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曲の視界

BUMP OF CHICKEN『アリア』を聴いた時に見えたもの

BUMPのメンバーはよく、曲を生きている物のように話す。
例えば藤原基央は音楽雑誌のインタビューで、「曲がそっちに行きたいって言ってるんだから、あとは僕らがどう覚悟するかっていう」とか、「曲自身はきっと、忘れられてもずーっと思い出してもらうのを待って、あなたの傍らにそりゃ居続けるでしょうよ」と言っている。
『流れ星の正体』の、「増え続けて溢れそうな唄の欠片たちが 早く会いたがって騒ぐんだ」という歌詞もそうだ。

それは私にとってしっくり来ることだ。
私はBUMPの曲を“自分の足で立っている生き物”のように感じているからだ。それぞれの曲が、異なる性格や魂を持った生き物。

私がBUMPの曲を聴いている時の感覚はこんな風だ。
同じ曲でもリスナーの数だけ、その曲が宇宙の中に存在している。その一つ一つが、リスナー一人一人を目指して飛んで行く。
例えば『ガラスのブルース』なら、“Aさんの元へ行く『ガラスのブルース』”、“Bさんに会いに行く『ガラスのブルース』”…という感じで、リスナーの数の分だけ『ガラスのブルース』がある。
その中に一つだけ、私だけを目指して来る『ガラスのブルース』があり、それと出会ってコミュニケーションしている感じ。

まるで曲に目があって、私を認識しているような。
他の誰でもないあなたに会いに来たんだよ、と曲に言われているような感覚がとてもある。
ここが、私にとってBUMPの音楽が特別である、大きな理由の一つだ。
そしてそれが、リスナー一人一人との間に起こっているのではないかな、と思う。
 

メンバーは、新曲をリリースした時やLIVEのMCでよく「皆に聴いてもらえて、曲達も喜んでいると思う」と言う。
うれしい言葉だ。そうだといいな、と思う。
でも正直、曲が本当に喜んでくれているのかどうか、あまり実感はなかった。

『アリア』という曲は、風みたいな曲だと思う。爽やかで切ない。
音が風になって、体の中をサアッと吹き抜けるような感じがする。

【見つけたら 鏡のように 見つけてくれた事
触ったら 応えるように 触ってくれた事】
サビの部分を聴くと、前述した、BUMPの曲を聴いている時の感覚を思い出す。曲が自分の意志で私の元へ届き、心に触ってくれている、と感じる瞬間のこと。
その時胸の中がうれしさでいっぱいになる。同時に泣きたいような気持ちが、じわっと広がる。
言葉にするなら「こんな奇跡みたいなことが世界にはあるんだ」とか、「生きててよかった」みたいな気持ちだ。自分の存在を肯定されているような。
そして、これはリスナーの私の気持ちであるのと同時に、BUMPの曲自身の気持ちでもあるのではないかな、と思ったのだ。
曲もリスナーと出会う時そういう気持ちになるんだよ、と言われている気がした。

目をつむって聴いていると、こんな映像が見えた。
――上空から、BUMPの日産スタジアムのLIVEを見下ろしている視界。『アリア』を聴いている時に感じる風に乗って、たくさんのリスナー達の上を飛んで行き、アリーナを通り過ぎて、二階のスタンド席へぐんぐん近づいて行く。視界がズームアップしていくのは二階席にいる自分の姿。二階席の私は、こちらを満面の笑みで見ながら迎えてくれた――

場所が日産スタジアムなのは、そこでこの曲を初めて聴いたからだろう。
これは、曲自身(BUMPが鳴らした音)から見えている景色なのではないかと思った。
ステージで鳴らされた音が高く舞い上がって、大きな弧を描きながら、自分が目指すただ一人のリスナーの元へ舞い降りる。その時に見える視界。
私が見た映像だから相手は私だったけれど、きっとそれがリスナー一人一人と曲の間で、全員分行われているのだと思う。

二階席の私が“飛んできた音の疑似体験をしている私”の方を見て、うれしそうににっこり笑っているのを見た時、“飛んできた音の疑似体験をしている私”は、温かい気持ちになった。その人の元へ届いた自分を、喜んで受け入れてもらった気がした。
ああ、これはうれしいな、と思った。
自分の存在を肯定してもらった気持ち、「生まれて来てよかった」という気持ちだった。

生まれた曲がリスナーと出会って聴いてもらえたり、受け止めてもらえたりした時の気持ちを、この時少しだけ、覗き込んだような気がした。
 

それから、『アリア』のPVも大好きだ。
小さな光で埋め尽くされた空間で、メンバーが演奏している。
天井から透明なコードのようなものが何本も下がっており、そこに小さな電灯が、上から下までたくさん付いているのだ。クリスマスツリーに巻きつける電飾みたいに。
無数の光は曲に合わせていろんな色に変わったり、いろんな点滅の仕方をして、とてもきれいだ。

特に、ラストのサビ直前のコーラスの部分の映像が好きだ。小さな光が、水滴が勢いよく地面にぶつかって跳ねているような点滅の仕方をする。リズムに合わせて。
私にはそれが、『アリア』で鳴っている音の一つ一つが光の一粒一粒に具現化されているみたいに見える。音の粒が、自分の音を鳴らせるのを喜びながら、もしくは聴いてもらえるのを喜びながら、精一杯鳴っている姿に見えるのだ。

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