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「道徳の果実」を味わって

Mrs. GREEN APPLEの “Attitude ”、17曲を受け取って思うこと

アーティストがその人たちのすべてでもって生みだして、世に送り届けてくれたものに対して〈お返し〉という表現はおこがましいけれど何か同じ熱量でお返しができないものだろうか?
何処かには届いただろう。
ではなく、せめて“此処に”届いたんだという証明になればいい。
アーティストが見えるのはおもに数字と、自分が投げ入れたものに対してどれだけの波が起きるか=反響だけ。
ただの波なんかじゃなく、一人の人間としてカタチある声を伝える場所があるのなら書きたいと思った。自分の文章でなにが伝えられるか考えると、恐ろしいし
リリースして良かった。と安心してもらえたらなんてほんとうに、おこがましいのだけれど。

10月2日リリース、Mrs. GREEN APPLEにとって4枚目のフルアルバム『Attitude』。【姿勢・心構え】などと訳すことができ、彼らの音楽の初心にして最新のやりたいことを詰め込んだものになっている。 …というような認識で配信開始日の10月1日にこの文章を書き始めた。
聴けばきくほど、見えるものやたどり着く感情、気付きがあるとは思うが、はじめて聴いた瞬間の衝撃や頭の中に広がっていく色合いはとても貴重で大切だと思っている。昨年の3rdアルバム『ENSEMBLE』は先行試聴イベントがあり、まさに一度きりのその瞬間に、メンバーが立ち会ってくれていた。
SNSは便利なもので、ある種伝えることは簡単だった。
今はそれがないからこそ140字刻みのひとり言や、家に置きざりのノートの中ではなくきちんと遺したいという気持ちがある。
わたしが出来る最大限の表現でMrs. GREEN APPLEに愛をこめて。
さて、はじめようか。
 

1. InsPirATioN  →  2. Attitude
タイプライターを打つような音が聞こえて、少しずついろんな音が噛み合い、音の世界がひろがっていく。この音の世界はきっと、Mrs. GREEN APPLEが持つ音楽の引き出しだ。アルバムが自己紹介をするように、これから聞くことになる曲たちが顔を覗かせているように。背後にはふと伸びをする声なんかが混じる。
「ふー。」と吐き出した息を吸い込んで、歌いだすは『Attitude』。
 *
The ROOM TOURを 【曲の追体験】 と表現していたことを思い出せば、これは作詞作曲を務める大森元貴さんの制作のようすをそのまま音にしてしまった、不思議でかわいらしいナンバーだ。曲のイメージと詞がほぼ同時に湧きあがっていく頭のなかってこんな感じなのかな。
朝、布団から起き上がって、カーテンを開けそして息を吸い込む。その音を曲間の一呼吸として封じこめた、1stアルバムの『InTerLuDe 〜白い朝〜』と重ねた人も多いのではないだろうか。音のみで生を映しだすという部分では似ているのだけど、実際に布団にもぐって録音した前作と、音という素材で感覚(ひいては頭のなか)を描きだそうとする今作は録りたいものが違っている、というふうにも思う。だからといってどちらが優れているとかではないんだ。過去も現在も、音楽という同じテーブルにあるものだから。とにかく一瞬で笑みがこぼれてしまう、Attitude の素敵なイントロだ。

アルバムのなかにAttitudeという曲があることを知らずに再生した2曲目。凛とした旋律。
––––––これって、元貴くんがずっと曲のなかで歌ってきて、曲に願っていることだ。
気が付いたと同時、ついにこんなにハッキリと言わせてしまった。 とも感じた。人の生き方や世の流れを目にしながら自分が何を思って生きていて、思っていても伝わらないことの一切を、どんなふうに曲に書くのか。何がつらくて、希望を抱ける様な世界を創造するのか。心をくすぐるギターの音や鼓膜を揺らす美しい響きには、苦悩もかなしみも見つかりはしない。 でもこの歌は書くことも、歌うことも、おそろしく勇気のいることだったんじゃないのかな。『Attitude』と名付けてこの場所に置いたのも、ものすごい覚悟だと思う。背水の陣。この曲を聴いても何も感じない人が果たしているのか?

