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今確信を持って宣言する、『見っけ』。

待望のスピッツ16作目のオリジナルアルバムを聴く前に

私が初めてスピッツを聴いたのはまだ小学生の頃。親が持っていた『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』との出逢いから始まった。両親はスピッツ以外にもサザンやユーミンなど色々な邦楽を聴いていたし、その頃と言えばちょうどCDの売り上げがピークだったJ-POP全盛期。なんで小学生の自分がそんな中でスピッツだけを特別好きになったのか、そこに明確な理由があったどうかはもう自分でも分からない。しかし20年経った今でもスピッツの音楽を好きでいる理由はいくつでも挙げられるような気がする。でも一番の理由は、スピッツがずっと私の、というかリスナーの人生に寄り添って新しい音楽を届けてくれているからなのかなと思う。

中学生の頃、ひとり自室のCDコンポで『三日月ロック』を聴いていた自分。当時の自身の恋愛とスピッツの歌詞を重ねてキュンとしていた高校生の自分。「卒論でスピッツの歌詞考察をしよう!」なんて甘く考えていた大学生の自分。初めてスピッツのライブに行って、これ以上好きになんてなれないと思っていたのに、もっとずっとギュンとスピッツを好きになっちゃった社会人になりたての自分。物心ついてからの、私の生きてきた全ての時間を柔らかく包み込んでくれるような、つかず離れずの距離感が心地いい存在。スピッツはいつも私の側にいてくれた。きっと日本中でいろんな人がそうやってスピッツの音楽を携えて人生を歩んできていて、そうやって“なんでもない自分”に寄り添ってくれる音楽を奏でてくれるところがスピッツのいいところだと、私は思っている。

そんなスピッツの16枚目のアルバム『見っけ』が私の手元に届いたのだけど、実はまだ聴けずにいる。今のスピッツの新しい音楽を私が『見っけ』しちゃう前に、自分の考えるスピッツを明文化してみようと思い今こうして想いを綴っている。今作はどんなスピッツになっているのか、ワクワクしながら自由に考える時間が愛しい。きっと私がどんなに考えても、スピッツの音楽はその期待値を超えてくる。そんな安心感の元、まだアルバムを聴いていない真っ新な状態の今、『見っけ』というこのアルバムが、スピッツの32年の歴史の中でどんな立ち位置にあるのか勝手に考えてみることにした。32年全てを振り返るのは難しいので、直近の10年くらいについて私が感じてきたことをつらつらと。

9年前、2010年発売のアルバム『とげまる』まで遡る。個人的に本作のタイトルはそれまでのスピッツのオリジナルアルバムの中で一番コンセプチュアルであると感じた。収録曲の雰囲気や自分たちの状態からきっとこういう造語になったんだと思うけど、初めて聴くその言葉はとてもスピッツらしい。そもそもバンド名の由来が犬のスピッツで、理由は「弱いくせによく吠える」ところだと言うだけあって、とげとげしてるけどまあるい、まあるいけど棘がある、そういう物事の両面に着目しているところがいかにも天邪鬼な草野さんらしいなと思う。スピッツの曲を聴いていると、泣きたくなるようなバラードにも過激な歌詞が入っていたり、低音が身体を揺らすようなロックナンバーにも優しさを感じたりすることがある。『とげまる』という言葉がスピッツの存在を、スピッツの音楽そのものを表しているかのようだと感じた。

その3年後の2013年にリリースされたアルバムのタイトルは『小さな生き物』。同タイトルの収録曲を聴くと、それは誰もが小さな生き物であるということへの自覚と、そのままの自分でも進んでいかなくてはいけないし、自分の足で進んでいける、という覚悟のメッセージだと感じた。『とげまる』発表から『小さな生き物』リリースまでの間に、私たちは東日本大震災を経験した。この時のことを私自身まだ消化しきれていないので言葉にするのが難しいのだけど、とにかく災害の前で人は無力だった。多くの命が失われ、多くのものを失った。それでも生き残った人たちは前を向き、前に進まなければいけなかった。音楽が災害から人の命を救うことはできないという絶望と、それでも必死に生きている誰かにとって音楽が一日一日を生きていくための力になるという希望。そのどちらの現実も受け止めて、スピッツがスピッツとして生きていく、音楽を続けていくことを決意をしたアルバムだと私は思っていて、このアルバムを聴くとどうしても色々な想いが溢れてくる。

