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青春の王子様だった彼が、今を懸命に藻掻くおっさんになっていた話。

BACKSTREET BOYS DNA WORLD TOUR JAPAN 2019に向けて

ジャニーズみたいな、所謂アイドルと呼ばれる人たちに惹かれたことはなく、ミーハーな気持ちを知る前に私は日本を離れた。中学一年生の時、オーストラリアに留学した。

英語が出来なくて、友達も作れなくて、日本では優等生だったのに、この国では私は何にもできない、誰とも心を通わせられない、と絶望していた頃に、Backstreet Boysの音楽を聴いた。キャッチーなメロディと美しい歌声で、英語が分からない私にもすっと溶け込んできてくれた。それは母が中古ショップで買ったBackstreet’s Backのカセットテープだったんだけど、その折れ曲がったジャケット写真を見て、私はニック・カーターを「王子様だ」と思った。まあ恐らくあの時代のニックと出逢った人はみんなそう思ったと思うけど、私も例外ではなく、「この金髪青い目の青年は私の王子様だ」と思ったのだった。

Backstreet Boysの音楽もよかった。既に多少ダサいと言われていた時期だったけど、当然みんなBackstreet Boysの音楽を知っていたし、一部からダサいと言われようと何だろうと、彼らのハーモニーは素晴らしかったし英語も聴き取りやすくて耳に残る音楽だったから、私はもうずっと彼らの音楽を聴いていた。私の耳が英語に慣れてきたのはその辺からで、Backstreet Boys好きなんだ、と言うと、「私も好き!」と言ってくれる女の子とお喋りできるようになり、男の子からは主に「だっせえ~」と言われながらも、そうやって私は「何もできない子」から「Backstreet Boysが好きなアジア人の子」というアイデンティティを得て、友達を作り、環境になじんでいくことができた。

趣味も特技も何にもない私のど真ん中に、Backstreet Boysが入り込んでいた。どこに行くにもBackstreet Boysの音楽をかけて、家の中でも歌詞と向き合いながらBackstreet Boysの曲を聴き続けて、Backstreet Boysのカレンダーやノートやら、見つけるがままにグッズを買い漁って、部屋の中はBackstreet Boysのポスターでいっぱいになった。ニックにファンレターを書いたこともあった。彼らは間違いなく、私のアイドルであり、救世主だった。

初めてBackstreet Boysを観に行ったのは東京ドーム。いっちばん後ろの席で、双眼鏡がないとどこにいるか分からない、スクリーンで辛うじて見えるくらいのコンサートだった。お金を払ってもこの距離感、っていうのがなんだかリアルで、初めてのコンサートなのに、なんだか虚しい気持ちになったのを覚えている。

Backstreet Boysと出逢えたから、私は英語ができるようになった。Backstreet Boysという存在があったから、異国の地で友達を作り、青春を過ごせた。17年くらい前の話だけど、未だにそう思っているし、今改めて聞いてもBackstreet Boysの音楽は私の中にあって、ほとんど口ずさめるように思う。

当時どのPVを見てもどの写真を見ても美しい王子様でしかなかったニックは、気付くとぷくぷくと太り、髭なんか生やしたりして、立派なおっさんになっていた。その頃にはBackstreet Boysの話題がなくても私はすっかり周りになじんで、普段から流行りの音楽を聴くようになり、そうやってBackstreet Boysは、多くの人の中でそうなっていったように、私の中でも過去の音楽となっていった。ニックを王子様だと思っていた自分は、記憶の中の何も持たない寂しい少女で、それは思い出すと恥ずかしくなるような存在で、今の私には、わざわざそんな青い時を思い出す必要もすっかりなくなってしまった。

先日、暇だからhuluで何か映画でも観ようかな、と思って作品一覧をスクロールしていたら、よく見慣れた5人の男性の顔が目に留まった。10年以上ろくに観ていなくても、自然に反応してしまう、ニック、ブライアン、AJ、ハウィー、ケヴィンの揃った顔。そうか、ケヴィンが脱退してまた復帰したというのは何となく知っていた気がするけど、Backstreet Boysってまだ歌ってて、こんなドキュメンタリー映画まで作ってたんだ。その映画“BACKSTREET BOYS : SHOW ‘EM WHAT YOU’RE MADE OF (2015年3月公開)”は、私が見た時点で既に4年前の映画だったけど、それでももうずっと見ていなかった彼らが、ボーイズではなくなって、時の人としての役目を終え、きっともうアイドルとは呼ばれなくなってしまった今、どんな活動しているんだろう、と思って、私はその映画を見始めた。

映画では、まだ無名の彼らの姿が見られた。若くて、体験したことのない色々にはしゃぐ姿。それから、映画撮影時の、おっさんになった5人がそれぞれの故郷を訪れ、家族の話をしたり、当時普通の田舎っ子だった自分たちのエピソードを話したり、恩人や古い知人と再会して、涙を流したりしていた。そんな彼らを見て、Backstreet Boysとして過ごした彼らは、果たして幸せだったんだろうか、と思わざるをえなかった。

私が、いや世間の大半が知るあの栄光時代のBackstreet Boysの実際の生活というのは、かなり闇に近いものだったようだ。ステージ上で、メディアで輝く彼らは当然だけど本当に忙しく、自分たちが「時代が作り出したアイドルであり、代わりはいる」という現実を本人たちはよく分かっており、そのためその圧と常に共にあり、何より5人でいる時間が長すぎた。彼らの語るストレスは凡人には想像できないものだった。色んな要素が重なって栄光は終わり、ニックを太らせ、AJを薬物中毒にし、ブライアンにストレス性の発声障害を患わせた。

私はあんなに彼らに会いたい、会えたらどんなに幸せだろう、とずっと妄想していたのに、現実の彼らは少しも幸せじゃなかったの?私たち消費者が、彼らを闇の中に閉じ込めていたの?それは悲しい事実だった。でも私たちはそんなこと知らなかったし、彼らもそれを訴えることはできなかった。どんなに悲しくても、その時はもう過ぎ去ってしまった。

でもこの映画を通して分かる、素敵な事実がひとつある。彼らは本当に歌の才能に恵まれていて、彼らの創り出すハーモニーは奇跡だということ。そして彼らは、それを決して捨てたり手放したりはしないということ。歌を届け続ける道を、今もずっと進み続けてくれているということ。

その映画を観終わったら私は泣いていた。当時の彼らの苦しみや悲しみへの涙でもあったし、Backstreet Boysがいてくれることへの感謝の涙でもあった。会いたい。今の彼らをこの目で見たい。彼らの今の音楽を、聴きたい。

私は、すぐにBackstreet Boysの来日情報を調べた。BACKSTREET BOYS DNA WORLD TOUR JAPAN 2019。10月13日、さいたまスーパーアリーナ。チケットはこの日しか残っていない。おっさんになった私の王子様に、おばさんになった私は会いに行く。見た目がどんなに変わっていても、ひとりで泣いていた13歳の私を救い出してくれたあの天使の歌声を、今また聴きに行く。あの時私を救ってくれた彼らが、いつまでもスポットライトを浴び続けられますように。ステージから降りた後の日々の生活の中でも、あの頃部屋に貼っていたポスターのような笑顔で笑っていられますように。

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