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2017年6月27日

あっくん (27歳)

なぜ私はNY旅行中に岡崎体育を聴いていたのか

ニューアルバム『XXL』に寄せて

27歳。会社を辞め、転職活動を終え、
次の仕事が始まる前にアメリカ、ニューヨークへ1週間の一人旅に出た。

どうしてもニューヨークという場所に行きたかったわけではない。
ただ、20代も残りの年数をカウントし始めるようになったこの辺りで、
今のうちにしかできない(かもしれない)海外一人旅を思い立ち、
英語圏ならなんとかなるだろうという軽薄な考えからNYを選定し、
1週間後にはマンハッタンの地にたどり着いた。ほとんど勢いである。

あらゆることが日本とは違った文化、環境。
そもそも私が自分でも驚くくらい全く英語が喋れないせいでもあるが、
たった一人でニューヨークに来るということは興奮であり、高揚であり、そして少し孤独だ。

レンガ造りの建築。行き交う多様な人種の人々。ファーストフードの匂い。
きらびやかなタイムズスクエアのネオン広告。初夏の日差しを存分に浴びせて来る高層ビル群。

行きたかった美術館でアートを体感し、ヤンキースタジアムで本場のベースボールを見て、
日本でも行ったことのないジャズバーにも行った。
街に出ればどこを切り取ってもここが日本でないことを痛感させ、
非日常の光景が溢れるほど五感に染み渡ってくる。

そんな約1週間のニューヨーク放浪の間、夜のホテルで1人私が聴いていたのはなぜか岡崎体育のニューアルバム『XXL』だった。

行く前はスティングの『 Englishman In New York』で、なんとなくNY気分を上げていたはずだったのに…?

ニューヨークにまつわる名曲は言わずもがな、数知れずある。
個人的にはニューヨークと言われてすぐに思いつくのはU2の『New York』やThe Strokesの『New York City Cops』だったりするのだが、実際にニューヨークの地でそれらをイヤホンから流すことはなく、岡崎体育の『XXL』ばかり聴いていた。

きっと岡崎体育が、とても『今の』『日本らしい』アーティストだからなのかもしれない。

ニューヨークでの旅路を満喫すればするほど、同時に日本の文化や環境、価値観を再認識することになる。非日常を求めて旅に出たはずが、どこか心の奥底では日常を求めてしまう矛盾。
その矛盾の答えが岡崎体育だった。

岡崎体育のニューアルバム『XXL』は本当に素晴らしい作品だと思う。

LINKIN PARKやSUM 41を思わせるヘヴィーなサウンドから、
腰を抜かす歌詞のサビへと展開する『感情のピクセル』。
言葉の使い方を存分に遊んで見せる岡崎流ファンクの『Natural Lips』。
SNS社会をさらっと毒づく笑いのアクセル全開の『Horoscope』。
そして叙情的で、どこか切ない若者の日常的な風景が涙を誘う『鴨川等間隔』。

ジャンルという枠にとらわれない、変幻自在の色彩豊かなサウンドと、
ネット、SNS社会の現代を独自の皮肉じみたユーモアで切り取る歌詞のバランスは
きっと、今の、この日本らしさというものを誰よりも体現しているのではないだろうか。

思えば彼が世間に名を知れ渡るきっかけとなった『MUSIC VIDEO』のヒットも実に、
時代感をとらえたプロモーションだった。
(もちろん楽曲そのものの良さは言うまでもない)

アーティストにとって『時代を体現する』ということは、優れた楽曲そのものを
生み出すことと同じぐらい重要なことであり、それができるアーティストはほんの僅かだ。
だからこそそんなアーティストを私は尊敬している。

ビートルズやレディオヘッドの楽曲はこれから先も、何十年も世界中の人々に受け継がれ、
あらゆる場所で聴き続けていかれるだろう。
しかし、例えばビートルズが日本に初めて来日した時の熱狂や、10年も活動をしていなかった期間に次々と珠玉の名作が生まれていった当時の瞬発力。
『ロックなんてゴミだ』といって『KID A』をリリースしたレディオヘッドのセンセーショナルさは当時、その時代を生きた人達にしか分からない『時代的な体験』である。

そしてそれらの作品や楽曲、彼らの姿勢は、その時代の人々が少なからず渇望したものだったからこそ、彼らは偉大なアーティストになり得ることができたのではないだろうか。

2017年。
今は好きな時に、自分が選んだ好きな音楽を聴けるようになった。
そしてネット社会における価値観の多様性により、昔ほど音楽的なムーブメント、
ヒット曲も生まれづらくなったと言われる時代。
特定のジャンルが盛り上がることがないのなら、それらを一手に引き受けて
彼なりの解釈でこの時代にふさわしいジャンルレスな楽曲を、
次々と生み出す岡崎体育の表現力には心から尊敬する。

非日常のアメリカ、ニューヨークという地だからこそ
日常の、あたりまえの日本を感じさせてくれる岡崎体育を
私は聴きたくなってしまっていたのだろう。

時代感を体現する感受性と、優れた楽曲の普遍性を備えた岡崎体育は、
間違いなく今の日本を代表するアーティストだと、私は思う。

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