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嵐よりも大きな愛はどこにもないんだよ

共に歩んだ20年、そしてこれから

「切りとったメロディー繰り返した 忘れないように」
コンサート定番曲「言葉より大切なもの」の歌い出し、リーダーの透きとおった声が響き渡る。お決まりのC&R。
「言葉よりも大切なもの ここにはー?」
「あるからー!!」

20年前、とあるドラマで主演を務めていた少年に恋をした。二宮和也、16歳。いま振り返ればあどけなくてかわいらしい男の子だが、当時8歳のわたしから見れば憧れるに十分な大人だった。その年の11月、アイドルグループ「嵐」がデビューし、ニノファンだったわたしはごく自然な流れで嵐ファンとなった。ファンとは言っても田舎の小学生だから、せいぜいテレビの前で応援するくらい。Mステを観ながら台風ジェネレーションを一緒に踊ったり、プチのCMを見てはしゃいだり、なまあらしのライブ感にちょっとそわそわしたり、うたばんでの茶番に笑い転げたりしていた。頻繁にCDを買う文化はうちにはなかったし、ましてやコンサートなんて別世界の話。母がたまに買ってくるテレビ雑誌をそっと切り抜いて大切に持っているような、ささやかなファンだった。

中学生になると父がお下がりのMDプレーヤーをくれた。これがきっかけとなって、わたしの中に「音楽を聴く」という概念が生まれた。テレビから、街中から、流れる音楽が聞こえてくることはあるけれど、自分からアクションを起こして音楽を聴くということはそれまでしたことがなかった。耳から入った音楽が体中を駆け巡る感覚はとても気持ちがいい。大好きな嵐の声をいつでも聴けるというのが嬉しくて、小さくてカラフルなディスクに、ツタヤで借りてきたアルバムを片っ端から入れて聴きまくった。
中でも「言葉より大切なもの」が大好きで、一言一句一音を覚えるほど何度も何度も繰り返して聴いた。透きとおったメロディーが心地よくて、歌詞の意味もよくわからないまま口ずさんだ。きらきらと輝くような音に少しだけ切ない言葉が乗っかって、夏の青い空が似合う爽やかさで、だけど冬に聴いてもじんわり胸に沁みる感じがまた良くて、何より、歌い出しのリーダーの歌声がこの上なく澄んでいて、とにかく大好きだった。

2007年。嵐というグループ名がいまほど広く知られるようになったのはきっとこの頃だろう。わたしは高校生になり、入学祝いにもらったiPodが電車通学の相棒となった。何百曲も持ち歩けるという文明の利器に、嵐を始め、たくさんの音楽を詰め込んで毎日聴いていた。
世間での彼らの人気は凄まじく、2008年には国立競技場を満員にしてしまった。その姿はまさにスターで、家でコンサートDVDを観ているだけでもワクワクした。冒頭の挨拶で松潤が放つ「7万人、一緒に幸せになろうぜ!」という言葉は、わたしに向けられたものではないのに何度観てもときめいてしまう。家族と一緒にテレビ画面を見つめながら、一生のうちに一度はこの世界を体験してみたいなぁと思うようになった。しかし、田舎の高校生には現実味がなさすぎたし、プラチナチケットを手にできる気がしなくて、結局ファンクラブに入るには至らなかった。決して手の届かない存在だけど、きっと会うことも叶わない存在だけど、ただただ嵐が大好き。淡い気持ちとiPodを抱えたまま、わたしは大人になった。

わたしが大人になった分、彼らもさらに大人になっていて、もうすぐデビュー20周年を迎えるという。そのことに気づいたとき、「会いたい」と思った。彼らに直接会って、ありがとうとおめでとうを伝えたい。田舎暮らしなのは20年前と変わってないけどそんなことはもう関係ない。とにかく会いたい!
アニバーサリーにはきっと盛大にツアーをやってくれるだろうと、ファン歴20年目を目前にして初めて嵐のファンクラブに入った。他のアーティストのファンクラブにも申し込んだことはあるのだが、今回はなぜか緊張した。その延長線上にコンサートという風景が見えたせいかもしれない。ファンクラブへの入会は、彼らに会うための第一歩。
そして、「5×20」と銘打った大々的なツアー開催の案内を受け取ったわたしは、満を持してチケットを申し込んだ。が、しばらくして届いたメールには「誠に残念ながら、お申込みいただいた公演のチケットをお取りすることができませんでした。」という冷たい定型文。さすが嵐、なんて負け惜しみを言いつつ、公演日程の最後に書かれている「and more」の文字に希望を託した。

