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「絶対にハマってはいけない沼24時」ことKing Gnu

「光」と「影」を行き来しながらその挟間で「人間」を叫ぶ男達

 
 
 
「ダメだけどイイ男」に女は惹かれてしまう。
 
 
 

ジェンダーフリーやLGBTという単語が浸透し、もはや誰が男で誰が女だとラベリングすることすら野暮になってきているこの世の中で、「女は」や「男は」という表現をすること自体が究極の野暮なのかもしれない。それでも主張したい。「ダメだけどイイ男」に女は惹かれてしまう。いや、男も惹かれてしまう。
 

私自身は、決して恋愛経験が多いとは言えない。そんな私の恋愛経験値を補填してくれるのは、周りの友人達の経験談だ。学生時代、どうしても「ダメだけどイイ男しか好きになれない」友人がいた。彼女はその「ダメだけどイイ男」について熱く語ってくれた。趣味は酒、タバコ、ゲーム、ギャンブル、借金、夜遊び、女遊び。無精髭を生やし、髪はボサボサ。ルーズなトップスとルーズなボトムスにクロックスが基本武装。バイトはピザの宅配。バイトで稼いだお金どころか親の仕送りも全て万単位でソシャゲに課金。朝から晩までタバコをふかしピザを食べながらゲーム。一人暮らしのワンルームにはなぜかスロット台が3台。夜が深まるとケージから静かに脱走するハムスターのように誰にもバレぬよう静かに家から脱走し遊びに出る。大学入学時に親が買ってくれたスポーツカーを爆音でふかしながら。静かなんだか静かじゃないんだかわかったもんじゃない。そもそも朝も昼も夜もあったもんじゃない。大学の授業なんて行ってるんだか行ってないんだか、そもそも大学に籍があるんだかないんだかわかったもんじゃない。
 

しかし、そんな男は「必修科目は絶対に落とさない」のだという。
 

たまに前触れもなく突然髭をきれいに剃り、髪の毛を完璧にセットし、そんなものクローゼットのどこに隠し持っていたのかというくらい爽やかなビジネスカジュアルを装うシャツにタイトなボトムスを纏い磨き上げた革靴を履いて朝早くに家を出て行くことがあるのだと言う。
 

そう、必修科目のテストの日だ。
 

何せ彼は頭が良かった。もちろん、学力的な頭も良かったのだが「出すべき所と抜くべき所」を完璧に把握しているのだ。そして頭が良いだけではなく運動もできた。普段、家でタバコをふかし寝たきりでゲームをしているだけだから運動なんかできるはずがないと思いきや、ひとたびバレーボールを持たせれば蝶のように舞い蜂のように刺し観る人々を魅了した。ラウンドワンに行けば、ボウリング、バッテング、ゴルフ、サッカー、バスケ、テニス、卓球、なんでも完璧にこなした。唯一、カラオケだけは下手だった。面白いくらいに音痴だった。基本的に一人で家に引きこもってゲームをしていて一日誰とも会話を交わさない日もあるのに、ひとたび先輩の前に出ると男の先輩の前では絶妙なヨイショを見せ共通の趣味をアピールし遊びの約束を取り付けたかと思えばバレーの試合ではその完璧で緻密で計算されたプレーを遺憾なく見せつけては絶大な信頼を得ていた。女の先輩の前ではやたら低い声で面白いことを喋ってその話術を遺憾なく発揮してはたまに可愛らしく甘えてみたりして先輩達の心を鷲掴みにしとにかく可愛がられていた。後輩にももちろん男女問わず慕われていた。バイト先のおばちゃんにも好かれていた。同級生のお父さんお母さんにも好かれていた。マンションの管理人のおじいちゃんにも好かれていた。とにかく老若男女に「モテる」人だった。そして家に帰るとまた一人で寝たきりでゲームを始める。タバコをふかしピザを食べながら。
 

