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“東京”と私のはなし。

サカナクション『ユリイカ』に寄せて

私は東京生まれ東京育ちだ。
 
 
 

幼い頃の私にとって東京は沢山の人がいる楽しい街だった。
 

その意識が変わったのは中学生になってからだ。地元の友達と同じ中学校に行きたくなかった私は、中学受験をし、知り合いが誰もいない他県の中学校に進学した。そうして毎日電車で通学するようになって初めて、東京という街の忙しなさに気づいた。

混み合う電車に揺られ、人波に飲まれ、慣れない場所へ通う。ただでさえ慣れないことばかりなのに、駅でゆっくり歩いていると舌打ちされ、電車に乗ろうとすると邪魔だと言わんばかりに後ろの人に押しのけられる。
そんな日々が続くうちに、中学1年生だった私の心は限界を迎えていた。
 
 
 

サカナクションの『ユリイカ』に出会ったのはそんな時だった。
なんとなく眠れない夜にラジオを聞いていると偶然『ユリイカ』が流れてきた。
最初は心地よい曲だなとしか思っていなかったが、サビの歌詞を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。気がついた時には涙が止まらなくなっていた。
 
 
 
 

「いつ終わるかな 意味もないのに 生き急ぐ 生き急ぐ」
 
 
 

怖かった。この曲に自分が抱いている感情を言い当てられた気がした。
 
 
 

通勤,通学ラッシュの時間帯、ターミナル駅に電車が着くと、みな我先にと電車を降り、3分ごとに来る電車に乗り遅れないように足早に歩き去って行く。
その姿はまるで“生き急いで”いるかのようだ。
次に来る電車を逃しても3分後にはまた次の電車が来るのにも関わらず、乗り遅れまいと必死に足を動かす。
“意味もないのに”焦り続ける毎日を繰り返し、そんな日々が“いつ終わるかな”と誰もが考えている。
 
 

私が幼い頃から知っていた東京は、沢山の人がいる楽しい街だった。私が転んだら手を差し伸べてくれる優しい街だった。
それが、中学生になってからは全く違う街に見えるようになってしまった。
何かに追われているかのように急ぎ、他人とぶつかってもそ知らぬふりをする。困っている人がいても見て見ぬふりをする。そんな人々で溢れた東京は、冷たく淋しい街だった。私の大好きだった東京はどこにも存在していなかった。
 

そして、いつの間にか私も“意味もないのに 生き急ぐ”ようになってしまっていた。他人に無関心なふりをして、その必要もないのに急ぎ足で日々を繰り返すようになっていた。
大好きだった楽しくて優しい東京を私自身が否定してしまっていることを、『ユリイカ』に気づかされた。
 
 
 
 

この曲が怖かった。でも、その時の私にはこの曲しかなかった。自分では見つけられない、説明できない感情を教えてくれるのはこの曲だけだった。私は泣きながら『ユリイカ』を聞き続けた。
 
 
 
 

「いつも夕方の色
髪に馴染ませてた君を思い出した

ここは東京
空を食うようにびっしりビルが湧く街

君が言うような
淋しさは感じないけど

思い出した
ここは東京

それはそれで僕は生き急ぐな」
 
 

いつしか私は自分自身とAメロの歌詞に登場する”僕”を重ね合わせるようになった。
 

“僕”は、”君”が言うような淋しさを感じなくなるほど東京という街に慣れてしまった。
そして私は、東京が冷たく淋しい街であることに気づいてしまった。

“僕”も私も、いつの間にか冷たく淋しい東京を受け入れて”生き急ぐ”ようになっていたと同時に、その事実に焦りを抱いている。
 
 
 
 
 

私は、自分が周りに流されて”生き急ぐ”ようになってしまったことを認めたくなかった。私の大好きだった東京はどこかにまだ存在していると思いたかった。それなのに、『ユリイカ』に現実を突きつけられた気がした。
 
 
 

でも、そうじゃなかった。
 
 
 
 

「時が震える
月が消えてく
君が何か言おうとしても」
 
 

曲の最後で繰り返されるこの言葉を聞いて、『ユリイカ』からの本当のメッセージに気がついた。
 
 
 

月が消えてくという言葉からは夜明けが連想される。月が消えていき日が昇っていくと同時に、”僕”は東京という街の淋しさも生き急いでいる自分も受け入れ、その中で自分なりの生き方を発見(=Eureka)していこうと決心したのではないだろうか。
 
 
 

ふっと心が軽くなった。『ユリイカ』は私に現実を突きつけたのではない。東京という街とどう向き合えば良いのか、その答えのない問を共に悩んでくれていたのだ。
 
 
 

ふと周りに目を向けて見れば、困っている人に手を差しのべる人がいた。人々が忙しなく歩いていた場所は、休日には沢山の笑顔で埋めつくされていた。
大好きだった楽しくて優しい東京は、すぐそこにあった。私が見ていないだけだった。
 

楽しくて優しい東京も、人々が生き急ぐ淋しい東京も、どちらも本当の東京なのだ。
東京という街の二面性、その中で生き急いでしまう自分を受け入れ、私なりの生き方をこの街で発見していくしかないのだろう。
 
 
 
 

作詞作曲を手がける山口一郎氏はこの曲を“郷愁”を歌った曲だと語っている。

私の解釈は山口氏が考えたものと大きく異なっているのかもしれない。それでも、私にとっての『ユリイカ』は”東京”と私の歌だ。
 
 
 

私はこれからも東京で暮らし、東京と向き合い続ける。

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