Mrs. GREEN APPLEの曲を聴きにくる人たちに、
さまざまな感想を投げつけてくるわたしたちに、そっと言葉を返すように歌う。僕にとって音楽とはねー…
《この世は弱い人ばっか居ます。》
人は忘れがちだ。人は人ということも、人は“みな”弱さを持っているということも。
喜怒哀楽を失くすことができないように、弱さは隠すことは出来ても無くすことができない。それなのに私たちは、怒りや憎しみやねたみや絶望に負ける人間を嫌う。負ける自分を嫌う。
「わたしはかなしかった。」口でなんと言おうと、どんな感情にすり替えようと、本当はただそれだけなんだろうなと思う事が沢山ある。
弱いだけだ、みんな。
他人か自分を傷つけることでしか痛みを無くせない。
怒りっぽい彼も、つらいのに笑ってばかりの彼女も、世間から袋叩きのあの人も。
人は忘れがち–––––だけどもし、この曲を聞いただれかが人と対峙した時にそのことを忘れなかったら。錆びつきそうな心に気付いてくれたなら。人間はもう少し優しい生き物になれるのかな。わたしは忘れずにいたい、人間のあたたかい側面を。憎むだけのエネルギーを愛という形で他人(ヒト)に向けられるということを。
《この世は腐ってなんかは居ない。 どうかそんな歌を歌わせてよ  ずっと》
貴方に音楽があって、声があって、届けることを諦めないでいてくれてよかった。しあわせなことにわたしは今日も明日も、貴方と同じ世界を生きていく。
100理解し合えない事実にも、唐突に終わるかなしみにも、やりきれない日々にも、目を瞑らずに生きていくと誓う。信じられるものが亡くならないように、独りぼっちにならないように願いながら。

3. インフェルノ
自己紹介直後の一曲目『インフェルノ』は単なる炎ではなく地獄の業火をあらわす言葉で、決して生ぬるくはない日々のなかを必死に歩きながら、ふと思い出す温かさが人間らしい。
あれほど燃え盛り、人にぬくもりを与えるそれも消える時は一瞬の儚さ。この曲が疾走感あふれる音をしているのはきっと、アニメのオープニングだからというだけではないんだろう。
《永遠は無いんだと 無いんだと云フ》
だれかの時間も自分の時間も有限だという焦燥感がそのまま表現になり、駆け抜けていく。

4. CHEERS
POPな音に、弾むリズム、声はひとつ。賑やかな音に対して声は、どこか静けさのなか歌っているようにまっすぐ頭のなかで響いて。ただの明るく楽しい曲には聞こえなくて、最初は〈一人部屋で踊っている〉という想像で聴いていた曲。それはたぶん、聴く人を置いていかないハッピーだったから。日常のなかに溶け込む、そんな優しさを感じたから。
12時間後に公開されたMVは、メンバー5人の関係性をそのままうつしだした映像がほんとうに素敵で、はじめに一人だと思って聞いていた分、たまらなく温かいと思った。生きることを過酷なものと表現したあとでやるせない日の友達の威力がとてつもないことを教えてくれる、そんな歌。