5×20ツアーが始まって1か月ほど経ったある日、ついに発表されたand more公演の日程を見て、震えた。既に実施されていた分も含めて全50公演、総動員数は237万5000人。単純に考えてファンクラブ会員はほぼ全員参加できる。追加公演というレベルではない、というか追加で発表されたほうが多い。彼らは最初からこれも全部含めて5×20として構想してくれていたのか。
さすが嵐。いや、そんな一言では済まないくらい、彼らからの愛を感じた。5人の声がよんでる。会いに行くよ、会いに行くから!決意を新たにしたわたしは申し込み受付が始まるまでの1か月、and more公演の日程とひたすらにらめっこしていた。
本音を言えば、家から近い会場で休みの日に会えるのが一番。でもそんなことより、会えるか会えないか、それが問題だ。多少交通費がかさもうが、多少仕事に影響が出ようが、嵐のためなら頑張れる。どの会場がいちばん倍率が低いのだろうか。どの日程なら平日でも休みやすいだろうか。検討に検討を重ねて申し込む日程を決定した。嵐のチケットを申し込むときには希望する公演を第1希望から第3希望まで入力することができるが、さらにその下には「第4希望:いつでもどこでもよい」という項目があり、これを選ぶと全会場、全日程で当選の可能性がある。お金と有給休暇という武器を持つ大人なわたしは、第4希望も選択することにした。
さあ、申し込む準備はできている。幸せになる準備はできている!そう思っていたのだけれど。

2019年1月27日。
and more公演のチケット申し込み受付が始まる前日のことだった。
「嵐、2020年末で活動休止」
え、ちょっと待って……?
スマホ画面に映る文字を目で追いかけても全然頭に入らなくて、だけど涙は止まらなくて、受け止めきれないわたしは会見での彼らの声を待った。
その晩、ニュースで流れた5人の姿は、普段バラエティー番組で目にするのと同じくらい和やかで明るい空気に包まれていた。
前向きな決断であること。
あくまで解散ではなく休止であること。
決して仲が悪くなった訳ではないということ。
記者からの質問に一つ一つ真摯に答える彼らを見て、「あぁ、大丈夫だ。」と思った。お互いに尊重し合う姿はいつもどおりで、不協和音なんて微塵も感じなかった。もちろん、嵐として輝く彼らをずっと観ていたいし、悲しい気持ちに変わりはないのだが、5人の決断を応援したい気持ちが勝った。多くの人が同じように感じたのだろう、SNS上では「#大野くんの夏休み」というタグが生まれ、大好きな釣りや絵を楽しんでくれたらいいな、のんびり自由に過ごしてね、といった温かいメッセージが並んだ。

衝撃的な発表から一夜明けて。もしかしてもしかしたら、もうこれが最後のチャンスなのかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えながら、祈る思いでチケットを申し込んだ。その後の1か月はドキドキしながら落ち着かない日々を過ごしたが、無事に当選メールを受け取ることができた。仕事終わりですぐに入金して、ようやくほっとした。ついに手にしたプラチナチケット。テレビの前で彼らを眺めるだけだった小学生の頃のわたしも報われただろうか。
それからは、飛行機と宿と有休を何とか確保し、当日彼らに会うための服を考え、セットリストを予想(というか妄想)しながら通勤の車の中で嵐を聴きまくり、休日にはうちわを作って過ごした。世間では自分の好きな芸能人が結婚や引退を発表するとショックで会社を休むような人もいるというが、わたしは毎日必死に働いた。彼らが「これからの2年間でたくさん思い出を作りたい」「最後まで笑っていよう」と言ったから、(いつどこでコンサートやイベントが開催されてもお金と有休を存分に使えるように)前向きに生きることにした。

そうして迎えたコンサート当日。初めての本人確認をぎこちなくも何とかクリアし、入口で発券された紙を確認しながら自分の席についた。ドームはやっぱりでかい。どんどん人で埋まっていく様子を眺めながら、嵐はこんなにもたくさんのファンに愛されているのだと実感して早くも涙がこみ上げてきた。
開演時間が近付くと、会場内には次第にペンライトの光が増えていく。わたしも黄色を灯してその時を待ち構えた。

