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2017年6月27日

月の人 (23歳)
33
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永遠に私立恵比寿中学のままで

『エビクラシー』と閉じない青春

永遠に私立恵比寿中学のままで-『エビクラシー』と閉じない青春-

車窓から見える景色が目まぐるしく切り替わるように、僕らの毎日は怒涛のスピードで過ぎていく。しかし心模様はどこか平坦なまま。どんな喜怒哀楽も土をならすように普通であることを求め、微調整して平静を装うのが市井に暮らす大人には必要な術なのだろう。

私立恵比寿中学がメジャーデビュー5周年の記念日にミュージックビデオを公開した「感情電車」という楽曲。波瀾万丈の日々から溢れる無数の絶景や心の機微を、ワンシーンずつ繋げていくように温かく歌唱するこの歌は、生命の躍動そのものだ。平常心を保とうとする僕らが恥ずかしくなるくらい、彼女たちの爆発する感情は堂々として美しい。

ふと優しさに包まれた日のことや、言えなくて心にしまった大切な気持ち。ぐらぐらと精神を揺らす出来事や、誰かを強く思う心。これまで覚えた沢山の感情のハイライトが柔らかな旋律に乗り、これからも続く彼女たちの未来を明るく照らしているようにも聴こえた。彼女たちはきっとどこへだって行ける。僕らを退屈な日々から未開の楽園へと再び連れていってくれるようだった。
 
 

エビ中の愛称で親しまれる私立恵比寿中学は、「永遠に中学生」をコンセプトに掲げるアイドルグループだ。有限であるはずのモラトリアムな時間をエンターテイメントとして昇華し、エビ中ファミリーと呼ばれるファンたちを無限なる自由時間に引き摺り込むことで支持を得ていった。エビ中のライブでは誰もがみんな中学生。我を忘れて無心でバカ騒ぎできる。そんな理想郷を彼女たちは作り出す。

ところが2017年2月。安寧と幸福だけに満ちる日常を願っていた彼女たちを襲った突然の悲しみは、思いがけず日本中にエビ中の名を広めることになった。メンバー松野莉奈の急逝である。そのあまりにも痛ましく予想だにしない出来事を受容するのにどれほどの時間を要するのか、僕は途方に暮れた。きっとエビ中の世界に触れたことのあるあらゆる人がそうだったはずだ。全く必要のないこの試練を与えられたメンバーや周りの人々の心情を考えるだけで胸が引き裂かれそうだった。

しかしエビ中は止まることをしなかった。いくつかの予定はキャンセルとなったが、既に決定していた4月からのツアーでの活動再開、アルバム「エビクラシー」のリリースを発表した。休むことではなく、積極的に動くことでこの出来事に対峙したのだ。そこに迷いも悔しさもつきまとったはず。だが、決して待ってはくれない時間に半ば強引に背中を押されたのだろう。

ツアー初日にライブ映像が公開された「なないろ」。これまでもエビ中の重要な楽曲を多く手がけてきたレキシの池田貴史が贈ったその歌は、松野莉奈の記憶に寄り添うモチーフをちりばめながらも、目一杯の愛を辺り一面に降り注がせたような胸踊るラブソングだった。悲しみ続けるのでなく、お涙頂戴のドラマにするのでなく、全開の愛でその存在を包み込んだこの曲はアルバムをリードするに相応しい頼もしさがあった。

「感情電車」「なないろ」を始めとして、4thアルバム「エビクラシー」には今この瞬間にこそエビ中が歌う必然がある楽曲が揃った。お馴染みの制作陣はもちろん、初参加の顔ぶれもエビ中の現在地をど真ん中で捉えた曲を生み出している。エビ中のためだけに、エビ中のことを思って創造された楽曲世界が集合することで、アルバムはまるで彼女たちの群像劇のような広がりを持つ。

のっけから「制服”報連相”ファンク」という濃厚で渋い本格ファンクナンバーをぶちかまし、その予測不能な音楽性をアピールする本作。四星球が参加した「コミックガール」では、自由自在な歌い方やガヤ、ユニークな歌詞などエビ中が得意とする賑やかしいノリが詰め込まれている。多種多様なジャンルを網羅するエビ中の魅力は今回も存分に発揮されているのだ。

再出発を遂げるエビ中へのエールにも聴こえる曲も多い。「君のままで」は困難な現実に直面した今だからこそ歌うことのできる曲だろう。エビ中が歌うことで、僕らファンのことも勇気づけているようにも聴こえてくる。元JUDY AND MARYのTAKUYAによる「紅の詩」は、片想いのドキドキと大舞台へと突き進んでいくエビ中の高揚する気持ちを重ね合わせて鼓舞する豪快なロックソングに仕上がった。