5. Viking
弦が美しい。
どこかの民族音楽を思わせる楽器で、どこの国の言葉かわからないようなフレーズで。
既に知っていて、もう何度メロディーを口ずさんだか分からない。そんな曲が単なる航海ではなくもっと別のテーマを唄っていたと知っていま、衝撃を受けている。
この曲のおもしろさは日本語なのにまるで異国の言葉に聞こえるところで、音源化のまえに特徴的なフレーズを何度か聞いているうちにふとこの歌のからくりに気付いた。斬新すぎるこの曲の秘密はそれだけだと思っていたのに。
MUSICA10月号のインタビューの中に、「日本語は日常会話は便利なんだけど、歌詞になった時にとても余白がなくなる言語だと思っている」 という話があって、
Mrs. GREEN APPLEの曲を聴く以前の自分が好きなうたの歌詞を文字で知りたくなかった理由と関係がありそうだなと思った。JPOPの人気曲を聴かないわけではないけどはまりきらなかったのも多分、近いイメージがあったからだと思う。過去も未来も陸に残した海賊船が声高らかに、同志をのせて海をすべる。そんな情景の曲に、明解に拾われ過ぎる言葉の連なりはきっと似合わない。
 *
久しぶりに聴いたそれは記憶の中よりもずっと深いところで鳴り、低いメロディーをなぞった。不思議な響きの歌詞は音を違わずそのままで、海の上をゆらゆら行くリズムが心地よい。
言葉の秘密に気付いた時、やはり一筋縄なアプローチをしない人だと思ったらものすごく鳥肌が立って、リリースを楽しみに待つ理由の一つになった。ただそれは結局、曲の入り口を知ったに過ぎなかったということになる。この航海の下にあるのは人の関係を飲み込む時の流れ、そして縁という言葉やタイミングのみで必要な人/必要ない人をかんたんに仕分け、サヨナラできてしまうことの無情さ。彼らの歌にはかならず大きな愛も、寂しい愛もあるけどこの人の人間を見つめる目や胸の寂しさを何かにたとえながら表現する言葉が好きだ。好きって書いて伝わるかな。あまりに簡単で相応しくないかな。

6. ProPose
リリースされる音楽と、その時その時にできたなにになる予定もない音楽と。
私たちがそばに置いて繰り返し聴ける音楽だけじゃなく、そんな音楽があってもいいとわたしは思っていてこれはきっとそうなるのだと思っていた。
ゼンジン未到とプロテストで未発表曲として演奏された時にはじめて、完成していたことを知った。曲を導くピアノの前奏が色濃くて、ライブで聴いたときの記憶はとても鮮明だ。
やっぱり、“そんな音楽”すらも手にすることが出来ているのはうれしい。
そして革命。打ち込みとか、生音とか、曲作りのことは全くわからないわたしでもこの曲の音楽としてのおもしろさを知ることができる譜面。ここをよく聴いてごらん。と言われているみたいだ。アイデアの幅広さにワクワクしてしまう。ふと隙間を感じる曲だとは思っていたけど、メロディーラインばかりを追って聴いてしまうクセがついているから、放っておかれていたら絶対に知れなかった。すごく嬉しい。

7. 僕のこと
人生には、勝敗を突きつけられる瞬間が数え切れないほどあって そりゃあ勝てるものなら勝ちたいし
負ける人がいなければ幸せ? とも思うけども一つ言えることはその勝敗で幸不幸は決まらないということ。
不完全だからこそ、愛されることがある。その時負けたから、もっと上に行きたいと努力できた日々がある。いま生きている一日は長い道のりのチャプターで、地続きの明日があるからこそ今日は泣いてもいいし挫けてもいい。先の見えない未来があることはプラスに働くことばかりではないけど、人生が素晴らしかったかどうか決めるのはこの世を去る時で遅くない。
《僕らは知っている  奇跡は死んでいる
努力も孤独も 報われないことがある
だけどね  それでもね  今日まで歩いてきた
日々を人は呼ぶ  それがね、軌跡だと》
楽観的な言葉をかけるのでも、悲観するのでもない、渾身のフレーズ。キセキという言葉をそんなふうに見れば、どうしようもなく報われない夜も眠れそうな気がする。

