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君だけが僕の音楽なんだ

ヨルシカ、n-bunaさんとwowakaさんの悲しすぎる奇跡

「この作品を、2019年4月に亡くなった一人のミュージシャンに捧げます。」

ヨルシカの2ndフルアルバム「エルマ」の公式サイト。一番下にひっそりと書かれたこの文を読んだときに、私は何とも言えない気持ちになった。

ヨルシカの楽曲は好きだ。CDも買い続けてはいた。けれど、そこまで入れ込むように聞いてはいなかったのが本音だった。流し聞きに近い感覚。
でも、この作品はきちんと聞かなければいけないと、そう思った。ヒトリエをずっと応援し、wowakaさんを敬愛し、4月にきっとナブナさんと同じ涙を流した身として。真っ直ぐに向き合って聞くべきだと、そう思った。

今回の「エルマ」というアルバムが、前作「だから僕は音楽を辞めた」の続作、アンサーアルバムになっていることを知ったのは、恥ずかしながら購入後、随分と後のことだった。

音楽を辞める事にしたエイミーという少年がエルマという少女に楽曲を送る。ナブナさんの描く世界観は切なくも美しく、何とも考察しがいがあり、多くの方の興味深い話を拝見した。
私は、エイミーは恐らく亡くなってしまったのだろうな、と考えており、そしてこの亡くなってしまったエイミーこそがwowakaさんなのだろう、とこの時は思っていた。そのエイミーを思って「心に穴が空いた」と嘆き悲しむエルマがナブナさんなのだろう、と。

だが、拭いきれない違和感みたいなものもつきまとっていた。
ナブナさんの書く歌詞には、美しさの中にリアリティが混じる。そこで見て来たような、まさに体験したような歌詞に、ファンを惹き込む力がある。それは、勿論ナブナさんの天性の才であり、魅力なのだろうけど。だが、どちらかというなら、それはナブナさんが、「思ったまま素直な歌詞」を書いているからではないか、と思ったのだ。「だから僕は音楽を辞めた」で語られるエイミーの苦悩は、まさにナブナさんが抱いたことのある思いなんだろう、同アルバムの他の楽曲もきっとそうなのではないかと思ったのだ。

現在ツアー中の「月光」というライブでも、エイミーの独白を読み上げるのはナブナさんだ。
ならば、やはりエイミーという少年こそが、ナブナさんの分身なのでは?と思った時、私はこの作品を完璧にしてしまった、あまりにも悲しい奇跡に気が付いてしまった。

ナブナさんは間違いなく、エイミーだったのだ。4月4日まではエイミーだった。エイミーとして歌詞を書いて、エイミーとして、エルマに向けた曲を作ってCDを出した。
でも、4月5日。wowakaんの訃報を聞いた瞬間から、彼はエルマになってしまった。置いていくものから、置いて行かれるものへ。

これは、私の勝手な想像でしかない。でも、ナブナさんが、wowakaさんの訃報を知った後、自分の作った歌詞を見て、エイミーとは自分じゃない、wowakaさんの事だったのでは、ともしそう気づいてしまったのならば、その感情は考えるだけで計り知れなく、恐ろしく、そして皮肉にもなんとも美しい。

不謹慎かもしれないが、あの日、あのタイミングでのwowakaさんの死が、ナブナさんをエルマにした。だからこそ、ナブナさんは、本当の意味でエルマとして歌詞を書くことが出来たんじゃないか。だからこそこのアルバムは、この2作は、こんなにも燦然と輝いて、多くの人を魅了したのではないか、と。
 

そんな悲しすぎる奇跡を感じずにはいられないのだ。

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