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2017年7月・月間賞 最優秀賞 | 2017年6月28日

エス子 (18歳)

怒りと赦しの果てに。

BRAHMAN 2017 Tour戴天ーーツアーファイナルの向こう側にあるもの

 2017年6月15日木曜日。この日が何もBRAHMANというバンドの最後のライブというわけではないし、何か特別なことをするわけでもない。わたしだって、きっとこれから目撃するであろう景色と同じ様なものを何度も見てきたはず。でも、やはり「ツアーファイナル」というだけで 無意識のうちに心のスイッチが切り替わる。なんだか開演前から会場全体がソワソワしていた気がする。もちろん、自分も含め。

 BRAHMANが今年の4月12日に、約2年ぶりのシングルをリリースした。タイトルは「不倶戴天」。不倶戴天とは《同じ天の下には生かしておけない、それほど恨みや憎しみの深いこと》。どんな音楽かは聴いてもらった方が早いし、いちファンであるわたしが曲についての説明を述べたところでただの感想文となってしまうので割愛するが、前回のシングル発売から2年、普通だったらどれだけ待たせるのだ、と文句を言ってやりたいところを「待っていてよかった」と思わされたシングルだった。
一週間後に追加公演が控えているとはいえ、全14公演あった「不倶戴天」のリリースツアーであるツアー戴天は、この日 新木場Studio Coastで幕を降ろす。
 

 さて、定刻を20分ほど過ぎた頃、ブルガリア民謡の「Molih Ta, Majcho I Molih」が暗くなった空間に響き渡った。するとオーディエンスは次々に両手を合わせ、それを頭上に掲げる。何度もライブに通って見慣れているはずなのに、やはりこの異様な光景を目の当たりにすると、不思議と笑みが溢れてしまう。一人ひとりのピンと伸びた指先からは、期待と少しの緊張が感じ取れるようだった。
KOHKI(Gt)・MAKOTO(Ba)・RONZI(Drums)がステージに姿を見せると、フロア前方の密度は一気に高くなる。3人に続くようにしてステージに現れたシルエットは、なんとガタイのいいスキンヘッド姿。そんなシルエットを持ち合わせる人間はBRAHMANには存在しない。だが、SLANGというバンドには存在するということを知っているオーディエンスは、驚きと歓喜を込めた 叫びに近い声を上げる。その光景に満足したのか、笑顔を浮かべたのはガタイのいいスキンヘッドもとい、KO(from:SLANG)。彼に少し遅れて、TOSHI-LOW(Vo)もオンステージ。この日の一曲目は、誰も予想出来なかったであろう「守破離」の“完全版”だった。このときには、ステージとフロアの間にあったはずの境界線なんてものは既に無くなっていた。

 KOが姿を消したステージから鳴るのは「GOIN’ DOWN」「賽の河原」。ライブが始まってたった数分しか経っていないにもかかわらず、会場は一気に地獄絵図と化した。KOHKIの放つ攻撃的なリフに合わせて、TOSHI-LOWはマイクスタンドを、オーディエンスは握り締めた拳を、見えないはずの空へと目一杯殴り斬る。曲と曲の間に息をつく暇なんてものは無く、そのまま勢いよく「DOUBLE-BLIND DOCUMENTS」が続いた。
RONZIの4カウントの後に「SEE OFF」「BEYOND THE MOUNTAIN」が奏でられると、オーディエンスの脳は完全に覚醒した。人の上を流れていく人、人、人…。やがて、宙を舞うクラウドサーファーすら現れた。BRAHMANのライブは、暴動のようだといつも思う。ステージにいる4人とフロアにいるオーディエンスは額にシワを寄せ 何かと戦っているように見えるし、だからこの空間を“LIVE”というのだと思い知らされる。その後も会場のテンションは変わらず、むしろKOHKI・MAKOTO・RONZIの織りなすアンサンブルが着火剤となり、激しさは増す一方だった。「SPECULATION」の後半に差し掛かると、バンドの横断幕がステージ後方に迫り上がり、この日を最高の夜へと導く準備が完了した。「最終章」で、少しばかり掠れて聴こえたTOSHI-LOWの歌に どこか切なさを感じて、ちょっとだけ泣きそうになった。