8. 青と夏
夏。忘れないであろう2018年の夏。
ここに、この曲との個人的な思い出を書いておきたい。
  *
ENSEMBLE TOUR幕張公演の近づいた、9月某日のこと。大きな地震があった。震度5のエリアに居たわたしは幸い、約一日半の停電を経験しただけで身の回りに大きな被害はなかった。
「ありがたいなぁ。 」
この大きな地震で、水が止まったり家が傾いたり家族を失った人もいるなかで自分たちはなんて恵まれているんだろう。
家族みんな本気でそう思っていたから、地震以降ぐらぐらしている心のことを話したら「大げさだ」「それは大変な思いをしている人たちに失礼だよ」となだめられた。実際自分でも大げさだよなぁ。なんて思ったし不思議だったけど事実は、電気が復旧してはじめて惨状を目の当たりにしてからずっとつらかった。
一日に複数回小さく地面が揺れることとか何度も流れるふるさとの悲惨な映像とか職場の倒れた棚、はがれ落ちた天井、割れて飛び散った鏡。たった一度深夜に大きく揺れたことよりも、そういう一つ一つにわたしの心は小さく小さく傷ついていったようだった。別に大したことはないと頭では思っていて、平常心のつもりなのになぜだか目の端に涙がにじんで、心の奥がぎゅっとなって、ずっと泣き出したいような気持ちがおさまらなかった。
いままで根拠もなく信用していた安心が何処にもない。
そんな不安を胸に残したまま降り立った東京はまだまだ暑くて青空が眩しくて、一時間前までいた場所とは全然違う景色だった。移動のバスの中で『青と夏』だけをずっときいていた。夏にまた出会えて、心底嬉しかった。
たくさん笑った夏の記憶、人にパワーを与えてくれる太陽の熱さ。彼処にはなかったもの。
この曲をきくとわたしは、あの日輝いて見えた青くてまぶしい夏と、なんてことない日々のいとおしさを思い出す。

9. クダリ
歩くのとおなじくらいの早さでそっと弾き語る声を、すぐ側に感じる。見守るようなピアノの音。心に積もった戸惑いや寂しさ、自分以外に悪者など見つからないような、どこにもやれない感情をそっと吐きだすように歌うからたまらなくなる。
《どうやって生きていけばいいのだろう》が
《どうやって息を吸えばいいのだろう》になって、
《虚しさの海に落としてしまって どうしようか》が
《私という海を泳がせてしまって どうしようか》になって、
呟く声がさけびになって
時が経って取り巻く世界が変わってもなお、対応する歌詞の本質はまったく変わらないでいる。より、根の深さを増していく。自分が伝える努力をすればするほど、らない部分が心に刺さって抜けなくなっていくように。

10. lovin’
地球はまわってる。と同じくらいあたりまえに、ここには大きな愛が存在していて、とても安心する。つい、寂しくなってしまった心を愛で満たしてくれる。何もない休みを楽しく過ごすことが苦手なわたしにはありがたい。こんなふうに過ごせる日をめざして生きてゆけたら良いのです。
《人だからそりゃダメにもなるんだ タメになるね》の一文がどうにも可笑しくて、たとえ真剣に落ち込んでいてもわらってしまう気がする。かなわないなぁ。
最後の一行は知りうる限りで最強の、最上級の愛の言葉だと思う。それを聴くだけで本当に無敵になれた気がしてしまうから不思議だ。

11. Ke-Mo Sah-Bee
土曜の午後にうとうとしたと思ったら、いつのまにか夜がそこにある。激しく降り注ぐ音の嵐が強烈に意識を呼び醒ますようだ。
世の中を一度は見限ろうとした彼が出会った人。
『 =信頼の置けるやつ。 』
《ねぇ神様どうして》、なんて語りかけるけど神様なんて信じてないような僕。
曲と曲の間で服を着替えるように、音がガラッと変わっていく。それを流れできくのがアルバムの面白さであり、こういう歌を謳う彼の声の魔力は尋常ではない。
独り世に立ち向かう志士はキモサベを見つける。そしてやっぱり諦められはしないのだ。この世で自分の思想を持って生きていくことを。
ばかげていても戦え同胞よ。待っていても救いなどないから。

