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こじらせた人たちに寄り添うパンクロックの素晴らしい唄物語

RCサクセション「スローバラード」からBUMP OF CHICKEN「ガラスのブルース」まで

「ロックとかパンクとかって、弱くて寂しい者の味方だから。だから、好きなんだ。ダメでも、情けなくても、みっともなくてもいいんだよって、肯定してくれるから好きなんだもん。」と、いつもはとんがっていて強気な彼女が珍しく、弱気になっている時に呟いた名台詞を聞いた瞬間、このドラマは、なんて素晴らしいドラマなんだ!と素直に感動してしまった。

元々、岡田惠和が描くドラマや映画が好きだった。ちょっとこじらせた人間に最高にやさしい取り巻きを用意してくれる展開が多い、彼の描く温かい世界が大好きだった。

けれど今回、好きな脚本家の作品だから見ていたわけではない。何気なく第2話を見てしまって何だかおもしろそうと思い、気付けば毎週録画してまで楽しみに観賞するドラマになっていた。セミがイケメンの人間になって自分を助けた女性と恋をするなんてどうせただのラブコメディだろうと最初は見る気さえしなかったのに、どっぷりハマってしまった。

なぜだろうと初めのうちは疑問に思いつつ、毎週見続けていたのだが、その理由が第5話ではっきり分かった。最初に引用した台詞はヒロインが呟いた台詞ではなく、ヒロインと同じアパートに住む気の強い女の子が呟いた台詞である。その台詞でこのドラマに惹かれた理由が分かった。このドラマはRCサクセション「スローバラード」の歌詞の世界がそのまま描かれていて、ロックやパンクという音楽の世界がドラマの根底にあったからだ。音楽とドラマの運命的な出会いだと思った。

ドラマ自体は9月中に終了してしまっていたが、10月になってノベライズ本が発売された。ドラマを見ている最中、気に入った台詞をノートに書き殴っていたのだが、本を読んで改めて台詞を確認できたため、音楽文として残すことにした。ちなみにたくさんの名俳優の方々が出演しているが、名前を列挙し始めるとドラマレビューになってしまいそうなため、今回はあえて名前を出すことを割愛させていただくことにした。

ドラマの舞台であるうつせみ荘というアパートには大家さん姉妹、自分に自信のないヒロイン、人間に生まれ変わったセミ男、元お笑いコンビを組んでいた仲良し夫婦、デザイナーを目指す勝気な若い女の子、そして余命幾許もないと悟り、極力他人と関わらないように死んだように生きている元医師の中年男が住んでいるのだが、その孤独に生きている中年男が自分の部屋でひとりヘッドホンをつけて聞いていた音楽が「スローバラード」だったのである。

<昨日はクルマの中で寝た あの娘と手をつないで>

<あの娘のねごとを聞いたよ ほんとさ 確かに聞いたんだ>

<ぼくら夢を見たのさ とってもよく似た夢を>

この歌が登場する以前から、クルマの中ではないが、ヒロインとセミ男が一緒に眠るシーンが多く描写されていて、手をつないで寝たり、ねごとも登場していた。
セミ男(通称セミオ)が「おかゆさん」とヒロインのニックネームを寝言でつぶやいた時、ヒロインは「あなたの夢の中に今、私が登場しているの?」と涙ぐんでいた。そのシーンは何を意味するのだろうとその時、気になったのだが、この歌が登場してやっと一緒に眠るシーンの多さの意味に気付けた。今回のドラマの中で岡田惠和はきっと「スローバラード」を裏設定にしているだろうと。そうじゃなければ、こんなあからさまに歌詞をなぞったようなシーンを用意しないだろう。

私は「スローバラード」という曲を原曲ではなく、Bank Band『沿志奏逢2』におけるカバーバージョンを聞いていた。元々聞いていた曲だし、今回ドラマの中に登場して気になったため、改めて原曲も聞いてみた。櫻井和寿の歌声ももちろん良かったけれど、忌野清志郎の歌声はさらに格別だった。ドラマを見たせいもあるけれど、心に響いてしばらく頭から離れなかった。