 しかし、わたしの頬に流れそうになった涙は、限界まで上昇したオーディエンスの熱気を更に煽るかのごとく奏でられた「EPIGRAM」の激しさで、完全に蒸発した。かわりに 涙なんて響きの良いものなんかではない、汗が首筋にうっすらと滲む。RONZIのスネアドラムから始まるイントロは「其限〜sorekiri〜」。音と言葉の熱さはそのままに、BRAHMANの“音楽”をオーディエンス一人ひとりにしっかり聴かせる。決して彼らは興奮を止めさせてはくれない。続く「ONENESS」「終夜〜yomosugara〜」でも、激しい濁流のようなクドさは皆無。しかし、メロウなテンポに似つかない、感情が溢れ出るような音楽がそこにはあった。少しの静寂の後に彼らが放ったのは「FOR ONE’S LIFE」だった。オーディエンスは大声で吠える、しかしそれよりも大きく、激しく、ステージの4人は吠える。音の鋭利さ、言葉の重さ、その場にいた人間たちの魂。全てを内に秘めたアンサンブルが会場を揺らした。
《逆境 つまり 憎しみや煩悩 / 挑戦 たかが 決心と行動》という言葉から始まる「怒涛の彼方」は、正直ここまでライブに合うと思っていなかった。歌詞カードを手にしながら聴きたい曲だ、なんて思ってばかりいたが、いざライブで聴くと鳥肌が止まらない。激しさの中に、ちゃんと優しさが存在しているのだ。その優しさを保ったまま、熱さは倍増かもしくはそれ以上にして「NEW SENTIMENT」へと彼らは音を繋ぐ。

 TOSHI-LOWという名の“鬼”がオーディエンスの上に降臨したのは、「警醒」でのことだった。マイクを持った鬼を倒すべく、クラウドサーファー達が彼の元へと挑んでいく。しかしそれを全てかわし、次から次へと右ストレートを決め込む鬼。かと思えば、その次に披露する「鼎の問」が始まるまでの数秒間で、互いに助け合うオーディエンスを見て、柔らかい表情を浮かべるのだ。ずっと立っていられるようにと、足元のオーディエンスは、彼の手を恋人のようにギュッと握り身体を支える。そのせいか否か、どこか嬉しそうな顔で歌う鬼。
ライブ中のTOSHI-LOWは鬼だとか、神だとか、色んな呼ばれ方をされているが……いやいや、あんなにイイ顔をする鬼がいるものか。あの顔は完璧に天使の顔だった。
 

 「鼎の問」を演奏し終えると、ここでやっとTOSHI-LOWは口を開いた。いまや恒例となっている、ライブ終盤の長めのMC。この日もいつものように、切れた息を整えながら、客と恋人繋ぎをして、人の上に立ったままーー。
『現代の交通網の発達はめざましく、(ライブがある)その日に家を出ても開演に間に合うようになった。今日も共働きの家庭の事情により、朝の家事や洗濯をやってから、今ここに立っている。』『バンドマンが家事出来るとか、俺はそういうの超えたから。主夫がツアーやってます!新しい家庭のカタチ!!』と“主夫”は笑顔で言う。オーディエンスも、おぉ〜〜!と感嘆の声と拍手を贈る。何に対してのおぉ〜〜!だったのかは、ライブが終わってから数日経った今も理解出来ていないが、ツアーファイナルも相変わらずキレキレのMCだった。

 しかし さっきまでの明るい顔から一転、真剣な目でTOSHI-LOWは話を続けた。

『このツアーで色んな話をしてきた。九州ではもう“過去”にされた地震の話を。福井ではポンコツ原発の話もしたし、東北では震災が東北で良かっただなんて言ったクソ大臣の話もした。加計学園の話を愛媛ではして、山口では嘘つき最高権力者の話をした。話して嫌われるかなって思ったけど、怒ってる奴らがいっぱいいた。』

『怒り方は人それぞれだよ。声を上げる奴もいるし、後ろの方で静かに怒ってる奴もいる。その日初めて怒りを知った奴もいた。全国をまわって、東京がどれくらい怒ってんのか俺は楽しみにしていた、ツアー戴天ファイナルの今日2017年6月15日朝7時46分。議会制民主主義のルールを破り、数の暴力により共謀罪が成立した。』

『共謀罪が秘密保持法と一緒になったら、理由も無いようなことで牢獄に入れられる、あの治安維持法みたいになる。俺みたいにこんなTシャツを着てる奴は、牢獄に入れられるようになる。でも、ここにいるお前らだけは意思表示が出来るだろ。ライブハウスでも、国会前でも、自分の家でも、ロックでも、パンクでも、レゲエでも。』
 

 TOSHI-LOWの言葉を静かに聞く者。その言葉に賛成の意か反対の意かは分からないが、返事をするようにして声をあげる者。外に出てドリンクを交換しに行く者。涙を拭う者。会場と目の前の背中を見守るような面持ちのKOHKI・MAKOTO・RONZI。そして、まっすぐ前を見据えて言葉を綴るTOSHI-LOW。
どういう姿勢や表情で聞くのが正解なのかは分からないし、もしかしたらそこに正解なんてものは存在しないのかもしれない。ただ、強制を一切しない彼らを前にすると安心出来る。自分の心を丸裸にし、音楽とそこに込められた想いの海に飛び込める、これは事実だ。彼らの音楽は、現実逃避のためにある音楽ではない。テンポが速くて、アレンジのかっこいい曲を聴いて、激しく音を鳴らすステージの4人を見て、「今日のライブは楽しかった!」と言うだけで、今日という日が終わってはいけないような気がした。
 
