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彼らに贈る “盲点の窓”

解散するスピカペラへのエール

今なら冷静に書けるだろうか…。
私にとってかけがえのないユニットの解散発表から3週間が経った。

彼らとの出会いは2016年11月、札幌クラップスホールで行われた “ジョハリの窓”というワンマンライブ。
私はあるギタリストのファンであり、彼がサポートで出演するため、このライブに足を運んだのであった。
そこで出会ったのが、ギター&ボーカルを務める秋田谷陸とピアノ&ボーカルのモエコ、2人からなる “スピカペラ” というユニット。
男性と女性のユニットだというのに、区別がつかないほど2人の歌声がよく似ていたことが印象に残った。

しかし、正直言うとその頃の私はギタリストに夢中で、その他については曖昧にしか覚えていない。
ただその日のライブには、ずば抜けて魅力的な曲が2曲あった。
『アンサー』と『陽陰』。
他の印象はほとんどないにも関わらず、この2曲には一目惚れならぬ “ひと聴き惚れ” をしてしまった。

帰りにその2曲の入ったCDを買おうと思ったが、『アンサー』は『ジョハリの窓〜開放〜』というアルバムに、『陽陰』は『ジョハリの窓〜秘密〜』というアルバムに入っていた。
1曲ずつのために7曲入りのアルバムを2枚買う……。
かなり迷った。
しかし、ひと聴き惚れのインパクトは大きく、結局2枚とも購入。
物販ブースに出てきていた本人たちにサインもいただき、「陽陰、いい曲ですね」なんて声をかけた。

その後、家に帰ってアルバム全てをiPhoneに落としたものの、オタク気質な性格もあり、その2曲だけが再生回数を伸ばしていった。
 

翌年、再びスピカペラがツアーで札幌に帰ってきた。
場所は前回と同じクラップスホール。
時期も前回と同じ11月。
しかし、彼らの奏でる音と歌は、全く違っていた。
ど素人の私が言うのはおこがましいが、明らかにライブパフォーマンスが上がっていた。

ライブ全体の流れ、2人の声が重なった時の心地よさ、歌に込められた想い。
前年とは比べものにならないくらい、ひしひしと、そしてずっしりと心に沁みてきた。
私の大好きなポップスの音色。
それを聴いているうちに、ステージを直視出来ないくらい、自然と涙が溢れてきた。
この年のツアータイトルは “LIFE〜笑える場所 泣いていい場所〜” 。
『なんで私は泣いてるんだろう…』と動揺しつつも、その空間は私にとって、まさに “泣いていい場所” だった。

帰りにはまた物販に立ち寄った。
前年と同じく、スピカペラ本人たちがCDやグッズにサインを入れながら、ファンと話をしていた。
私もその列に並んだのだが、本人たちを目の前にした瞬間、頭が真っ白になった。
上手く言葉が出てこない。
去年は何も意識せずにすんなり言えたはずの「いい曲ですね」の一言すらもしどろもどろ。

そう。
私はあの2曲だけでなく、この2人に完全に惚れてしまったのだ。

それから、iPhoneの中で眠っていた楽曲たちを再生してみた。
1曲ではなく、『ジョハリの窓〜開放〜』と『ジョハリの窓〜秘密〜』というアルバムとして、ようやくちゃんと再生した。

ちなみに、“ジョハリの窓” というのは心理学用語らしい。
対人関係における気づきを4つに区分したもので、アルバムタイトルにもなっている “開放の窓” は、自分にも他人にもわかっている公開された自己、“秘密の窓” は自分にはわかっているが他人には知られていない隠された自己。

“開放” のCDには、ロックテイストで、“自分をもっと愛してやれ” と呼びかける『アンサー』を始めとし、他の楽曲からも、励ましたい、応援したいという前向きな気持ちが感じられる。
これが “開放” に入っているということは、元々みんなの知っているスピカペラはこういう色の曲が多かったのであろう。

それに対し、“こっち見ないでよ” と刺々しい言葉で憎しみや自己嫌悪を歌う『陽陰』の他、 “秘密” のCDにはどストレートに怒りや虚無感など、隠しておきたくなるような感情が溢れていた。
これは他人の知らなかったスピカペラ。

これらはどちらも魅力的だった。
キャッチーで耳馴染みの良い “開放” のほうが、始めの頃は聴きやすかった。
しかし、 “秘密” は「持っていてはいけない」「人に晒してはいけない」と思われるネガティブな感情を赤裸々に吐き出してくれていることで、この人たちも自分たちと同じ人間なんだと思わせてくれた。
“秘密” の存在により、 “開放” の説得力がグッと上がった。
明るい曲もただ明るいのではない。
明日からまた頑張れる歌を僕が創るから!という彼らも、痛みや苦しみがある中で歌っている。
聴けば聴くほど、どの曲からも彼らの根底にある思いやりが感じられ、気がつけばあの日あれだけ買うのを躊躇った2枚のアルバムは、iPhoneの再生回数トップ10を埋め尽くして行った。
 

これからも彼らの生み出す音楽を聴いて行きたい、もっともっと追いかけて行きたい。
次のライブを心から楽しみにしていた2019年9月25日。
スピカペラの今年いっぱいでの解散が発表になった。
 

血の気が引くほどのショックの中、真っ先に浮かんだのは、後悔だった。
彼らの音楽がこんなに好きなのに、どうして今までちゃんと伝えて来なかったのだろう…と。
 

アルバムタイトルにはなっていないが、心理学用語のジョハリの窓にはあと2つ “盲点” と “未知” がある。
“盲点の窓” とは、自分は気づいていないものの、他人からは見られている自己。
スピカペラのジョハリの窓を完成させるなら、これは彼らではなく、曲を受け取った側が埋めるべき項目だ。
それが、この音楽文を書こうと思った動機である。
 

私は、スピカペラの曲たちにもっと早く出会いたかった。
数年とかではなく、もっともっと幼い頃に、彼らの曲に寄り添ってほしかった。
いじめに遭い、友達なんて1人もいなかったあの頃の自分に聴かせたかった。
それは、応援ソングだけではない。
秘密にしておきたい感情も、たくさん歌ってほしかった。

大人になるまでの間に、表に出さないように、出さないようにと生きて来たら、誰にも言えなくなってしまった感情。
そのネガティブな「人には決して言ってはいけない」と自分に言い聞かせてきた感情が、全て見透かされているかのごとく歌になっているのを聴いた時。
私は、人生の理解者がこんなところに現れた…とさえ思ったこと。

彼らの歌を口ずさんだ時。
ずっと抱えてきた重荷から開放されたように思ったこと。

それを彼らはきっと知らない。
だから、それが私の思うスピカペラの “盲点の窓” 。
 

残りの1つである “未知の窓” 。
それは、自分も他人も気づいていない、まだ知られていない自己のこと。
スピカペラの “未知の窓” 。
それは、「解散」というタイムリミットを背負った彼らが、残された時間の中できっと精一杯奏でてくれる。
私も、彼らもまだ知らないスピカペラは、一体どんな世界を見せてくれるのだろうか。

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