きっとこの楽曲があったからこそ、今回のドラマも生まれたわけで、こんな名ドラマを生み出すきっかけとなった「スローバラード」という曲が40年以上前に生み出されていたことがとても感慨深く感じられた。たくさんのアーティストにカバーされ、今回のドラマに限らず、映画などでも使用されており、時間が経てば経つほど、色褪せるどころか存在感を増している名曲だと思う。

どの辺が名ドラマだったのかと言うと、はっきり言って登場人物の全員が何かを抱えていて、こじらせて生きているのに、根本的にみんなやさしいという点が一番、心地良かった。何しろ物語終盤で、セミオが実は人間ではなく、セミなんですと告白した時も、アパートの住人は誰ひとりとしてその発言をバカにすることはせず、冗談とも思わず、すぐに彼の言葉を信じたのである。セミオは嘘つかないから、本当なんだろうと全員が彼を信じた。たった数日しか一緒に過ごしていないのに、強い信頼関係で結ばれた住人同士のやさしい愛情に感動した。みんなやさしいなんて現実世界ではありえないけれど、そもそもセミが人間になる時点でファンタジー要素の強い作品だけれど、なのになぜか違和感はまったくなくて、そのやさしい世界を毎週楽しみに見るようになっていた。金曜日の深夜が1週間の中で一番の癒しタイムになっていた。

ヒロインおかゆこと、大川由香はヤンキーの両親の元に生まれ、まともに誕生日も祝ってもらえなかったり、授業参観にも来てもらえない、ネグレクト傾向の家庭で育ち、しかも友達もいないという幼少期から不運な人生を送っており、日の目を見ることなく、ひっそり生きていた。ある日、誤ってアパートのベランダから落ちてしまい、そこには羽化したばかりのセミがいて、慌ててそのセミをよける。つまりセミを殺してしまいそうになったのを回避したのである。それなのに、セミの方は自分の命の恩人と思い込み、彼女を幸せにするため、7日間だけ人間として生きることを決める。本当は彼女が落ちて来たせいで羽化した瞬間、死んでしまったかもしれないのに、それを悪くはとらずに命を救ってもらったと良い方にとらえることにこのドラマの深さがある。

命って結局ちょっとしたタイミングや運だけで得たり、失ったりしているわけで、誰のせいで死んだとか誰のおかげで生き長らえたとかそんなのは厳密には分からないものだなと思った。命の恩人が実は自分の寿命を縮めた元凶かもしれないし、殺意を抱いている人が救える命もあるわけで、命ってなんだろうということを常に考えさせられるドラマだった。

実際、最初のうちは「7日間も生きられる」と喜んでいたセミオはおかゆとの別れが近付くにつれて「7日間しか生きられない」と嘆くようにもなった。寿命の長さ短さって何だろうと問われた気がする。ユーミンの「ひこうき雲」にもあるように、

<ほかの人には わからない あまりにも若すぎたと ただ思うだけ けれど しあわせ>

というように、命に長さは関係ない。長く生きていても幸せを感じられない人もいるし、短命でも幸せに生きている人はたくさんいる。おかゆは27年間生きていて、幸せとは縁のない生活を送っていた。それなのにセミオが現れて、たった7日間だけなのに、自分の人生を生き直すことができて、27年分の幸せを感じることができた。夢だったあだ名で呼ばれることや、誰かと一緒にオセロゲームをすること、職場参観に来てもらうことなど、叶わなかった些細な夢をたった7日間で全部実現することができたのだ。

