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僕らはネクライトーキーに逢う

こんがらがったMEMORIESと共に

ネクライトーキー初の全国ワンマンツアー「ゴーゴートーキーズ! 全国編」の福岡公演に行った。今の勢いを象徴する全公演ソールドアウト。コンテンポラリーな生活としても活動する朝日、藤田、カズマ・タケイ、そして朝日がネットで見つけたボーカリストもっさをスカウトする形で結成されたのは2017年春。その奇天烈でポップな楽曲の力で瞬く間に人気に火がつき、2018年末リリースの1stアルバム『ONE!』は同年の重要作となった。今年3月にはアレンジ面を大きく担うキーボーディスト中村郁香も正式加入し脂が乗りきっている中、夏フェス連戦と並行する形となった今回のツアー。7月リリースのミニアルバム『MEMORIES』のレコ発という位置づけにとどまらず、これからを提示する2時間だった。

『MEMORIES』は、首謀者・朝日がボカロP・石風呂としてこれまで作ってきたナンバーをバンドで編曲し直した楽曲集。このツアーも2011年発表された石風呂として3作目の楽曲「きらいな人」からスタート。それにしてもこの時代の楽曲は根っこから鬱屈した歌詞が多い。1曲目から<いじめっ子の彼をいかにして 苦しめることだけ夢見るのさ>である。そんな呪詛はニコニコ動画で愛された8年後に、ライブハウスで肉体化され、現場をこれでもかと沸かすフレーズに大化けしている。これほどまでに痛快な復讐劇があるだろうか。人には言い出しづらく、隠すことが美とされる暗い気持ちは爆音の中で心を激しく揺さぶってくる。キャッチーの皮を被った底知れぬエグみ、これこそがネクライトーキーの真髄だ。

「ジャックポットなら踊らにゃソンソン」「ゆるふわ樹海ガール」と、アッパーに畳み掛ける前半。この日は、もっさの顔つきがずっと精悍で素晴らしかった。喋るときはへなへなだけど、歌う時は鬼気迫る顔つきである。朝日が自身の楽曲、およびそのルサンチマンを表現するに相応しいと選んだのが彼女だったわけだが、段々と表現者として覚醒を始めているようだった。『MEMORIES』の楽曲は石風呂楽曲を愛聴していた彼女にとっては青春時代のメモリーであり、それをステージ上で叫ぶのは感慨深いことだろう。彼女もまた、もしかしたらこの場所に集い、拳を突き上げていた側になっていたのかもしれない。不思議な縁で辿り着いたフロントマンの座を、今まさに自分の居場所にしていることに胸が熱くなる。

『ONE!』からの楽曲もライブの現場で鍛え上げられ、どの曲もイントロでオーディエンスを仕留めるナンバーに仕上がっていた。ワンマンということもあって熱の集中度がとんでもない。個人的には、今まで対バンかフェスでしか観たことがなかったから、様子を伺っている相手に対して目にもの見せてやる、みたいなパフォーマンスが定着していたのだけど、圧倒的ホームの中で見せる姿は大いに楽しそうだった。「許せ!服部」の観客全員で「1,2,3,4!」のカウントを決める一体感、「めっちゃかわいいうた」のラストのテンポチェンジで思い思いに狂喜乱舞するフロア、これぞワンマンライブの醍醐味だろう。それぞれが自由奔放に演奏しているようで、キメる箇所はしっかりと引き締まったステージングも様になっている。

この日はしっとりした曲もじっと聴き入って沁みるムードがあった。ネクライトーキーが持つセンチメンタルな一面に、自分を重ねてしまう人が多いからだろうか。どの曲も自分には何かあるのではという謎の自信を抱えながら、どうにも立ち行かない現実にうちのめされそうな日々を描いてある。「だけじゃないBABY」における<妄想の中じゃ負けがない それじゃどこまででも置いてかれるぞ>というリリックは初めて聴いた時ひどく刺さった。もう一寸間違えれば気が狂ってしまいそうな日常の傍ら、小さな光をどうにか積み上げていくような生活がそこに描かれていて、いつ聴いてもその切実さに胸が痛む。そこに「がっかりされたくないな」まで歌われると、自らの姿を映し出されているようでじわりと涙が出た。

カウントダウンからのファイヤーでお馴染みの代表曲「オシャレ大作戦」も、ド派手なイントロで絶頂を迎えるキラーチューンだが、僕はどうにも泣けて仕方がない。そもそもタイトルが<涙が出たって大人なら 誰にも見せないで終わらせないと そうやって嘘もつく ちょっとオシャレでしょ? 反吐が出るなあ>という皮肉に満ちた歌詞から取られてるわけで。狂ってるのは世界のほうだと考え、イカれてる夢を見たまま未来へ行きたいという意地が滲み出ていて、シビれる。<時代はおばけやらUFOを信じやしないが「ほらここにいた」>という一節は、見えない(とされている)ものが見えたって良い、いやむしろ大人たちにスポイルされてしまいがちな空想の方を現実として愛していい、と赦していてくれているようだ。

ライブはもう終盤。あらゆる匿名の人々からのディスやまとわりつくネガティブな事情を、まとめて反撃材料に変換してぶっ叩く「音楽が嫌いな女の子」は今の彼らが歌うには相応しい。そして<ティーンエイジよ、泣いてくれ いつかはそれもできないで 立ち尽くす日が来るでしょう そのときまでは泣いてくれ>という歌詞が、「オシャレ大作戦」と美しく呼応する「ティーンエイジ・ネクラポップ」が本編のシメ。たっぷりとした逞しいビートがおおらかに会場を包み込んでくれていた。朝日がデスクトップから生み出した音楽は、色褪せることなく新たなグルーヴを伴って今ここで鳴らされている。そしてきっと、これから新たに出会うネクラなティーンエイジたちの心にもそっと、反骨の風を吹かせてくれることだろう。

今までハマった漫画やゲームの話をのんべんだらりと語ったアンコールの始まりからは想像もつかない程、ラストナンバー「遠吠えのサンセット」は全エネルギーを総動員するかのような渾身の演奏であった。メンバー全員、感情のメーターが振り切れまくり。とりわけ、朝日はその熱の放出を一切緩めることなく、終始絶叫していたように思える。彼は今、間違いなく自身の音楽を謳歌しながら演奏しているはずなのだけど、そこには仄暗い狂気や積み重なった怒りまでが滲み出ている。そこが何よりもこのバンドを信頼できる点だ。ハッタリのキャッチーさ、偽物のポップさでは決してない。こびりついた呪いを抱えてこんがらがった心のままで、全身全霊でぶん投げてくるのがネクライトーキーの在り方なのだ。出来ることなら、その歪んだ心象風景を引き連れながらどこまで大きくなっていて欲しい。

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