また、エビ中が2017年のモットーとして掲げた「中学生を極める」をテーマにした楽曲も多く収録されている。原点であり真骨頂である”中学生”の風景は、活動初期は勿論のこと、メンバー全員が本当の中学生でなくなった2016年以降も様々な形で楽曲化されてきたが、今作には改めて新鮮な角度で青春を切り取った歌が多い。

Yogee New Wavesが手がけた「さよならばいばいまたあした」は、夕暮れ・帰り道・別れ際に薫る切なさと愛おしさを結晶化した緩やかでノスタルジックなナンバーだ。あまりにも巨大なさよならを経たエビ中が歌う意味は計り知れない。君にずっと「またあした」を言っていたくなる気持ちを丁寧に掬い上げている。

「藍色のMonday」はドリーミーでメルヘンなシンセポップでありながら、<時間と空間 ココロ カラダ キオク 行かなきゃいけないよ 未来という宇宙へ>と、大人と子供の狭間における見えない将来に対してのぼんやりとした不安が歌われる。性急な時間の流れや残酷なリアルに対する飲み込めない思いが、浮遊するボーカルで巧みに表現されている。

それに続いて、このアルバムで屈指の緊迫したムードが閉じ込められた「春の嵐」がアルバムのラスト前を飾る。ここで歌われるのは、自我の芽生え、表現することの葛藤。若者の心の揺らぎを繊細かつ内省的に活写した新機軸な楽曲だ。入り組んだリズム、切れ味鋭いギターとループするピアノが絡まった昂ぶるサウンドで渦巻く不穏な気分がシリアスに演出されている。

春の嵐はもう過ぎてしまったのに
今になってまた吹き荒れてる
この気持ちをまっすぐに
君に打ち明けたい
大人になってしまう前に
(春の嵐/私立恵比寿中学 作詞作曲:照井順政)

2月の絶望が彼女たちに与えたものは結果として大きかったはずだ。懸命に生きる覚悟、ステージに上がる使命感。戸惑いと受容を繰り返し、よろめきへたり込む局面も打ち破りもう一度立ち上がった。心を激しく動かした事象を嵐に喩え、その想いを幾度も反芻しながら強くなっていくエビ中の姿が「春の嵐」では神秘的に描かれている。

『エビクラシー』を締めくくるのは「フォーエバー中坊」。エビ中の楽曲を初期から支えてきた前山田健一の詞曲で、そのコンセプトを改めて表明する大団円のエンドロールだ。永遠に廻り続ける日々の中で、螺旋階段を駆け登るようにして上へと向かっていくエビ中の真髄がここにある。

8人から7人へ。このやりきれない大きなルート分岐の先でもブレずに”変わらない良さ”を追求したことへの感慨も滲む。今回の「中学生を極める」というテーマはメンバーから発せられたものだという。その思いを汲み取り渾身のサポートで形にした周囲の大人たち、そして自身の成長を以てそれに応えるメンバー。リスナーは当然ながら、関わった誰にとっても宝物のような作品になったはずだ。
 
 
 

不可逆である時間は大切なものとの距離をどんどん引き離していく無情なものだ。しかし一方で痛みや悲しみを遠ざけてくれる優しさも持つ。『エビクラシー』には過ぎ行く時間に逆らうようにかけがえのない思い出が確かに刻みつけられ、止まらない時間を追い風にして辿り着いた現在、そして未来までもが鳴り響いている。決して忘れることはないが、抱え込み塞ぎ込むこともしない。新たに何か良いことがきっと始まる予感が溢れているのだ。

『エビクラシー』に刻まれたエビ中の生き様は、中学生を飛び越えてしまった僕たちの年代にだって確実に伝わってくるものがある。耐え難い悲しみ、それでも進み続ける時間。思い出に留まるのか、そこから踏み出していくのか。『エビクラシー』はその一つの答えを僕たちの心に残し、この迷える日々に彩りを添えてくれるだろう。
 

私立恵比寿中学とは閉じない青春そのものだ。全能感と無邪気さで駆け抜け、焦燥や不安で胸いっぱいだった二度と戻れぬ毎日が彼女たちを通して追体験できるのだ。それは虚構に違いないが、そこで掴み取った感情は紛れもなく本物であり、現実をカラフルに輝かせてくれる。『エビクラシー』はそんな次元にアクセスする手段だ。今この瞬間も流れ続けているエビ中の時間へともっと沢山の人に飛び込んでいって欲しいと強く思う。きっと触れたことのないワクワクが数え切れないほど待ち受けているはずだから。

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