1曲目は、「感謝カンゲキ雨嵐」。聴き慣れたイントロが流れ始めた瞬間、胸がいっぱいになった。彼らからのストレートなメッセージだ。焦がれ続けた彼らが目の前に現れて、わたしたちに向けて歌っている。夢にまで見た景色の中に、わたしは立っていた。スタンド席の32列目、お世辞にも近いとは言えない距離。それでも確かに彼らはそこに存在していて、楽しそうな声も、しなやかな動きも、歩き方も手の振り方も背中の丸さも、わたしが大好きな5人だった。やっとここでみんなと逢えた。
「俺ら5人で、5万人幸せにしてやるよー!」
松潤が宣言したとおり、それはそれは幸せな3時間半だった。ダンスがかっこいいあの曲や、重なる歌声が美しいあの曲、一緒に踊れるあの曲、懐かしいあの曲、C&Rが楽しいあの曲も、そしてわたしが大好きなあの曲も。嵐の20年がぎゅっと詰まっていた。(……なんて文字で書いても、あの興奮の欠片も伝わらないだろう。コンサートはやっぱりその場で体感してこその価値があるものだと改めて思う。)
基本的には原曲アレンジのままだったので、「あー、これがずっと観たかったんだ!」「歌番組やDVDでは何度も観てたけど、こんなアングルから拝めるなんて!」と感慨に浸ることが多かったが、5×20ならではの演出もふんだんに盛り込まれていて、20年前のMVを完全再現してみたり、前回のコンサートの曲の振りを間奏中にやってみせたりする嵐さんたちのサービス精神と遊び心がたまらなくいとおしい。5人それぞれが主役となる場面もあって、ダークでクールな表情、真っ直ぐで力強い歌声、やわらかなピアノ演奏、壮大なオーケストラを操る指揮、キレの良いダンス、音楽に合わせて表現される5人5様のかっこよさに、息をするのも忘れて見惚れていた。
ペンライトの色が自動で変わっていく演出も楽しくて、この時代に生きていることに感謝した。ドーム全体が1枚のキャンバスになったように次々と彩られていくので一体感がすごいし、光の波に飲み込まれる感覚に興奮した。DVDで観ていたあのたくさんの光の中の一人になれたんだと思うと、それだけで感動してしまった。
1曲1曲にその時代ごとの自分と結びつく思い出があるから、5人と一緒に20年を振り返っているような、時間旅行をしているような気分になった。ドームの中にいる5万人それぞれに嵐との思い出があって、いろんな感情を抱えてあの場所に立っていたのだろう。年齢も性別も住んでいる場所も好きなメンバーもバラバラだったかもしれないけれど、嵐が好きだという気持ちは全員が共有していた。そしてその気持ちはきっと彼らにも伝わっていて、応えるように120%のパフォーマンスで魅せてくれた。あの空間は確かに、ファンから嵐への愛と、嵐からファンへの愛で満ちていた。

メンバーひとりひとりが20年分の感謝の気持ちを語る中で、翔くんはこんなことを口にした。
「周りにいるたくさんの人たちのおかげでいろんな景色を見ることができました。ファンのみんなのおかげ、いや、今は嵐から離れてしまった人たちもそうかもしれない。たくさんの人たちのおかげです。」
その言葉を聞いて少しドキッとしたのは、わたし自身も一度、嵐から距離を置いたことがあるからだ。大学に入って自分が忙しくなるのと同時に彼らのメディア露出がぐんと増えて追いつけなくなってしまったのが一つ。そしてアイドルを熱心に応援している人が周りにいなかったこと。いい歳してキャピキャピしてるみたいで(誰に何を言われたわけでもないのに)何だか恥ずかしくなってしまったのだ。
嵐から少し離れたわたしは、J-POPを中心にいろんな音楽に触れるようになった。アイドルは前向きな言葉をキラキラ光るメロディーに乗せてわたしたちに夢を与えてくれるが、いわゆるシンガーソングライターと呼ばれる、音楽そのものを武器とする人たちが奏でる曲はもっと生々しくて人間くさい。そんな人間くささに共感し、励まされるうちに、言葉とメロディーだけじゃない音楽のおもしろさに気付いた。何気ない歌詞でも行間をよく読むと実はとても深いテーマが描かれていたり、有名な曲をオマージュしたフレーズが隠れていたり、聴き手によって様々な捉え方ができるような余白が残されていたり、あるいはアレンジを変えることでオリジナルとは違った魅力が引き出されたり。ただ嵐だけを見ていたときには5人が歌う主旋律ばかり追っていたけれど、たくさんの楽器の音が緻密に重なり合っていることで爽やかな疾走感や胸にきゅんとくる切なさが作られていることも知った。音楽は思っていたよりずっと奥が深くて素晴らしき世界だったし、その世界で唯一無二の輝きを放つ嵐はれっきとしたアーティストだった。ほんの少しだけ耳が肥えたわたしがまた嵐の曲を聴くと、美しく重なった和音の中でもひとりひとりの声、ひとつひとつの音をより細かく拾えるようになっていたし、2番のリズムの刻み方かっこいいな、この曲とこの曲は同じ人が作曲してるんだ、印象的な音はあのベーシストが弾いていたのか、あぁ、なんて切ない歌い方するんだろう、もしかしてこの曲の主人公は……なんて新たな発見がどんどん出てきて、何万回目かわからないけどまたさらに嵐を、嵐の音楽を好きになるのだった。きっとまだまだ好きになる。

