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スピッツの暗示する素晴らしい未来

まだ始ってすらいない

スピッツの代表曲「チェリー」について、思うところを書く。

初めて聴いたのは15歳の時だった。《ズルしても真面目にも生きてゆける気がしたよ》というフレーズが、あまり意味は分からなかったけど、なんだか妙に印象に残った。それから20年以上を生きて、僕は中年になった。ある時には「真面目に」問題に正面から取り組み乗り越え、またある時には「ズルをして」どうにかやり過ごして、そうやって大人になってきたような気がする。清廉な人生ではなかったけれど、汚れきってもいなかった。そんな僕(たち)に「これからも生きてくんだよ」と思わせてくれる、そういう名曲だと思う。

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もう少し、この曲について語りたい。
いちばん好きな歌は何か? それが「いま最も聴きたい歌」という意味ではなく「いちばん大事に思っている歌」という意味なら、僕は迷わず、スピッツの「チェリー」だと答える。何しろ多感な時、不自由な時代に出会ったから。

当時はYou Tubeなんていう便利なものはなかったし、中学生ではレンタルの会員カードを簡単には取れなかったし、MDさえ普及していなくて、ダビングはテープで行っていた。だから「CDを買う」のは避けられないことだったのだけど、そのへんの中学生には、気軽に1,000円は払えない。街のスピーカーから、あるいはラジオから、聞こえてくる音に耳を澄ませ、本当に気に入った曲だけを、やっとの思いで買ったわけだ。

僕は(英語のリスニング特訓のために)買い与えられたデッキで、本当に、誇張でもなんでもなく、盤面が擦り減るほど聴いた。この大切な財産、8センチのシングルCDを。

この歌は、悲しい歌だ。忘れがたい、でも別れなければならない、そんな何かとの(実現するかさえ分からない)再会を願う歌だ。僕は当時、何しろ15歳だったから、本当の悲しさなど知らなかった。本当の別れなど知らなかったから、歌の主人公に感情移入できなかった。俺も「いつか」この主人公みたいに別れを経験することになるのかな。そんなことを思い、胸を痛ませていただけだ。

それから永い歳月が流れた。人並みに別れ、でも歩き出し、それでも忘れがたさに苦しみ、いつしか大人に、好きなだけ曲を聴けるようになった。中学生の時よりは懐が温かくなったし、音楽を聴きやすい時代がきた。無我夢中で同じ曲をリピートするようなことは少なくなった。

折に触れて「チェリー」を聴きかえしているのだが、そういう時に湧き上がるのは、主人公への同情ではないのである。この歌は、歓びの歌だ。まだ始まってすらいない何かがあるという、歓びに溢れた歌だ。曲中に《想像した以上に 騒がしい未来》というフレーズが出てくるが、作詞者の草野氏は、恐らく、あえてボカして書いたのだと思う。想像した以上に「素晴らしい」未来が待っている、という意だと僕は思うのだ。

僕たち、15で「チェリー」に出会った世代は、いま40歳を迎えようとしており、ある意味では、ひとつめの(1段階目の)人生を終えてしまった。結婚した人、出産した人、それなりの役職に就いた人。社会的名声に縁遠い僕でさえ、ごく個人的なレベルでは、いくつもの「終わり」を見た。つまり、いくつかの「達成」を経験することができた。それでもなお、まだ始まってすらいない何かがある。そのことを祝してくれる歌だと思うのだ、この「チェリー」は。

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友人の誕生日に、この拙文を捧げたい。彼の前途が、どうか「騒がしい(素晴らしい)」ものであるように。

誕生日おめでとう!

※《》内はスピッツ「チェリー」の歌詞より引用

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