これぞ、「ヤクザが猫を拾っていたらものすごく良い人に見える理論」であり「の〇太くんのようなダメ男にしず〇ちゃんのようなイイ女が惹かれてしまう理論」である。彼の周りにはなぜかこぞって「イイ女」が集まった。ギャップの濫用だ。ズルい。ズルすぎる。
 

そんな彼はそのまま「光」と「影」を行き来しつつ学生生活を過ごした。
結果、彼は立派な公務員になった。
彼を知る周りの人たちは全員口を揃えて言った。
「なぜ、こんなだらしない奴が公務員になれるのか。」と。
 

答えは簡単だ。
彼は「光」と「影」を知り、その間を簡単に行き来することができる。
それこそが「ダメだけどイイ男」の構成要件。
ただ、それだけの話なのだ。
 
 

King Gnuの「白日」という曲の存在は随分前から知っていた。
 
 

「白日」という曲が世の中でそれなりに話題になっていることも知っていた。ただ、2019年度全日本天邪鬼選手権ベスト8の成績を誇る私のこじれた考えはこうだ。「流行っているからあえて聴かない」。流行っているということは世の中の大多数の人間たちが「良い」と思っているということだ。そんなマジョリティな音楽に自ら触れてたまるか。私は《まちがいさがしの間違いの方に生まれてきた》人間なのだ。自称・マイノリティ日本代表選手の一員なのだ。そう簡単にマジョリティに染まってたまるか。と言いつつも私が人生において一番心奪われてしまったアーティストは国民的アーティストとして名高く老若男女がその名を知りその名を呼ぶだけで泣く子も黙るMr.Childrenだということはもはやネタとして捉えていただければそれでいい。基本的にテレビを見ないしYouTubeもあまり見ないので、奇跡的にも「白日」には一切耳も目も触れることなく数ヶ月過ごした。
 

そんな私の誓いは2019年10月10日にあっさりと破られた。
 

私が絶大な信頼を置いているTwitterのフォロワーさんが「ついに白日を聴いた」とツイートしたのだ。「この曲に出てくる人もしくは人格は一体どんな過ちを犯してしまったのか気になってしまう」という感想を添えて。
 

人間とは単純なものだ。きっかけさえあれば、あれだけ頑なに拒んでいた音楽にも簡単に手を出す。「白日」と聞いて勝手に「どこかからお日様の光が燦々と射しているような曲」だと思い込んでいた。なんだなんだ、罪を犯した人の曲なのか。そういうのは嫌いじゃない。「白日」という曲名を初めて聴いた日から何ヶ月が経っただろうか。きっと半年以上経っている。やっと「白日」を聴ける日が来た。物事にいちいち「理由」や「きっかけ」を求める時点で私が非常に面倒な女であることを察してほしい。
 

YouTubeの検索窓に意気揚々と「白日」と打ち込み、サムネイル画像を指でタップする。
 

出てきたのはヒゲ面の男。それくらいはこの数ヶ月ひたすら「白日」をかわしていた私でも知っている。このヒゲ面の人が、ものすごい変人で、でもその見た目と変人っぷりを全て裏切った美声をかましてくるという予備知識を持っている。無敵だ。無敵の予備知識だ。これだけ知っていれば何も恐れることはない。きっとその「美声」を聴いたところで驚くこともない。さあ、どこからでも来い。どこからでもかかってこい。
 

《時には》
 

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(以下略)
 

第一声のたった4文字を聴いた時点で私の脳内は全て「えーーー」で支配された。「予備知識」という名の盾はあっさりとどこかへ吹き飛ばされた。脳内に鳴り響く「えーーー」という衝撃。ちょっと待て。この声は本当にこの人から出ているのか。「美声」という2文字で形容してしまうには恐れ多いような歌声だ。ジェンダーレスが叫ばれる今の世の中に相応しいとも言える中性的な声。度肝を抜かれた。そもそもMVだし、もしかしたらこのヒゲ面の人はただの俳優で、本物のボーカルの姿はこれではないのではないか。なんだ。一体何が本物でどれが本物なんだ。脳内が掻き乱される。そんな、10tのハンマーで後頭部を殴られたような衝撃を受け続けながら曲は進んでいく。
 

