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ロックンロールに教わった事は

斉藤和義の"月光"を聴いて感じたロックンロールの神髄

斉藤和義の2012年のシングル曲、”月光”を初めて聞いたのは今から4年くらい前だった。

その時からずっと”ロックンロール”が何なのかを想っていた。
古きロックンロールが好きな人ならば、この曲の詞にある”キースリチャーズは言った”ジョーストラマーは言った”という言葉に惹かれるだろう。
ロックファンはとにかく名言が好きだ。
 
 

「月光」     斉藤和義

“オレはこんなもんじゃないんだって!こんなハズじゃないんだって!
信じておくれよ
わかってないアイツらが センスのないアイツらがバカなだけなのさ!
だからどうか あともう一杯だけ

キースリチャーズは言った「ロックはあるけどロールはどうしたんだ?」
ジョーストラマーは言った「月に手を伸ばせ たとえ届かなくても」
だから行くなよ 後悔しても知らないぜ

月も見えない夜に 何処かで犬が吠えてる
「サヨナラ」って聞こえたよ それともしぼむ夢の音?

愛しているよと言えなくて ひとり歌を唄う
あなたとともに唄えたなら とてもうれしい

オレはオレになりたいだけなんだ ただそれだけなんだ
誰だってそうだろ?
ロックンロールに教わった事は「人と違っても自分らしくあれ!」ってことさ
そして「愛と平和」 そいつの意味を探している

あっちの席でオッサンは言ったよ 「オレは百人の女と寝たぜ」
こっちの席じゃ若者が「男の価値はなにで決まるのかな?」
そしたらとなりの女が「そんなの”家族”にきまってるでしょう!」

月も見えない夜に 何かが光りだした
気のせいなんかじゃない 確かに胸の奥の方

愛されたいと願う人で どこも順番待ち
それぞれの歌うたいながら 夜を越えてく

愛しているよと言えなくて また歌を唄う
あなたとともに唄えたなら とてもうれしい
愛されたいと願う人で ここも順番待ち

今夜は月がキレイだから 手を伸ばすよ 手を伸ばすよ”
 
 

ロックはあるけどロールはどうしたんだ?
詳しい文脈は知らないが、これはキース・リチャーズの何処かでの言葉、名言として残されているらしい。

斉藤和義の”月光”の編曲はロックンロールというよりは、フォークロックに近いと思う。斉藤和義はボブ・ディラン風味にこの歌を唄う。ボブ・ディランだって”ロックンロール”じゃないかって言われたらそうだけれど。

今の時代、何が”ロックンロール”かなんて誰も気にとめていないと思う。だからキース・リチャーズがわざわざこんな事を言うんだ。

“ロック”と”ロール”の違いなんて誰もわかってないんだ、きっと。もしくはロックとロールは同義語と思っているのかも。

ROCK’N’ROLLは、ROCK AND ROLLだった。
“ロック”と”ロール”だった。言葉の意味通りなら、「揺さぶる」と「転がる」だ。
もっとも遡って俗語や品のない言葉で言うなら別の意味になる。それは別の話ではないが、斉藤和義の”月光”の詞の中にも隠されているように思える。

いま書くのはそんな話じゃないが、音楽に於ける”ロックンロール”についての話だ。

“ロックンロール”は1950年代にアメリカで始まった。1960年代に入るまで、一度は勢いを失くして、それからビートルズの登場でまた魅力的に復活した。”ロックンロールの歴史”は語り尽くされていて、ここに書いてもしょうがないと思う。

ロックの歴史は1960年代から目まぐるしく変わったと思う。1960年と1965年ではだいぶ違う。65年と67年は全然違う。67年と69年もまた違う。その勢いは歯止めがない。

1970年にもなると複雑化した。いやそれともまたロックのルーツを探るようにシンプルに回帰した。ロックの歴史の激しい流れの中で、もはや普通のロックンロールは鮮やかでもなく見失われたという事なんだと思う。

ロックは死んだ、と言ったのは、
ジョン・ライドンだったか。
これはパンクらしい名言だけれども、
それよりも前にとうにロックンロールはなくなったと思う。

パンクの時代にはロックすらも否定された。
結局のところ、淀んだ世界を変えたいと行動を起こすのは若者らしい苛立ちなのかもしれない。
しかし、
パンクをロックの初期化だとして、誰でも表現出来るバンドサウンドによって、”ロック”がシンプルに回帰したのだとしても、そこに”ロール”はあったんだろうか?