私も彼女と同じように、幸せを感じることの少ない人生を送っていると思う。彼女は同僚の人に「何のために生きてんの?生きてて楽しい?どうやったらそういう人ができあがるの?」と鋭く指摘された時、「何が楽しくて、何がしたくて生きてるのかな。死んでも誰も悲しまないのかな。生きてても仕方ないのかなって思います。でも、死ぬほど死にたいわけでもないし…」と淡々と答えていた。私が今まで生きてきてずっと感じていた通りの回答で、境遇が似ているから、より共感してしまうのかもしれない。

ありえないのに、もしかしたらセミオのような存在が現れてくれないかなと今年の夏は2度ほどセミを助けてみた。セミは背中が重いため、ひっくり返ると元に戻れず死んでしまうことが多いらしい。ひっくり返ってもがいているセミを触るのは苦手だから、ころんとつま先で転がして助けてあげるということをしてみた。けれど今のところ、セミオは現れない。現れるわけがない。ここはドラマのようなファンタジーな世界ではなく、シビアな現実だから。それでも少しは善い行いをできたかなと気分は悪くない。誰かを助けるなんてそうそうできることではないから。

おかゆは30年分の幸せを感じてしまった分、セミオとの別れがつらくなり、彼と一緒に死んでしまいたいとさえ考えるようになる。けれど、もちろん彼はそれを止めたし、アパートの住人が彼がいなくなった後も彼女が楽しく生きられるようにと思いやりを込めた様々な工夫を凝らすシチュエーションも温かい気持ちになれた。他の恋愛ドラマやラブソングだったら、たいてい嫉妬してしまったり、羨ましいと思ってしまうのだが、不思議なことにこのドラマに関しては一切、嫉妬も妬みも感じなかった。彼女を取り巻くアパートの住人たちと同じように、彼女とセミオには幸せになってほしいと純粋に願うことができた。それはセミと人間という非現実的な設定だから、願えたわけではない。岡田惠和が描く人間模様がやさしすぎて自分も少しはやさしい人間になれたのだと思う。温かすぎる脚本の魔法にかけられた気がする。

おかゆとセミオだけでなく、他の登場人物たちにもそれぞれの物語があって魅力的な脚本に仕上がっている。大家姉妹には実は若くして亡くなった弟がいたり、おしどり夫婦は一週間で自分たちの子どもを亡くした経験があったり、最初にも述べたデザイナー志望の強気な女の子も実は学校の同級生に馴染めなくて弱い部分もあったり、さらに個人的に一番気になった存在である元医師は寿命が長くはないと悟って生きていたりとそれぞれ悩みやトラウマを抱えて必死に生きている。自分は病気で余命幾許もないと思い込んでいる元医師の男なんて、セミオと出会うまではいつも部屋にこもってひとりで「スローバラード」など音楽を聞いていた。
「人を好きになるな 別れがつらくなる 人に好かれるな 悲しい思いをさせるから」壁にこんな張り紙まで貼って、決して他人と関わらないように生きていた。そんな孤独すぎる男もセミオと出会って、少しずつ他人との関りを取り戻し始める。病気で短命と思い込んでいる自分の目の前に、自分よりも短命で7日間しか生きられない男が現れたら、その男が楽しそうに切なそうに必死に短い人生を謳歌しているのを見てしまったら、当然気持ちは変わってしまうだろう。

セミオは、「セミは6年間地下でじっと身を潜めて生きていて、地上に出たら7日間、喜びと感謝の唄を精一杯歌いながら生を全うする。」と言っていた。ほとんどのセミは地上に出る前に死んでしまうため、7日間だけだとしても地上に出られたセミは幸せなんだと。
「歌うことが素晴らしい世界に出ることができた僕らの使命であり、生きることは素晴らしいとセミたちは歌っているんです。」という言葉を聞いた時、私はBUMP OF CHICKENの「ガラスのブルース」を思い出した。バンプは短い命の猫のことを唄ったけれど、猫をセミと置き換えても、通じる歌だと思った。<ガラスの眼をした猫>はりんりん唄う。セミはミンミン唄っている。セミオはいつだっておいしそうにメイプルシロップたっぷりのご飯を食べるし、「なんて素晴らしい世界なんだ!」と世界を賛美し、一瞬一瞬を大切に生きている。

