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過去の涙をも掬ってくれた唄

BUMP OF CHICKEN 『流れ星の正体』

 人は一人ひとり違う。どんな人にも、きっとそれぞれに、順調な時期も、うまくいかない時期もある。だから、他者と自分の人生を比べるなんて、意味を持たないことだ。
 ということは十分理解しているが、私は実際、重い体験を多くしてきた方だと思う。過労で病を患ったこと。子どもを授かりにくい体になってしまったこと。複雑な家族関係を知ったこと。大好きで、必死で打ち込んできた仕事を、職場との考え方の相違から、手離すことになってしまったこと等々。
 それらの出来事について、心の整理ができたわけではなく、今この瞬間も、向き合おうとすると、猛烈な孤独感が襲ってくる。

 それでも、私がなんだかんだ、生きてこられたのは、BUMP OF CHICKENに出逢っていたからだ。これだけは自信を持って、声を大にして言える。傷ついて誰も信じられなくなった日も、長い長いトンネルの中で、一生ここから出られないのではないだろうかと、ひたすら涙を流した日も、そばにいたのは彼等の曲だった。彼等の曲だけは、ダメな私を叱咤激励などせず、ただ、うなづいて、背中に手を当てて、そこにいてくれる。そうして私は、弱々しくとも、また自分の足で、立ち上がり、ここまで生きてきた。
  

 2019年7月、彼等のアルバム『aurora arc』が発売になった。とても、静かに、繊細な糸のように、体内に入ってくる音と声と言葉達。琴線に触れる、とはこういう感覚を言うのだろう。1曲1曲が、自分の体験と、その時々の感情を呼び起こし、涙になって溢れ、「今、ここにある自分」を感じることができる。そして、「これからもこうして生きていく」と、ちょっとした未来を、描くことができる。
 

 このアルバムの曲の歌詞の、あるワンフレーズに、私はとても衝撃を受けた。

〈太陽が忘れた路地裏に 心を殺した教室の窓に〉

 『流れ星の正体』の一節だ。
 聴いた瞬間、秒速で思った、「これはあの日の私だ」と。
 そして脳裏に「あの日」の光景が浮かび、私の心は、一気にタイムスリップをしてしまった。
 

 高校3年の2学期。私は教室で、泣くこともできぬまま、外を眺めてばかりいた。
 同級生Aが、自ら命を絶ったのは、その年の夏休み、豪雨の夜だった。私はAを「友達」だと思っていたし、Aも、いろいろなことを話してくれていた。なのに私は、Aの異変に気付くことができなかった。
 言葉にできない衝撃。それからの日々、私は自分を責め続けた。もっとこまめに連絡を取っていたら、もっと柔らかい言葉をかけていたら・・・。しかし、どうしようもなかったかもしれない。そもそも、Aにとっての私の存在は、思っていたより小さかったということだ。その事も、悲しくてたまらなかった。
 ただ、学校を休んだ記憶はない。大学受験を控え、周囲も受験モードに変化する中、17歳の私は、心を殺して、オートマチックに体を動かすことしかできなかったのだと思う。心は涙で一杯だったのに。
 地方の進学校では、卒業すると、生徒は国内のいろいろな場所へと巣立っていき、バラバラになる。私も、同級生と、Aのことをゆっくり振り返ることもなく、新しい生活へと移っていった。

 それから長い月日が経った。残酷な話だが、実際、Aのこと、あの日々のことは、思い出すこともなくなっていた。
 なのに。
 『流れ星の正体』を聴いた瞬間、心の深い場所に押し込んでいた、あの日の記憶が鮮明に蘇った。私は、声をあげて泣いた。驚くほどの涙が出た。
 
〈君が未来に零す涙が 地球に吸い込まれて消える前に
 ひとりにせずに掬えるように 旅立った唄 間に合うように〉

 今私が流している涙は、この曲が作られた時点からすると、未来の涙なのかもしれない。でも、この涙が生まれたのは、私がBUMP OF CHICKENと出逢う前の、過去に生まれた涙だ。
 いや、この涙が過去のものか未来のものかなんて、どうでもいいのかもしれない。
 大切なのは、彼等の曲は、〈時間と距離を飛び越えて〉こんなにも私に届いているということだ。
 過去は変えられないのは自明で、もう、失った命は戻らない。
 だけど、呼び起された記憶、感情を頼りに、私は、あの日の自分に声をかけてあげることができる。これからどう生きるかを、見つけることができる。
 ここに届いた唄は、過去にも、未来にも、繋がっているのだから。

〈お互いに あの頃と違っていても 必ず探し出せる 僕らには関係ない事
 飛んでいけ 君の空まで 生まれた全ての力で輝け〉
 

 人よりも辛い出来事を多く経験してしまった気がするけれど、だからって、私の人生が不幸な人生だとは、実は思っていない。
 BUMP OF CHICKENと出逢えた私は、不幸ではない。
 何度どん底を味わっても、潰れずに生きてきて、今これを書いている私がいることが、その証だと思う。
 これから先も、何があろうとも、いつでも彼等の曲は飛んできてくれてここにいる。私はそれを見つけることができる。『流れ星の正体』を聴いて、それを確信できた。
 いつもありがとう、BUMPさん。これからも、よろしくお願いします。
 
 
 

*文中〈 〉内は、全て BUMP OF CHICKEN 『流れ星の正体』より引用
 
  
 
  
  
 
  
 
  
 
  
 
 
  
  

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