12. ロマンチシズム
人類愛、人類恋。
ついさっきの『Ke-Mo Sah-Bee』とは対照的な目で人を見つめる歌という気がする。いろんなモノの見方をする人間がいて、そんな他人を些細なことで毛嫌いしたり はたまた好きになってみたりするのだけど、不確かなものがものすごいパワーで存在する事実、時に世のコトワリをも跳ね返す人間たちを愛し肯定しませんか?という気持ち。これは、愛を持って人を見つめようとする目だ。
そして後ろで鳴る一音一音と楽器が織り成すリズム感がとにかく楽しい。実際に演奏するときにはここで顔を見合わせていそうだなぁと想像したり、この音のタイミングが好きだなぁとか、ボーカル入りの曲をボーカルありきじゃなく聴いている自分は初めてでワクワクした。
しなやかに表情を変える歌声は言葉をあやつりリズムを刻み、もはや楽器の一つのように音にはまっている。何度聴いてもこの楽しさの権化のような音楽に驚嘆せずにはいられない。
実は直近のライブで聴けて一番嬉しかったのがこの曲。
曲の隅々に散りばめられたキュートなフレーズが目の前から聴こえ、ドキドキのリズムに乗せられて飛び跳ねる観客。人間さ!の大合唱。息ぴったりの5人からも、楽しくて仕方ないが溢れている。そのすべてで満たされた会場を想像してみてほしい。これを幸せ絵図という。

13. 嘘じゃないよ
曲名一覧でみたときから好きだった。胸の内をあえて言葉にすると決めて思い起こすような詞だから、黙って寄り添うバンドの音が優しい。曲が進むうち寄り添う音が心を叩く。痛みを伴うこの気持ちがどうしてこんなにいい歌なんだろう
その一言に隠れたあなたの心はきっと泣いているのに。
どうしてそんなにさみしそうに人を愛すの。そう思うのに、ここに並ぶことばの数々がどうしようもなく好きで。心に入り込んで離れない曲。

14. How-to
まるで弱音をかき消すみたいに、最後のひと文字を伝え終えてすぐにこの曲が始まるのも意味があるのかな、なんて思う夜明け。
この曲の語る世界と、私の世界はとても密接につながりを持っている。守護神であり勝負曲みたいな存在。
不思議な縁、愛すべき縁。
初オンエアの日、曲中のある言葉に、いまの自分を見透かされたような気がして思わず返事をしてしまった。
空の広さを知ると、まだ見ぬ世界にわくわくしていられる。小さい頃から夢見るのはいつも、今いる場所よりもっと広い世界だった。だけど心を枯らさないように。
人の温もりを、わたしを大切にしてくれた場所を忘れないように。
外に向かう程に自分はたしかにちっぽけで、地球の歩き方もうまい生き方も知らないけど、ちっぽけな自分の世界を大切にできたなら〈何処〉に行かなくてもわたしは自由だ。
雷、大雨、視界を失くす嵐。空に道はない。どうぞご自由にという道しるべ。

15. Soup
いま時期の朝と夜の気温はこの曲にぴったりだ。
初めて聴いた時もライブで聴いたあの日もそして、いまも。どこに居たって心がきゅっとなる。
こんな感性に触れたら寂しさを愛してしまう。
だってこれを思った時、心の何処がどんな風にきゅっとなったのか
音を聴けばわかってしまう気がするから。
 *
映画『LA LA LAND』が好きで、あれは一般的にハッピーエンドと感じる終わり方ではないのだろうけどそのエンディングも込みで大好きで、私のなかで『Soup』は同じくらい“とくべつ”だ。
この曲がどんな思いで書かれたのかも知らずに、他人事のように好きだとか思ってしまう。でもどんなにせつない気持ちが発端だったとしても歌に吹き込まれた声は、思いは、温かい。
こんなに早く、聴けるようになるとは思っていなくて
でもずっとそばに来てくれるのを待っていた。この曲のフレーズが一日中あたまの中を巡っていたこともある。
だいすきだけれど、みんなに素敵な歌でしょ、と見せびらかしたいというよりは心の宝箱にしまって、何度でも取り出しては大切に聴きつづけたいような曲。
ここまで幾度も限りのあることを歌ってきたその人が唯一、 「永遠を知ってる」という
この言葉の余白をどう捉えよう。
寂しい、切ない、と感じながらそれでもその永遠を信じてみたい私は、この歌を温かいと思ってしまう。