<精いっぱい><力強く><生きてる証拠を><短い命を><大切な今を>
<生まれて来た事に意味があるのさ 一秒も無駄にしちゃイケナイ>

というように唄っているのは、猫だけでなく、セミも同じだった。
人間からすればうるさいと感じる虫たちの声も、精一杯短い命を輝かせて歌っていると思えば、耳を塞いだり、嫌な顔はできない。そういうこともさりげなく教えてくれるドラマだった。

「ロックとかパンクとかって、弱くて寂しい者の味方だから。」という名台詞はそのまま、私はバンプに当てはまると思った。むしろそれはバンプのことではないかと誰かに伝えたくなった。セミオはガラスのブルースで唄われた猫と生き様が似ているし、バンプの音楽が好きな人なら絶対好きになるドラマだと思った。このドラマは「スローバラード」の世界が描かれていたけれど、忌野清志郎のパンクロックだけでなく、バンプのロックの神髄も垣間見られた気がする。

バンプも「ダメでも、情けなくても、みっともなくてもいいんだよって、肯定してくれる」存在だ。おかゆはセミオと過ごす7日間の間にどうしようもないと思っていた過去の自分の人生さえ笑って話せるほど、自分のことを肯定できる人間になっていた。たった7日間で、人間は幸せになれるし、成長できるのだ。やっぱり人生に長さは関係ない。私も短い間でいいから、幸せを感じられる人間になりたいと思った。
セミオは言っていた。自分が死んだ後も「おかゆさんを幸せに、幸せに生きていける人にしたかった。」と。私もひとりきりになったとしても幸せに生きていける人になりたい。

<市営グランドの駐車場>に車を停めて、気になる人と過ごしたことはあるけれど、ねごとも聞いたことはあるけれど、車の中で手をつないで寝られるわけもなく、<悪い予感のかけら>だらけで、どうしようもない。

<ぼくら夢を見たのさ とってもよく似た夢を>

いつか同じ夢を見られるような相手が現れたらいいのにと願ってしまう。今夜も「スローバラード」はひとりで聞く。二人のことを歌っている歌なのに、なぜかひとりで聞きたくなる。ひとりで聞きたい二人の歌がここに確かにあった。

この歌の主人公は<カーラジオから スローバラード>を聞いている。<あの娘のねごと>も聞いている。<夜露が窓をつつんで>いる様子も見ている。つまり彼女と一緒にいても、眠ってはおらず、起きているのだ。たしかに好きな人と一緒にいたら、うれしくてうかうか眠ってはいられない。そんな青春の甘い夜を短いながら、端的に表現した楽曲だと思う。短い青春、短い夜だからこそ、これくらいの短い歌詞が程良く感じる。

先にも述べ、繰り返しになるが、この楽曲が生まれていなければ、「セミオトコ」という名ドラマも生まれなかったかもしれない。そう考えると、「スローバラード」が40年以上前に作られたことはいまだに意義があることで、今は亡き忌野清志郎に本当に感謝したくなる。彼が培ってくれた、こじらせながら生きている強くはない人間のためのパンクロックはバンプなど今の時代のロックにも確実に根付いている。一見、パンクやロックとは無縁のように見られがちな私の心にもしっかり響いている。私は弱いし、寂しい人間だし、ダメな人間だし、情けないし、みっともない人間だから、やっぱり彼らのロックが必要なんだと再認識させられた。パンクロックの良さに気付けるなら、このままの弱くてどうしようもない自分でいいと肯定したくなった。

最後にこのような素晴らしい音楽の世界を交えた素晴らしい脚本のドラマを作ってくれた岡田氏に敬意を表したい。「スローバラード」という素晴らしい楽曲と素晴らしい脚本家を引き合わせてくれた運命にも感謝したい。

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