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掬ってもらった涙のこと

BUMP OF CHICKEN「Aurora」

BUMP OF CHICKENの「Aurora」がリリースされて以来、聞くたびにぼろぼろと泣いている。
特に2番以降、自分でもびっくりするほど涙が出る。
丁度という言い方もおかしいかもしれないが、「Aurora」には、“あなたの言葉がいつだって あなたを探してきた”という歌詞がある。それに倣って、私は私を探すために、「どうして涙が出るのか」を言葉にしてみようと思う。

初めての子供を授かった。
それはとても喜ばしいことだけれども、実をいうと、その先のことが何も想像できなかった。
というのも、これまで身近に小さい子がいたことがほとんどない。
私には弟妹がおらず、きょうだいの中でも結婚も子を持つのも私の方が先だったし、実家周辺は子供の多い地域でもない。友人の子とも時々会う程度で、お世話をしたこともない。友人にしろ他人にしろ、その様子を見たり聞いたりして、とにかく大変そうだというのが率直な気持ちで、それ故にすごく子供が欲しいと思うこともなく、自分に母性はあるのかと疑ったりもした。さらに厄介なことに、私自身楽観的な性分でもない。もう随分前だが、一度気持ちの面から体調を崩してしまったこともある。だから、子供を授かったことは決して望まないものではないと断言するが、「案ずるより産むが易し?本当に??」というのが本音だった。
そんな中、子供が産まれてくる少し前に、AuroraのMVが先行して公開された。何らかの力によって大事なひとたちを奪われた少女が、前を向いて立ち上がる。ファンタジックな雰囲気の映像と一緒に聴こえてきた歌詞に、涙がどっと押し寄せた。

“振り返れば途切れずに 歪な線を描く足跡
悲しいくらい分かりやすく いつもここに向けて伸びる
大切にするのは下手でも 大切だって事は分かっている
せめてその白い手紙が 正しく届きますように
考え過ぎじゃないよ そういう闇の中にいて
勇気の眼差しで 次の足場を探しているだけ”
(Aurora / BUMP OF CHICKEN)

前述の理由から、私はとにかく不安だった。産まれてくる子供のことを大事にできるのか、どうにもならない理不尽なものは別として、この子が大人になるまでちゃんと守れるのか。
けれどそれは、うまれてくる子を大事にしたいから、「次の足場を探している」のだと言ってもらったような気がした。
子供は予定よりも早く、少し小さかったものの、幸いにも無事に元気にうまれてきてくれた。
子供は可愛い。本当に可愛い。可愛いと思えていることにとても安心している。大切にできているかはわからない。でも大切だから、下手くそでも精一杯、この子の力になりたい、と思う。

同じ部分の歌詞には、もう一つ響いていることがある。
2年前に亡くなった父のことだ。
病気が判ったときはもう随分と進んでしまっていて、あっという間に逝ってしまった。
病気が判る前も判ってからも、結局親孝行を何もできないまま、それこそ孫の顔を見せてあげることもできなかった。
あの時こうしていたら、ああしていたらとばかり考える。けれど、その「もしも」の私は存在しない。足跡が伸びる先はここで、過去は覆らない。
父はよく別れ際、「元気でな」と言ってくれた。
だからせめて、できるだけ元気で毎日を歩こうと思っている。それが父への、言えなかったありがとうやごめんなさいを伝える「手紙」になるのかは、分からないけれど。

Auroraの少し後、以前1番だけが期間限定公開されていた「流れ星の正体」の「続き」が公開された(同曲はアルバム「aurora arc」に収録されている)。
この歌にはこんな歌詞がある。

“君が未来に零す涙が 地球に吸い込まれて消える前に
ひとりにせずに掬えるように 旅立った唄 間に合うように”
(流れ星の正体 / BUMP OF CHICKEN)

ひとつの音楽で、私はこれほどまでに涙を掬ってもらった。
いつか子供が大きくなったら、同じ音楽に助けられる日が来るのだろうか。
私と子供は別の生き物だから、押し付けるようなことは絶対にしたくない。だけどもし、もしも将来同じ音楽を好きになってくれたら、母は大変に嬉しいのである。

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