16. Circle
きこえるのはシンプルに響くピアノ伴奏と、うつくしい歌声だけ。ここまで14曲、さまざまな表情を見せてきた声がsingerとして水を得たように伸び伸びとすべてを包み込む。あらためてジャンルを選ばないボーカリストとしての素晴らしさに惚れ惚れしながらユニバースを感じる。
歌手は時々、人間とは違う、美しい声を吐く生き物に見えることがある。特にフェイクの時など、言葉を話すのと同じくらいいともカンタンにメロディーを生み出し、気持ち良さそうに後を紡ぐのを見ていると
––––––この人にとっては声が楽器で歌が言語なのか。
などとぼんやり考えてしまう。誰でもそう見えるわけではなかったけれど、今までも元貴くんが歌うのを聴いて私はそう思ったことがある。なんて美しいのだろう。
夜になると『嘘じゃないよ』と『Soup』を聴く。最後にはこの曲で眠りに落ちたい。

17. Folktale
なんにも考えずに聴ける、心撫でる素敵な曲。
日本語の、「たおやか」という言葉から連想される色や情景がよく似合うと思う。サビの部分を歌う時の語呂がなんとなく、とおい記憶のなかの手遊びうたに似ている感じがあって安らぎを覚える。
8thシングルで聴いていたときは感情が一気にかきたてられる曲のあとに心を落ち着けるようなテンポで耳に入ってくる印象があったけれど、アルバムではCircleの静寂に還っていく余韻が冷め切らない心のなかに、聞きなれた安心感をもって鳴りだす。
《変わりたいな  でも  変わりたくないな
そっとね  ずっとね  見ていてほしいんだよ》
ここに遺す一つの大きなアルバム。
変わるものも、変わらないものも、この先もずっと、見ているから。


初回限定盤の封を開けて、アートブックを見たとき。そして、歌詞カードを広げた時。じわじわと鳥肌がたって、作ってくれたものをようやくきちんと〈受け取れた〉気がした。このアルバムについて聞かれるたびに5人が“Mrs. GREEN APPLE第1章の集大成”と表現しているからか、まるで卒業アルバムを開いているかのようで寂しさが押し寄せる感覚がした。今もこの先もMrs. GREEN APPLEであることにかわりはないのに変だけど。
赤い林檎の木のそばに立つ5人がこの場所になんの未練もないという顔で旅立っていく3年生に見えたし
何より彼らがあえて赤い林檎と一緒に写っている意味だ。
それくらいこのアルバムの意思表示はどこを切り取っても明確で、特別なものを手にしたとわかってしまった瞬間だった。

このアルバムは、聴き手それぞれが歌と、自分自身のなかみについて深く深く感じ入ることを求めていて、その手始めに作り手みずからが内面の深いところをとても赤裸々に描きだしている。

もっと知りたい。もっと教えてほしい。とずっと思ってきた。あなたの考えを、物を見るこころを、かなしみの在り処を。この先もあなたは生きていくし私も生きていく。互いの日々を更新し続けていく限りは知り“尽くす”事なんてできないけれど、100理解し合えないからこそ知ろうとすることを辞めないし、知らないということを忘れない。

世の中に自分ひとりだけだと思っていいなら、なんにも気付かない方が心は守られる。でも同時にそれは、知らないところで誰かを不幸にする生き方だ。
〈自分一人だけがハッピー。〉
それが心底嫌だから今の私が出来上がっている。踏みにじりたくない、せめて好きだと思う人たちの心だけは。
自分の理解が遠く及ばないなら、学ぶしかないだろう。

曲ごとに色を付けて言葉を綴ってみた。

––––––ほんとうに色鮮やかなアルバムだ。

ジャケットのまんなかで、ついておいで。と示すかのように駆けるユニコーンは人に決して飼いならされず、しかしその角は毒に傷ついたヒトを癒すという。
この世で最も美しく、誇り高い生き物。

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