2364 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

「音」が私たちに届けてくれる「想い」

ウカスカジーTOUR 2019 “WE ARE NOT AFRAID!!”で感じた彼らの“表現”

『少し疲れた』
 

桜井さんがそう歌い出した瞬間、私の頭は一瞬にして真っ白になった。

どうしてそうなったのかは未だに自分でも分からない。

「感動したから」ではないし、「この曲を歌ってくれるのが嬉しかったから」とも違う。
もちろん「桜井さんの歌が上手だと思ったから」でもない(そんなことはとっくに知っている)。

しかし、どんな言葉でも的確に形容できないような感情が、あの日あの場所で私の心を確かに満たしていた。
 


 

9月29日、豊洲PITで行われた
ウカスカジーTOUR 2019 “WE ARE NOT AFRAID!!” 東京公演。
 

このライブは、私にとって初めてのスタンディング形式でのライブだった。
また、ライブに参戦すること自体が今回で2回目であり、1回目であるMr.Childrenのライブでは東京ドームの2階席からステージを眺めていたため、今回はステージがどれくらいの距離でどんな風に見えるのか、そしてそのステージに立つウカスカジーの2人は自分の目にどう映るのか、そんなことは全く想像できないままライブ当日を迎えた。

15時に開場し、整理番号に従って入場する。
早まる気持ちを抑えながら客席に足を踏み入れ前を向くと、自分の視界の自然な範囲、まさに“見える範囲”にステージがあった。
今からこのステージにいつも画面越しに見ている人たちが出てくる。その事実を冷静に受け止められないくらいにステージと自分との距離が近くて、開演して2人を目の当たりにしたら自分はどうなってしまうのかを考え恐怖すら感じていた。

オープニングのきっとラット ケイ、DJダイノジのステージが終わり、ついにウカスカジーの出番となる。

ステージ脇から2人が登場した瞬間、私は初めて彼らを自分の目で見て、そして衝撃を受けた。
もちろん“本当にあの2人を生で見ている”ということにも驚いていたのだが、私はそれ以上に、画面越しでは感じられないような雰囲気——彼らのどこをとっても伝わってくるワクワク感、キラキラと輝いていて、そして今にも楽しい気持ちが溢れ出しそうな空気感を想像以上に感じて衝撃を受けた。そして、音が鳴る前から2人に夢中にさせられたのだ。
ライトが点いてステージが始まってからは、スポットライトを浴びながら歌い、そして幸せそうに笑う彼らの姿に釘付けになり、まさに夢の中にいるよう気分で、でもこの場で自分が見ていることを脳にしっかり焼き付けるために無我夢中でその空間を楽しんだ。
 

しかし、そんな風に全てを覚えようと全力でステージを見ていたはずだったのに、終演後、私は彼らがステージの上でどんな行動をしていたか、そしてどんな衣装を身につけていたかさえ、細かいことは全くと言っていいほど覚えていなかった。
では、私は一体あの場所で何を見て、何を脳に刻もうとしていたのか。
その答えを自分の頭の中で探した結果、ライブ中私は彼らが“やったこと”を記憶するのではなく、彼らの音やその姿から“表現”を見つけて、自分がそこから感じ取った「想い」を心に刻んでいたのだと気付いた。
それは、音からはもちろん、自分の目で見た彼らの表情や細かい仕草からも「感じざるを得なかった」と言えるくらいに強く“表現”を感じることができたからこその結果なのだろう。

そこで、ここからは私が自分なりに受け取った彼らの表現、そして「想い」を書き留めていきたいと思う。
 
 
 

私が最初に“表現”を感じ取った瞬間は、冒頭でも述べたMy Homeの歌い出しを聴いたときである。

この日まで何度も聴いてきた馴染みのフレーズのはずなのに、このときに聴いた『少し疲れた』は特別だった。
本来この曲にはイントロがあり、CDではその音に乗って桜井さんが歌い始めているのだが、今回のライブで桜井さんは、MCの途中で歌詞のはじめの『少し疲れた』という言葉を使うことによってこの曲を引き出してきた。
「少し疲れた…少し疲れた?」
MCでそう言った桜井さんは、会場を見渡しながらちょっとだけニヤッと笑って、でも一瞬で優しい笑顔になって、まるで「今から歌うよ」と私たちに教えてくれるように再び会場を見渡してから

『少し疲れた でも心地いい疲れだ
 I’m going home I’m going home
 今日は良い一日だった』

と歌い始めた。

こんなに心が震えた瞬間が今までの人生であっただろうか。
桜井さんの歌声は、私の心が受け止めきれないくらいの優しさと、ぬくもりと、そして計り知れない愛情を含んでいる気がして、そんな想いで溢れた私の心は逆に苦しく思えるくらいだった。
音を出しているのはスピーカーで、その音を聴いていたのは自分の耳だったということはわかっている。しかし、そのときの私は確実に、桜井さんの心から出てきた音を自分の心で聴いて、そして贅沢にも桜井さんの想いに触れていた。