3年前にリリースされた前作のアルバムタイトルは『醒めない』だった。その四文字を見た時、私は大きな安心感を抱いた。約30年も前に、ただただ「ロックが好き」で「バンドやりたい」という気持ちを持って集まった若かりし頃の4人が、売れない時代を乗り越え、望まぬアルバムのリリースをも経て音楽を続けてきて、すっかりおじさんと呼べる年齢になった今もなお『醒めない』と宣言できるのはすごいことだし、ファンからすればこれ以上有難いことはない。『小さな生き物』の自覚と覚悟から前進しているのだけどそれだけではなく、スピッツとしての、今までの全ての時間と音楽を肯定しているような、そんなタイトルだと思った。ずっと寄り添ってくれていた音楽をこれからも聴き続けられる、まだまだスピッツはこれからも新しい音楽を生み出してくれるという喜びが、しみじみと広がるようなアルバムである。

そして今回の『見っけ』。感じたのは「あのスピッツが、『見っけ』って宣言するんだ」という衝撃。スピッツって、ずっと“探している”感じがあって(”今煙の中で溶け合いながら 探し続ける 愛のことば”/愛のことば)(”愛はコンビニでも買えるけれど もう少し探そうよ”/運命の人)、旅に出るって言いながら旅に出ない感じがあって(”旅人になるなら今なんだ いかつい勇気が粉々になる前に”/旅人)(”僕はきっと旅に出る 今はまだ難しいけど”/僕はきっと旅に出る)、そんな彼らが今掲げる言葉が『見っけ』。32年という長い時間、4人で音楽を作り演奏し続けてきた彼らが見つけたのはきっと、今この4人で鳴らしたい音とか、スピッツとしての音楽の在り方とか、スピッツのこのパートを演奏できるのは自分だけだという自信とか、そういう色々なものだと思うんだけど、とにかく今『見っけ』と言いたい、言える、言おう、と彼らは確かに感じたわけで。きっと、”探し続ける”姿も、”旅に出る”って言い続ける姿も、そんなところも含めてまるっとスピッツだから。悩んだり立ち止まったりしても別にいいから、見つけられるから、と私たちを勇気づけてくれるような。『醒めない』というアルバムを経てスピッツが”見つけたよ”って自然に打ち出せるようになったということは、彼ら自身の中でスピッツという存在が確立されたのかなっていう気がする。

だからそんな今のスピッツを聴けるのがすごく楽しみ。『見っけ』はきっと今まで通りのスピッツで、でも間違いなくパワーアップしてて面白いことをやってみているんだろうなって、アルバムを聴く前から確信している。好きなアーティストの作る音楽や活動を信じることができるというのは幸せなことだし、私がそう感じられるのは、4人がこれまでのスピッツとしてやってきた32年という時間があって、CDが売れずにもうやめちゃおうかと思った時もスピッツで居続けてくれたからで、とにかくこのアルバムリリース、そしてこれからまた全国ツアーが待っているという事実は、有難いと言う他ない。

ある程度スピッツのインタビューなど読んではいるけど、これはスピッツが「このタイトルにはこういう背景がある」とはっきり語っているのではなく私が勝手にこう思い感じた、というもので、また私自身も全てのインタビューをちゃんと読んで頭に入れているというわけでもないので、全て個人の見解だと思っていただきたい。私はひとり勝手にスピッツを信じて生きてきていて、もう人生の半分以上はスピッツに優しく包んでもらって(時にはライブで跳ね回って)生きてきているから、これからも一秒でも長くそんな時間を過ごせるといいなと思う。そうやって日々ちょっと前を向かせてくれる、スピッツがいる時代を生きることができて本当によかった。そんな私たちの気持ちも、スピッツは『見っけ』てくれますか。

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