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これからも THE BACK HORN

影響を受けた10年間

 私は音楽が好きだ。小さい頃に音楽教室でピアノを習っていたことや、中学・高校で吹奏楽部に所属していたこともあり、音楽に親しむきっかけが多かった。性格は、あまり目立つわけでもなくのんびりとした、しかし頑固な子どもだったように思う。Jポップの曲を聴き、よく家族に「聴いて。」とせがんだ記憶もある。ロックバンドをそこまで意識したことはなく、「かっこいいお兄さんやお姉さんが歌を歌ったり、演奏したりする」という勝手なイメージしかなかった。
 そんな中、THE BACK HORNの曲を初めて聞いたのは、中学生の頃だった。

 パソコンで音楽を視聴するサイトに、THE BACK HORNの新曲「罠」が紹介されていた。偶然にも吹奏楽部でホルンを担当していた私は、書いてあったバンド名の「HORN」に目が留まった。「これはホルンの曲かもしれない、聴いておかなければ!」と喜び勇んで、その曲を聴き始めた。すると、イヤホンを通してけたたましい音の数々が私の耳に滑り込んできた。荒ぶるような勢いで変わっていくメロディーが、とにかく衝撃的だったのを覚えている。「思っていたのと少し違っていたけど、何だか惹かれる。もうちょっと色々な曲を聴いてみたいな。」というのが最初の感想だった。

 高校生になると、自分の行動範囲がぐっと広がるようになった。ある休みの日、THE BACK HORNのCDを目指して、人通りの多い三宮の町に出かけた。まだ人混みには慣れておらず、人の波に揉まれながら、ふらふらと歩きまわった。そうしているうちに、タワーレコードのお店にたどり着いた。
 初めてタワレコに行ったのも、この時である。沢山のCDを見るだけでも気が遠くなりそうだった。何気なくリリースしたばかりのCDの棚を眺めていた時に、思わず「あった!!」と叫んでしまった。探していたTHE BACK HORNのシングル「戦う君よ」が、目立つようにズラリと並べられていたのである。今だったらアマゾンでポチッと注文すれば、数日で商品が届くことに何の違和感もない。しかし当時は、買い物といえばその場所で探して見つける方がワクワク感があり、私は好きだった。「こんな沢山のCDの中から、偶然の出会いがあるんだ!」と思いっきり喜んだ。
 さらに、ボーカルの山田将司さんが出演しているDVD「東京タクシー」も見つけることができたため、迷わず一緒に購入していた。山田さんが歌う主題歌「この手広げて」は、儚さと力強さが入り混じった曲で、映画の雰囲気にぴったりだと感じた。

 THE BACK HORNが好きなことも中学では話す機会がなかったが、高校でロックバンド好きの女の子と友達になることができた。彼女はBase Ball Bearが好きで、お互いにお気に入りの曲を紹介し合うことがあった。良さを分かってもらうためには、もっともっといろんなことを知っておきたいと思い、THE BACK HORNのアルバムを漁って聴くことが日課となった。

 こうして地道かつ着実に、THE BACK HORNは思春期の私の価値観や考え方、感じ方に影響を与えていたように思う。彼らの10周年武道館ライブを記念した「ザ・バックホーンの世界」という本を購入した時のことである。この本は表紙カバーを外すと、メンバーの描いた少々不気味な絵が見えるようになっている。当時はいけないものを見ているようで少し怖かった。「怖いけど、やっぱり見たいから見てみよう。」という人間らしい衝動は誰にでもあるだろう。しかし年頃だからかその衝動を素直に出すのが何となく恥ずかしかった。好きな物にここまで夢中になれることは、自分にとっては不思議かつ新鮮で、好きなバンドだからこそだと感じた。

 また、絵を描くのが好きだった私は、プリンターで印刷した歌詞に、自分が想像した絵を描き留めるようになった。特にお気に入りだったのは、アルバム「イキルサイノウ」に収録されている「赤眼の路上」である。夕日をバックに煙草を吸う男の人をイメージして描いた絵は単純なものだったが、私は歌詞の世界観に浸れたような気がして、かなり満足していた。