いったい”ロール”ってどういう事だろう?
キース・リチャーズに依ると、”ロール”するのは難しいらしい。”ロック”は、しかし誰にでも出来るというような事を言っているのはリアム・ギャラガーだったか。(ロックファンはとにかく名言が好きだ)
 

“ロック”が簡単に出来るとして、それでも今の時代はその”ロック”すらも理解されていないような気はしてしまう。
ただ、バンドを組んでバンドで音を鳴らせば、”ロック”になるというのは大間違いだ。いまの音楽で軽い音のバンドサウンドは多い。果たしてそれは”ロック”なのか?
それもまた別の話だ。
 

僕はロックンロールの”ロール”感覚はスウィングだと思っていた。キース・リチャーズが同じ事を言っているのは知らなかった。

ロックンロールの”スウィング”を初めて意識したのは、ロニー・レインの1975年のアルバム「RONNIE LANE’S SLIM CHANCE」の中にある”You never can tell”を聞いた時だ。この曲の元はチャック・ベリーのロックンロールだが、ロニー・レインによるこの歌唱は改めてロールの感覚を蘇らせていると思う。
ロニー・レインは素晴らしくスウィングする。
思わずうれしくなって笑ってしまう。

キースが言っているのはこれかもしれない。

僕は、ロニー・レインの”You never can tell”のスウィング感覚を、いつも、ロッド・スチュアートの歌、”Lost Paraguayos”と同じ感覚で聞いてしまう。
フェイシズで同じバンド仲間だったロニー・レインとロッド・スチュアート。”Lost Paraguayos”が入っているロッドのソロアルバムの名作「Never A Dull Moment」にもロニーは参加している。
ロニーはロッドからロックンロールの歌唱の何たるかを学んだと思う。ロールの本質はスウィングして滑らせてゆくんだ。

それからフェイシズによる”Ooh La La”という曲も同じだ。この曲はロニー・レインとロン・ウッドの共作であるが、歌はロン・ウッドが引き受けている。フェイセスのバンドで唯一、ロン・ウッドの真っ当な歌唱が聞けるのが”Ooh La La”だ。

僕はこれをロン・ウッドの最高の歌唱だと思っている。ロッドにも唄えない歌だと思う。1998年にロッド・スチュアートが”Ooh La La”をカバーしたのは前年に亡くなったロニー・レインへの追悼だったと思うが、歌は上手くても、やはりオリジナルのロン・ウッドは最高だと改めて思う。ロン・ウッドだってスウィングする。
こういうはっちゃけた歌はロン・ウッドのその後のソロアルバムでも聞けない。

僕はこれらの3曲が影響を与えあっていると信ずる。

“ロックンロール”が何か、すべてのロックンロールを聞いた訳ではない。そんなのを語る勇気もない。自分は知っている事と気づいた事を書こう。
他の事は誰かが知っている。

レッド・ツェッペリンの1971年アルバム「Ⅳ」(for symbols)の中に、その名も”ROCK AND ROLL”という曲がある。それはみんなが知っている名曲だ。代表的な1曲ではあるけれど、僕はこれがツェッペリンのバンドの真の実力だとは思っていない。

“ROCK AND ROLL”は、ツェッペリンに依る言わば、フェイクみたいな音楽だ。わざわざ”ROCK AND ROLL”というタイトルを付けているのが、ジョークとフェイクらしい証だと思う。
それでもツェッペリンはロックンロールを全力でスウィングさせて転がしていく心意気は忘れていない。遊びだけれど真面目なんだ。

それにしても1971年に、もうすでにロックンロールは遺物になっていたのか。
そもそもビートルズが音楽のなかでフェイクをやるようになった1960年代の後期から、ロックンロールは転がっていなかったのだと思う。

ビートルズが原点回帰、1969年の「ゲット・バック」のセッションでロックンロールをわざわざやっていたのもツェッペリンと何かと通ずる感覚だと思う。
「Let It Be」のアルバムにある”One after 909″や”Get Back”に於ける歌のスウィング感覚も良い。バンドだって転がっている。

ビートルズの”Get Back”に影響を受けているのは間違いない同年1969年のHumble Pie(ハンブル・パイ)による、”Natural born bugie”という曲、これにもロックンロールのロールとスウィング感覚があるだろう。
グレッグ・リドリー、ピーター・フランプトン、スティーヴ・マリオットと続く歌のバトンタッチのこの転がってゆく感触は堪らない。こういうのが”ロール”だよね。
 

ザ・フーをドキュメンタリーで描いた「KIDS ARE ALRIGHT」(キッズ・アー・オールライト)の映画はロックファンならみんな見ていると思う。

映画のなかで、ザ・フーの代表的な名曲として、一番の見せ場として用意されている”Baba O’riley”や”Won’t Get Fooled Again”は”ロック”の最高峰の瞬間だが、この映画を締めくくるのは、”LONG LIVE ROCK”という曲だ。
僕はこの曲をずっと、ザ・フーらしくない曲だと思っていた。”LONG LIVE ROCK”にあるのはロック賛歌であり、生粋のロックンロール感覚だ。これもスウィングして転がってゆく。

THE WHO「Odds And Sods」は1974年発表のアルバムだが、収録曲はそれ以前の未発表曲の寄せ集めとなっている。ここに入っている”LONG LIVE ROCK”の録音年は1972年だった。
だとすれば、
前年にあったレッド・ツェッペリンの”ROCK AND ROLL”にピート・タウンゼントは感化されていると僕は思う。

“ロックはあるけどロールはどうしたんだ?”
とキース・リチャーズに言われたら、僕らの時代は、その時よりもはずかしいと思う。

“ロックンロールに教わった事は「人と違っても自分らしくあれ」ってことさ”
自分らしくありすぎるのもどうなんだ?
今の時代を見てみろよ。

嘆いていてもダメなんだ。
過去のロックンロールに学ぶべき事はまだあると思う。
これからも
斉藤和義がちゃんとやってくれるよね。
 

ヨロシク。

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