曲を聴く場面によって感じ方が変わるというのも音楽の魅力の一つだが、いまの嵐が歌う楽曲には5人の決意というか、熱い想いが見えることがある。5×20のステージにおいてもそれは顕著で、ひとりひとりの挨拶で語られた言葉とも重なる部分があった。

『どんな辛い時でも 駆け抜けてきた日々を
 一人じゃないと思えたら』(ハダシの未来)

「20年を共に過ごしてきた4人には本当に感謝しかない。」
と、リーダーは5人で歩んだ道のりを振り返った。

『You are my SOUL! SOUL!
 いつもすぐそばにある
 ゆずれないよ 誰もじゃまできない』(A・RA・SHI)

「5×5、5×10、5×20。左側の数字がずっと変わらず5であることに意味がある。5じゃないと、この5人じゃないとだめなんだ。」
と、翔くんは言った。

『全身ぜんれい目指してく WAY
 自分取り戻す為に上
 新しい何かを見つけるねぇ
 きっとまた巡り会う Someday』(a Day in Our Life)

普段なかなか素直な気持ちを聞かせてくれないニノも、この日は真っ直ぐな言葉で伝えてくれた。
「嵐は我々にとって、いちばん大切にしているものなんです。核になっている、大切なものを守るためにここで一度止まる必要があるんです。」

『歩き出す 明日は僕らで描こう 涙に暮れたとしても塗り変えてゆく
 強さ教えてくれた 君の温もりを
 追いかけて 果てない未来へ繋がる
 いつか巡り逢える虹の橋で 同じ夢を見よう』(君のうた)

「この5人でまだまだ見せたい景色が、見たい景色があります。」
と話したのは松潤。相葉ちゃんは、
「デビュー会見で『世界中に嵐を巻きおこす』って話したけど、まだ叶えられてません。もう一度5人集まったときには今度こそ世界中に嵐を巻きおこします!」
と力強く宣言してくれた。

言葉がなくちゃ伝わらないけど、どれだけ言葉を並べたって心がなければ伝える意味がない。彼らがメロディーと共に伝えた言葉には言葉で表された以上の想いが込められていた。
心の中では、5人並んだ姿をまた見せてよ、共に未来を見つめていたいのと叫びまくっているけれど、彼ら自身がいちばん嵐を愛していることをわたしは知っているし、それに負けないくらい嵐を愛する「6人目の嵐」たちがコンサート会場だけじゃなく日本全国、世界各地にいることを彼らは知ってくれている。だから、絶対に戻ってきてね、なんてわざわざ言わない。約束なんかしなくてもそのときが来たらふらっと集まって仲良く動き出してくれるだろうし、5人が集まらないんだとしたら、それは嵐が嵐であるための選択であるはずだ。
こんなに幸せな時間が途切れてしまうのかと考えると確かに辛いけど、わたしは嘆いてなんかいたくない。最後に歌ってくれたこの曲も、きっと5人からのメッセージだから。
『思い出の後先を 考えたら 寂しすぎるね
 騒がしい未来が向こうで きっと待ってるから
 走り出せ 走り出せ 明日を迎えに行こう』(Happiness)

この日は、喉の調子が良くなかった松潤に代わって、やたら絶好調だったリーダーが締めてくれた。
「俺らの名前はなんだ〜!セイッ!」
「嵐〜〜!!!!!」
とびっきりの大きな声で、20年分のありがとうとおめでとうの想いを込めて、大好きな名前を呼んだ。
嵐よりも大きな愛はどこにもないんだよ。
わたしの言葉が直接彼らに届くことはないけれど、彼らが届けてくれた愛は無くさないように大切に胸にひめた。
2020年12月31日までに、どんな楽しい景色を見ることができるだろう。そしてやがて来る、嵐がいない世界はどんな景色なのだろう。
泣いたり笑ったり悩んだり、ウマクなんて生きれないのかもしれない。それでもきっと20年前から変わらないはずだ。嵐の音楽は、いつもすぐそばにある。

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