 高校三年生の時には「そろそろTHE BACK HORNのライブを間近で見てみたい。」という欲求があった。しかし大学受験前だということもあり、遠出してライブを見に行くのはどうなのだろうとも思った。悩んでいる私を救うかのごとく、グッドタイミングで神戸大学のプロコンサートにTHE BACK HORNが出演することが決まっていた。ホームページで記事を見つけた瞬間、行くと決めた。

 生の彼らの演奏は、やはりすさまじい迫力だった。当たり前のことかもしれないが、ステージからほとばしる熱量や勢いは、毎日眺めていた動画と比べるどころではなかった。それはステージにいるメンバーだけではなく、ライブを見に来たファンの方々も同じだった。汗を流し、人の波に押されながら全身全霊でこのライブを共有し、楽しもうとしているのが伝わってきた。
 特に新曲「シリウス」には、東日本大震災への強い思い、何とかそれでも生きようというメンバーの叫びが込められていたように思う。彼らが掲げる「共鳴」という言葉を体現するかのように、全力でぶつかり、叫び、楽しみ合う時間だった。
 
 その日は帰るとすぐに日記を開いた。「明日へとつなげていきましょう、その明日も、またその明日もね。」と山田さんが言ったことや、ギラギラした夕日が沈み、雲が立ち込めたあのステージを、思いつくまま書き尽くした。

 大学では軽音楽部に入る前からベースを購入した。ライブを見て、自分も演奏がしてみたい、バンドがしてみたいという強い衝動があったからだ。初めてベースで一曲を通して弾けたのは「光の結晶」だった。THE BACK HORNのスコアの中から比較的易しい曲を選ぼうと思ったのだが、スコアを見れば見るほどどれも難しく見えてしまい、きりがなかった。
 
 そこで当時一番よく聴いていて、ベースラインがかっこいいと思った「光の結晶」を選んだ。予想していた通り、人差し指に血豆ができ始めた。これがまた猛烈に痛い。しかし、「自分は夢中になれば結構頑張れる人なんだな。」などと悦に浸っていたので、気にすることもなかった。実際軽音楽部では別のアーティストのコピーをしていたため、THE BACK HORNの曲をバンドを組んで演奏するというよりは、自己満足で思いっきりベースを弾いて楽しむ時間になった。しかしとにかく夢中だったし、最高に楽しい時間だった。

 社会人になってから4年。めまぐるしい日々に追われ、ベースはなかなか弾かなくなってしまった。ここまで文章を書いておいて何だ、と怒られそうだが、THE BACK HORNのライブは結局行くことができていない。しかし、他のバンドやアーティストの曲をぐるっと一通り聴いた後は、必ずTHE BACK HORNの「魚雷」を聴いて締める。「ALL INDIES THE BACK HORN」に収録されている、大好きな曲だ。

 「暮れる街の影 俺は潜む」という怪しげな歌詞から始まるこの「魚雷」という曲には、不思議と「自分には色々難しいかもしれないが、やったるぞ。」と前向きな気持ちにさせてくれるパワーがある。歌詞の内容はどちらかというと荒んだ気持ちを表しているように思うのだが、THE BACK HORNというロックバンドがもつ説得力によるものなのかもしれない。日々の生活の中に立ち塞がる苦しいこと、辛いことに対して正面からしっかりと向き合っていかなければいけないとあらためて感じさせられる。
 
 特に社会人になると、学生時代には自分がのんびりしていて感じなかった劣等感や、不甲斐なさに心が打ちのめされることが多い。「難しいことも、自分と向き合っていこう。」と口で言うのは容易いが、行動や姿勢で示すのは、この先年齢を重ねても簡単にできることではないだろう。しかし、私は、THE BACK HORNの曲を聴き続け、立ち向かっていきたい。
 
 今月末にはPVが公開されていた「太陽の花」「心臓が止まるまでは」が収録されているアルバム「カルぺ・ディエム」を購入する予定だ。購入する場所は、もちろんあの思い出のタワレコである。
これからも私は、飽きることなくTHE BACK HORNを堪能し、聴き続けようと思う。

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