『スゲェ時代に俺たちは生きちまった、だったら生き延びなきゃなんねぇ。そのために泣き言は言ってらんねぇ。笑ってる場合じゃねぇ。さぁ、俺たちの怒りを喰らえ!!不倶戴天!!!』
 そうTOSHI-LOWが言い放って始まったのは、「不倶戴天」だった。この曲での彼らの姿を見る限り、BRAHMANの怒りは怒りのキャパシティを超えていた。他とは違うから、と目を惹くわけではなく ただ単純に、特別な理由なんて思い浮かばないくらいただただ単純に、彼らの表現は人を惹きつけるのだ。音楽に政治を持ち出すな!、という考えがまるで美徳のように思わされるこの日本において、音楽に政治をからませない方が、もっと簡単に楽しめるのはきっと本人たちが一番に理解しているはずだ。でも、〈反戦〉と胸元に大きく書かれたTOSHI-LOWのTシャツ、そこに嘘などなにひとつ無い。左翼だの過激すぎるだの、色んなことを色んな人に言われるかもしれないが、戦わないために彼らは戦っている。この真っ直ぐさは必ず誰かの心に刺さるはずだ。現に、こうしてたかだか18年しか生きていない小娘なんかにも刺さっている。

 鬼は既にステージに帰ったにもかかわらず、クラウドサーファーが途絶えない空間。そこに放てられた「初期衝動」。ライブが後半戦に突入しているとは思えないオーディエンスの体力に、もはや恐ろしささえ感じた。普段どんな生活を送っているのか…。RONZIからMAKOTOへ、MAKOTOからKOHKIへ、KOHKIからTOSHI-LOWへと繋げられた衝動が会場全体へと伝染する。その衝動は抑まらず、更に興奮を滾るようにして「THE ONLY WAY」が続く。そろそろ終わるのではないか、というオーディエンスのソワソワした気持ちをよそに、TOSHI-LOWがステージに呼んだのは、ILL-BOSSTINO(from:THA BLUE HERB)だった。彼がやって来たということは、もちろん奏でられるのは「ラストダンス」、こちらもやはり“完全版”だ。少し窮屈になったステージ、しかしそこから発せられる熱気は何倍にも膨らむ。
 それはただの怒りの集合体か、沈黙を守り続ける卑怯な人間たちへと下す鉄槌か。『今日は「ありがとう」は言わねぇ、また今度言うよ。だから…だからもう一回、お前らの怒りをくれよ!!』というTOSHI-LOWの叫びから、本日2度目の「不倶戴天」が脳天を一撃する。ここでやっと気付いた。BRAHMANがBRAHMANであるために、BRAHMANにしか鳴らせない音を鳴らして、その場所に“怒り”があっただけ。そしてその先には必ず“赦し”が必ずあるのだ。ロックバンドへの賞賛の意として、メディア媒体がよく使う「革命を起こした」という言葉は使われすぎていて本当は使いたく無いが、多分この音楽は、このバンドは、革命を起こせると思う。
 この日会場に最後に響いたのは、“赦し”の音と言葉。マイクや楽器を投げ捨ててステージを去って行く、4人の背中が大きかった。
 

 約1時間のライブが終わり外に出るも、中々客は帰ろうとせず、ニコニコと嬉しそうな顔を浮かべながら写真を撮っていた。頭上には『マジかよ』『ぜってー行く』という言葉が飛び交う。大勢がカメラを向ける先には、Studio Coastの外看板。そこにあるのは、今まで見たことのない組み合わせの文字の羅列だった。

《BRAHMAN 2018.02.09 NIPPON BUDOKAN》

日本武道館でライブをやるだなんて、そんなことライブ中に全く言っていなかったのに…。『「ありがとう」は今度言う』、TOSHI-LOWが言っていたのは そういう意味だったのか。ライブが終わって、外に出て、そこで初めてライブ開催を知る。どこまで男らしいのか、とんだサプライズだ。
「八面玲瓏」というタイトルを付けられた、BRAHMANの初日本武道館公演。会場を後にし、「八面玲瓏」という言葉の意味をググった。どうやら《どこから見ても透き通っていて、曇りのないさま》《心中にわだかまりがなく、清らかに澄みきっているさま》を意味するらしい。この日のライブの、「不倶戴天」の、向こう側なのだと悟った。
 

 4年前の幕張メッセでのワンマンでは、『こんな2,000円のチケットで回るわけがないだろ!』と回らなかった八角形のセンターステージ。今出回っている情報では、同じく八角形のステージプランらしいが、武道館公演では果たして回るのだろうか…。チケットの価格も無事上がっているし、可能性は0ではないと思うが、回るステージで縦横無尽に暴れるBRAHMANを想像すると、どうしても笑いが込み上げてくる。

では、答え合わせは来年の2月9日に。

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