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リスナーの日常に思いを馳せるということ

BUMP OF CHICKEN「aurora ark」 京セラドーム公演を観た

「ライブまでの時間みんながどう過ごしてるのかとか、俺たち全然知らないわけよ。だからさ、みんなが開演前に撮った写真とかをツイッターとかインスタとかにあげてくれるのを見たら、みんなにとっては何でもない日常の一コマかもしれないけど、俺らそれ見て号泣できるんだわ。」

aurora ark京セラドーム公演二日目、アンコールも終了し、CHAMAも秀ちゃんもヒロも退場したステージに一人残った藤原基央が、約5万5千人の前でこのようなことを述べた。

この藤君のMCを聞いて、BUMPの楽曲がなぜこんなにも深く私の胸に刺さるのか、そして一人一人違う人生を歩んでいるはずの私たちリスナーが、なぜこんなにも同じ熱量でBUMPの楽曲を愛することができるのかが、少しわかった気がした。

ある曲を好きになるには、そこにたったひとフレーズだけでも魅力的な歌詞があれば、もうそれで十分だと私は思っている。しかしBUMPの曲は、その一曲一曲の中に、胸を強く締め付けてくるような印象的なフレーズがいくつも存在する。それはその瞬間、世界中でたった一人、私だけに寄り添い、ハッとさせられたり、慰められたり、背中を押されたりする。

  「汚れちゃったのはどっちだ 世界か自分のほうか
  いずれにせよ その瞳は 開けるべきなんだよ」
  「美しくなんかなくて 優しくも出来なくて
  それでも呼吸が続く事は許されるだろうか」
  (ギルド)

うまくいかなくて、自分には価値がないと思った時、ギルドの歌詞に何度も「それでいいんだよ」と言ってもらえた。

  「精一杯 運命に抵抗
  正解・不正解の判断 自分だけに許された権利」
  (sailing day)

進路に悩んでいた時、グッと強く背中を押してくれた一節。

  「常にだれかと一緒 似たような恰好 無駄に声がでかい」
  「話題は繰り返し ジョークはテレビで見た」
  「語り合い 励まし合い ケンカする 仲間が大事」
  そういうのを見下している 腹の底
(ディアマン)
  
心の中を見透かされた気がした。自分ってこういう人間なんだと気付かされた、ディアマンの一節。

他にも、挙げだしたら本当にきりがないほど、BUMPの曲の歌詞は幾度となくわたしに寄り添ってきた。それだけに、一曲一曲がわたしの固有の思い出や記憶と、密接に繋ぎ合わさっている。

きっとこう思っているのは私だけではない。BUMPの曲が好きな人はみんな、それぞれにそういう思い出を持っていると思う。いつも一緒にライブに行く友達ともよく「BUMPの曲って、いつ聴いても色あせずに、初めて聞いた時の鮮度のままだよね」という話をする。BUMPの曲には、なにかそういう力があるのだ。「自分のために歌われた唄などない」と、それこそ私たちはみんな分かっているはずだけど、それでも曲を聴いているときは完全に自分と曲との一対一なのだ。これはBUMP以外のアーティストにも言えることではあると思うが、とりわけBUMPの楽曲はリスナーと「一対一」の性質が強い。

これは、作詞を担当する藤原基央の、自分以外の人間や人生に対する想像力や、それに対する敬意がすさまじいがゆえのことなのだと、京セラドーム公演を二日間見てとても強く感じた。

「ライブまでの時間みんながどう過ごしてるのかとか、俺たち全然知らないわけよ。だからさ、みんなが開演前に撮った写真とかをツイッターとかインスタとかにあげてくれるのを見たら、みんなにとっては何でもない日常の一コマかもしれないけど、俺らそれ見て号泣できるんだわ。ここにはいろんな人がいると思うし、自分に自信がない人とか、まあ俺らの曲聴いてくれる人は大抵自分に自信がない人だろうけど(笑)みんなそれぞれ過去のいつかに俺らの曲いいなと思って今ここに来てくれてるわけじゃん。みんなの何でもない日常は俺らにとってすごく価値があるものだし、みんながいないと俺らの曲が聴かれることもないわけだし、皆いろいろあるだろうけど人生捨てたもんじゃないってことを忘れないでほしい。みんなが生きる明日を俺は知ることができないけど、今日の続きにいるってことを忘れないでほしい。」
(aurora ark 京セラドーム公演二日目藤原MC 抜粋)

冒頭でも少し挙げたMCの抜粋だが、5万人を熱狂させるほどのアーティストが、リスナーが自分たちの曲を聴いてライブに来てくれるところを見て泣けるのだという。決して知ることができないリスナー一人一人の明日に思いを馳せているのだという。
また、一日目にはこんなことも言っていた。

「今日やったリトルブレイバーって曲を家で一人で作っていた時と、今スタジオで曲を作る時とで明らかに違うことは、ああこの曲は今目の前にいる君たちに届くんだなってことを明確にイメージしながら作ってるってことです。」
(aurora ark 京セラドーム公演一日目藤原MC 抜粋)

二日目の望遠のマーチでは、「お前ら大勢の中の一人だとか思ってんじゃねえだろうな。お前に向けて歌ってんだよコノヤロー!」と声を荒げるという場面もあった。

中盤のCHAMAのMCでは、オーディエンスがいまどんな気持ちでライブを見ているかについて、想像を膨らませるという場面もあった。「好きな子に振られたやつ」「カップルで来てるやつ」「そのカップル見てうぜ~って思ってるやつ」など、話は膨らみ、その想像があまりにもリアルで、私たちがメンバーの私生活を想像するのと同じように、メンバーも決して知ることのできないリスナーの日常を想像したりするんだということが垣間見えて、なんだか泣きそうになった。

BUMPの曲が一人一人に寄り添い、多くのファンの心を鷲掴みにして離さない理由は、BUMP OF CHICKENというバンドが、私たちリスナーひとりひとりの生活に思いを寄せ、そこにすさまじい敬意を払い、私たちが時間の一部をBUMPの曲に捧げることに対して、常に感謝の気持ちを持ってくれているからだ。そしてそれをリスナーに素直な言葉で伝えてくれる。その嘘のない言葉たちに、BUMPファンは何度だって救われるのだ。双方向に敬意を払いあい、二度と集まることはない一度きりのオーディエンスと4人で作り上げたその日限りのライブは、終始あたたかく、言葉にはいい表せない安心感と切なさに包まれた、素晴らしい夜となった。

  また会いたい 会いたいよ
  もう会いたい 会いたいよ
  君がいるのにいないよ
  君の昨日と明日に 僕もいたい
  (You were here)
 
 

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