《今の僕には 何ができるの?》
 

誰ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(以下略)
 

もはやこの時何の予備知識も持たない丸裸で丸腰の私に襲い掛かってきた衝撃というのはもはや数字では表すことができない。誰だ。誰なんだこれは。まさか、ボーカルが2人いるのか。誰だ。誰なんだこのさっき歌っていた人とはまた違う系統のヒゲ面の男は。声も低い。あちらが中性的ならこちらは完全に男。雄々しい。いや、もう誰なんだ。これは誰だ。この声もこの人から出ているのか。この人も俳優か何かで、本物のボーカルは別の姿なのか。何なんだ。一体何なんだ。
 

ドカン!バコン!ガツン!ガコン!バキン!と必死に後頭部に衝撃を受け続けありとあらゆる言葉を私の脳内から追い出しながらあっという間にMVは終わった。ただ一言、私の脳内に残った言葉。
 
 

「これは、ダメだけどイイ男だ」
 
 

声が、言葉が、メロディが、「光」と「影」を行き来する。
光を「白」、影を「黒」とするならばこのツインボーカルを成す男達はまさに「グレー」だ。
ライトグレーか、チャコールグレーか。
薄いグレーか、濃いグレーか。
まずい、非常にまずい。
「光」と「影」を自由自在に行き来することができる「グレー」な男は、「ダメだけどイイ男」だ。
 
 

この沼にハマってしまったら二度と這い出ることができない、と本能が叫んでいる。
 
 

《時には誰かを 知らず知らずのうちに
 傷つけてしまったり
 失ったりして初めて
 犯した罪を知る》

《戻れないよ、昔のようには
 煌めいて見えたとしても
 明日へと歩き出さなきゃ
 雪が降り頻ろうとも》
 
 

「誰かを傷つけたこと」
「誰かを失ったこと」
を「黒」と形容し、

「煌めいていた昔の日々」
「まだ見ぬ明日」
を「白」と形容する。
 

「白日」を聴いていると、本質的な「グレー」という部分は似ているがそれ以外の何もかもが違い対極を成すツインボーカルが、それぞれ「白」と「黒」を行き来して織り成すマーブル模様が序盤は脳裏に浮かぶ。しかし、終盤に向かうにつれその「黒」が薄くなり消えていくのを感じる。
 

《真っ白に全てさよなら
 降りしきる雪よ
 全てを包み込んでくれ
 今日だけは
 全てを隠してくれ》
 

ここに出てくる人物は《取り返しのつかない過ち》を抱えているのだろうが、それはきっと大袈裟なことでも大層なことでもなんでもない。意外とこの世の中に生きる大多数の人間が実はそれに該当するのではないかと思わされる。もちろん私もその中の一人だ。だから、この曲は世の中の大多数に刺さったのではないか。
 

「白日」という言葉の意味は【明るく輝く太陽】【昼間】【やましいことのないたとえ】だという。「影」は「光」があるから存在し得る。その物体に当たる光が白ければ白いほど、影は黒さを増す。今、どれだけ白い光に照らされていようとも、過去の「黒」は消えることはないし、むしろその「黒」は増す一方なのだろう。そうして増していくコントラストのようなものにどうしても自分の心が耐え難かったのではないか。だから《降りしきる雪よ 今だけはこの心を凍らせてくれ》と、凍ってしまい何も感じられない「不感の心」を求めたのではないか。雪の上にも影は映る。しかし、雪はあくまで水が凍った一粒一粒である。それを一粒一粒が凍ってしまった水面だと捉えればそこに映る「影」はあくまで「虚像」にすぎない。雪が降り積もれば地面は隠れる。雪が降り積もることで自分の本当の「影」は隠れるのではないか。だから、「雪」という「白」に《包み込んで》ほしい、「雪」という「白」で全てを《隠して》ほしいと願うしかなかったのだろうと思える。
 