そんな桜井さんの想い、そしてぬくもりに包まれて曲を聴きながら、私は、桜井さんがステージ上でただ気持ちを込めて歌っているのではなく、それ以上にもっとリアルタイムなものを音に含ませながら歌っているのではないかと思った。
会場の空気や、ステージに立ってお客さんを見て感じたこと。そのときに思ったことだけではなく、ライブ当日を迎えるまでに考えたことやその公演にかける想い。そんなものを大切にしながら、桜井さんは音に想いを吹き込んでいるのだと感じた。
 

曲が終わってからのMCで、ガクさんは「この曲はリハでの桜井さんの思いつきで今日やることが急遽決まったんだよ」と私たちに教えてくれた。
感じたことに素直に応えて、まさに“自由に”音を奏でているところも、このように感情が伝わる1つの理由なのではないか。
 
 

My Homeを歌ったあと、桜井さんはPUFFYのカバーで誰かがという曲を歌った。

この曲を歌う前に桜井さんは、今回のツアーでの企画「フレー!フレー!保育士さん」プロジェクトが誕生したのは、今年の5月に琵琶湖付近で起こった、保育園児が犠牲になった交通事故がきっかけであったと話した。
街中で見かける園児を連れた保育士さんの表情が事故の前後で違うと感じたこと、そんな状況で歌を歌う立場である自分たちができることは何なのかを考えこのプロジェクトを思いついたこと、そんなことを丁寧に話してから桜井さんは歌い出した。

私はこの曲をあのとき初めて聴いたのだが、前に歌ったMy Homeやそのほかの曲と比べて、“表現”へのアプローチの仕方が異なるように感じられた。

ウカスカジーやMr.Childrenの曲には、サビに自然な盛り上がりのある曲、いわゆる「ヤマ」のある曲が多いと思う。
一方で、例えばこの曲の1番のサビの歌詞は

『誰かが泣いてたら 抱きしめよう それだけでいい
誰かが笑ってたら 肩を組もう それだけでいい』

というように、同じ構造の文の歌詞を繰り返しており、さらにメロディーも1回目の『誰かが〜』と2回目の『誰かが〜』で同じ旋律となっている。歌詞やメロディーに“盛り上がりになるような部分”がないために、まっすぐに突き進んで行くような印象が強く、ギターをかき鳴らしながら歌う桜井さんの姿からもそんなパワーを感じた。
そして、私はこの曲を通じて、桜井さんがこの曲を聴いた時の想いも受け取っていたように思う。
 

工夫した表現で聴かせるのではなく、心に感じた想いをそのまま音にして、それを伝えるように会場に響かせている。それが結果として“表現”として表れているような気がした。
 
 

そして、ライブ本編の最後に歌われた時代。
この曲からは、ウカスカジー2人の“表現”の違いを感じ取ることができた。

この曲はサビを桜井さんが、それ以外の部分をガクさんが歌っているのだが、ガクさんは、歯切れのよいラップでたくさんの言葉を空間に刻み込みながら、この曲のストーリーをつくり出していた。
それに対して桜井さんは、語りかけるような美しいメロディーで音楽の“横の流れ”を強調していると感じた。メロディーの間にある休符の空間を味わいながら、言葉の一つ一つを噛み締めて大切に歌っていたように思う。

また、歌を支えているサウンドも、ガクさんのラップにはドラムが言葉の細かい抑揚に繊細に応えて、その一方で桜井さんの歌には主張しすぎない響きで歌の美しさを最大限に生かすといったように、2人の特徴の違いを引き立てていた。
そんな違いがうまく調和することで、1つの曲の“表現”として完成していたのではないか。
 

それぞれが自分の音にどうやって想いを込めるか、それをどうやって表現するかを考えて、お互いの音を楽しみながら“対話”しているからこそ、2人の表現の違いが相乗効果を上げている気がした。
 

ライブは“人対人”で成立するもの、お互いに感情を持っている者同士が向き合う場であるため、見る人がどのような価値観を持っているか、また、会場のどの空間を切り取って、そこをどんな視点でみるかによって、印象的なシーンや記憶に残るもの、感想は人それぞれであると思う。
今回私は彼らの“表現”に目の前で触れて、アーティストの「生の表現」に「生の感覚」で接することができるライブは特別なものだと改めて感じた。
目で見た細かいことは覚えていないかもしれないけれど、私があの日あの場所で感じ取った“表現”は鮮明に記憶に残っているし、そこから得た「想い」は今も私にたくさんのことを感じさせてくれている。音だけにとどまらず、表情や仕草など、彼らのすべてに“表現”が詰まっていて、そこには無限の「想い」の種が詰まっていると強く感じた。

これからもこのように表現に触れられる機会を一つ一つ大切にしていきたいし、彼らの「想い」を感じ取るための心を自分らしくもっともっと磨いて、そして受け取ったものを昇華していきたいと思う。
 

桜井さん、ガクさん、素敵な時間をありがとうございました!
 


 

※『』内の歌詞は、ウカスカジー「My Home」(作詞・作曲:ウカスカジー)、PUFFY「誰かが」(作詞・作曲:チバユウスケ)より引用

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい