不安も隠さずに「それでも前に進んでいく」と決意したアルクリコールの意志表明。これは紛れもなくTHEサラダ三昧とアルクリコールの歌だ。中でも<今までと、これからに 「負けませんように」と 全てを迎え撃つから>という一文は、この楽曲で一番伝えたい彼らの覚悟がストレートに表れている。ツアーの合間に行われた札幌でのライブでこの曲を聞いた時に「サラダがバンドとして変わろうとしている」と鮮明に感じた。もちろん改名するなんて1mmも思わなかったけれど。“楽しい”も“苦しい”も経験してきた初めてのツアーが終わろうとしているステージ上の4人の表情はとても晴れやかで、純粋に「音を鳴らしているのが楽しい」という気持ちが伝わってくるような笑顔だった。「今までの楽曲の中で一番作るのに時間が掛かった」と言う程に思い入れも強いこの曲は、この先も大切に歌われていくのだろう。THEサラダ三昧、改めアルクリコールから渾身の“起死回生の一手”は放たれた。

そして止まらぬ拍手に再度登場したアンコールでは、遂に完成したという『アゲイン』のミュージックビデオを解禁前にと、フロアでまさかの鑑賞会が始まる。学校のシーンは彼らがバンドを結成した母校で撮影されたという。4人の仲の良さが伝わってくるような、ほのぼのとした雰囲気が愛おしい(この撮影後、ワタナベが筋肉痛になったという100m走のシーンではフロアから笑いが起きた。この時のメンバーの顔でも見ておけば良かったと少し後悔している)。楽曲の名義はアルクリコールになるが、後日ワタナベが言っていた「サラダ三昧として今までやってきたことは間違いではない」という言葉通り、映像の中にはアルクリコールと繋がるように書かれている“THEサラダ三昧”という文字がある。それを見つけた時、「名前が変わって真新しいバンドになる訳ではなくて、同じ線の上でこれからも続いていくんだな」と嬉しさが込み上げた。

「このステージが終わるまではTHEサラダ三昧です」と言った彼ら。楽器を持ち、そのステージの最後の最後に選んだのは、4月の憂鬱を歌ったバンドの初期の楽曲『十六月』。バンドセットで演奏されたのは実に約1年ぶりで、音源から少しアレンジされていたとは言え、最新曲の後に聞いても3年前に発売された曲だとは思えないくらい違和感がないことに驚かされた。今と違うのは歌詞の内容がかなり後ろ向きということくらいだ。そんな中、あまり意識していなかった歌詞が耳に残る。

<終わりがある事は分かっていたけれど
その後に来る切なさも全部 美しいのでしょうか>

元々そういう意味で書かれた歌詞ではないのは分かっているが、どうしても改名が頭をよぎった。“THEサラダ三昧”という名前はなくなるけれど、今あるその切なさも全て「それで良いんだよ」と受け入れてくれる気がした。私の感情以上に切なくて儚さの塊のような早坂の歌声が本当に沁みたラストステージ。曲が終わり、「THEサラダ三昧でした、ありがとうございました」という締め。もう二度と聞くことの出来ない言葉になんとも言えない気持ちにはなったが、涙は出なかった。前に進んでいくのは彼らだけではない。
新バンド名の”アルクリコール”は“アルク=歩く”“リコール=修復する”で“聞いてくれる人の歩く道を修復する”という意味。約2年前からこの名前はあり改名の案も出たそうだが、その時は“THEサラダ三昧”という名前が名残惜しくて踏みとどまったそうだ(なんとも彼ららしい…)。改名の理由を「色々な景色を見て経験してきたこのタイミングで、心機一転してリスタートを」と言った彼ら。先日、札幌のラジオ番組にゲストインした時に早坂がこんな話をしていた。「サラダはネガティブな歌詞が多かったけれど、アルクリコールは聞いてくれる人に何か光を与えられれば」と。自分自身を救う為に鳴らしてきた誰の為でもなかった孤独な歌は、聞いてくれる人の光になる為に鳴らす歌へ。まさに『halt』で聞こえた“歩き出す”という言葉と“光”というキーワードは、新しいバンドへの気持ちそのものだった。彼らが持つ全ての不安が消え去った訳ではないけれど、ありのままに弱さをさらけ出せる強さを経て、今までの自分達を全て受け入れて、彼らは前を向いて歩き出すと決めたのだ。

余談ではあるが、6月17日に札幌の5会場を舞台に行われた“MOMENTFES2017”(彼らが「札幌の兄貴」と呼んでいる大先輩バンド Cell The Rough Butch主催のライブサーキットイベント)にて、改名後初の札幌ライブを行ったアルクリコール。この日のライブを見てやっと私は改名を受け入れられた気がする。“心機一転”と言った通り「THEサラダ三昧からアルクリコールに変わった」と心から思えるようなステージだったのだ。彼らに与えられた会場はTHEサラダ三昧が初ライブを行った場所でもあるSound Lab mole。きっとこれは偶然ではないのだろう(おまけに同会場で彼らの次の出番にアンジュリをセレクトした主催の粋さには痺れた)。MCで「気合が入ってます」と言っていたワタナベ。もちろんそれは4人の音の一つ一つからビシビシと伝わってきたし、逆に力が入りすぎたのか(そういうことにしたい)言葉通り空回った瞬間もあったのだが、何よりも早坂の歌い方の違いに驚いた。今までは一人で考え込み不安を募らせた歌声が多かったが、この日は真っ直ぐ言葉を放つ迷いのない声を聞かせた。元々曲によって声の印象が変わる魅力的なボーカリストだが、これからアルクリコールの楽曲が増えるにつれて、この新しい声がもっと映えてくるのかと思うと楽しみだ。草食系から脱したとは言え肉食系になるようなバンドではないが、彼らがライブで見せる迫力に一度圧倒されてみてほしいと思う。本当にドキドキさせてくれるバンドなのだ。

まだ全国流通盤もリリースしていない、全国的に見ればまだまだ無名バンドかもしれないが、単に「幼馴染で仲が良いから」という理由だけでは此処まで来れていないと私は思う。「長く続けていれば、辞める理由やタイミングなんて幾らでもある」とよく言うが、結成からこの4人のままずっと続いてきたのは、やはり「バンドで生きて行きたい」という強い意志があってこそだろう。彼らはずば抜けて華やかな外見を持っている訳でもないし、きっと誰もが羨むような秀でた才能を持っているバンドでもない。言ってしまえば普通の男の子達だ。そんな彼らはただひたすらに、戦って傷付きながらも少しずつ這い上がってきた。札幌もバンドの解散が相次ぐ中、“続ける”という強さと大変さを知っている彼らだからこそ歌える言葉と鳴らせる音がある。それをこの先もずっと信じてついていきたいし、何なら“これからもついて来させる”くらいのバンドでい続けてほしいと思う。改めてスプリットツアー本当にお疲れ様でした。THEサラダ三昧、今までありがとう。そしてアルクリコール、6月10日で結成6周年おめでとう、これからもよろしく。また沢山の夢を見させてください。新しい始まりへの第一歩へ、心からの祝福を贈ります。

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