「白」と「黒」で織り成されていたマーブル模様が、「白」と「白」で織り成され一瞬だけ完全に「白」になる。
 

「雪」は必ずいつか解ける。そう知っているからこそ、一瞬でもいいから「影」を《包み込んで》《隠して》しまって欲しいと願った。決して「消して」ほしいとは言っていない。ただ今だけ《包み込んで》《隠して》ほしいと求める。人生においてどうしようもない何かに縛られ進めなくなってしまう時、一時的なものであっても、ほんの一瞬であっても、その何かを《隠して》くれるだけで進むことができる。そんな場面が、人生にはあるのだ。
 

消えない「影」を認め受け入れながらも進まなくてはならない、「白」か「黒」かで割り切ることもできない、誰もが抱えるそんな人生の現実的な部分、人間として生きる道のやるせなさを描いた曲だと私は思った。
 

そんな、ツインボーカルのどちらも、いや片方は一時だとしても、籍を置いていた大学の名に相応しく、完璧なまでに「芸術」的に織り成された白と黒のモノクロの世界を抜け出して私はそのサムネイル画像の下に転がっていたラジオの録音ブースであろう別のサムネイル画像を指でタップした。
 
 

ああ、ズルい。やはりこの人たちは「ダメだけどイイ男」だ。
 
 

そして私は震える手でWikipediaを開いた。見た目的に自分とは同世代だとは思う。でも、もしかして。そのもしかしてだった。そう、ついに全員年下だった。ついに出てきてしまった。こんなアーティストが。こんなにズルい男たちは全員年下だった。今までは、自分より年上のアーティストにひたすら憧れ魅了される日々だった。でももうそんな日々は終わったのだ。完敗だ。認めざるを得ない。こんなことで、自分ももうそれなりに年齢を重ねていることを実感させられる。
 

友人は言っていた。「この男とは終わってしまったが、仮にこの男がうちの両親に結婚の挨拶をしに来る時は完璧な服装と見た目と言葉遣いと態度で完璧な挨拶をやってのけるだろうし、その後の私の家との親戚付き合い等も完璧に卒なくこなしてみせ私の親族や友人達全員に圧倒的支持を得るのだと思う。」と。King Gnuの曲を聴きながら、なんとなくこの男のことを思い出す。彼らと似ている。唯一違う所とすれば、この男は面白いほど音痴だったという所だろう。
 

28歳になり、自分も周りの友人達も家庭を築きはじめるお年頃になりなんとなく気づき始めた。大事なのは顔や服装などの表層的なことではない。出すべき所は出し、抜くべき所は抜くことのできる男。家ではだらしなくても、仕事や人付き合いでとことん力を発揮する男。「出し所」と「抜き所」を知り、「光」と「影」を行き来することができる「グレー」な男こそが「イイ男」なのではないか。
 
 

この沼にハマってしまったら二度と這い出ることができない、と本能が叫んでいる。
 
 

私が初めて「白日」を聴いたのは奇しくも2019年10月10日だった。
その翌日の2019年10月11日に何があったか。
熱心なヌーの群れの一員の方ならお分かりだろう。
 
 

《さよなら ハイになったふりしたって
 心模様は 土砂降りだよ
 傘も持たずにどこへ行くの?》
 
 

そう、今日も私は傘も持たず彼らの音楽でずぶ濡れになっている。
 
 

そしてきっとまたいつの日か「ダメだけどイイ男たち」は
ずぶ濡れの私にいい匂いのするふかふかのバスタオルを差し出してくるのだろう。
 
 
 

ズルい。
 
 
 
 
 

※【】内の出典は三省堂「大辞林 第三版」
※《》内の歌詞は菅田将暉「まちがいさがし」
        King Gnu「白日」「傘」より引用

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