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米津玄師という存在

〜オルタナティブである存在の私が見た景色〜

私は自分自身の事を1番嫌っているのかもしれない。

私は心臓に難病を抱えている、それどころか、左耳は形成不全のため、内耳と呼ばれる構造は存在しない。

つまり、母体で形成されてゆく最初の段階⋯魚の鰓のような形をしている、ということだ。パッと見ではアンバランス、アシンメトリーと評されることだろう。

しかも逆の性別に間違えられることもあるのだ、幼心には刺激が強かった。⋯最も、最近は逆の性別に見られたいとも思うし、よくその性別なら選ぶであろうと思う人が多いだろう服などを見かけたら手に取って見てしまいそうになるのだが。

さて、ここまでは私の歩んで来た人生をざっくりと書いたのだが、そんな人生を送っていれば、ありきたりな日常というものは、部活動や40人ほどいる教室で学ぶということは夢物語でしかなかったことを気付く人もいるかもしれない。

だからほとんどの曲は私の本質や現実を語る事などなく、心地よい夢を見るばかりであった。限りなく近いところまで来ても、重なることは100回中1度か2度あればいい方だ。

そんな時、幾度も私の本質や現実を語る歌を歌う人物が現れた。

    それこそが米津玄師という存在だ。

私が初めてその歌声に触れたのは何時のことだろうか⋯自覚しているのはorionからなのだが⋯Flowerwallなのかもしれない、その曲を試聴コーナーで聴いた際に懐かしさがあったため調べたところ、あるCM曲に使われたようだ。それは見た事のある可能性があるもののため、そちらが先の可能性が高い。TVでも流れたならば当時の私はTVをよく見ていたために、流れたのを聴いたかもしれないのだ。

orionの後はピースサインが使われていた作品を最初から見ていなかったため断念したので、LOSERか灰色と青が2曲目か3曲目に触れたことになるだろう。

灰色と青は数回聴いただけで、CM中に流れる部分歌えるようになったほどに心を掴まれた。
LOSERも同様である。

そんな中、紅白であの瞬間を迎えた。
Lemonの生歌唱だ。
その歌声を初めてと言っていいほど、米津玄師という存在を知覚していながらフルコーラスを聴いたことなかった過去の私をぶん殴りたくなった。

それほどまでに引き込まれたのだ、orionはラジオで聴いた可能性もあるが⋯フルコーラス全てか?と聞かれれば覚えていない、としか答えられない。

つまりは米津玄師初フルコーラスを紅白で経験したようなものだ、その後はBOOTLEGからBremen・YANKEE、dioramaの順で借りては聴き込んだ。

今やdiorama以外の3アルバム収録曲は、ふとした瞬間に歌えるほどだ。

これが私と米津玄師という存在の接した歴史である。

では、なぜこれほどまでに引き込まれたのか?
それはシンデレラグレイやホープランド、飛燕、LOSER、ピースサイン、アイネクライネといった作品の歌詞と私自身が強くリンクしたからだ。

シンデレラグレイであれば「ねえどうして、そうやってあたしのこと馬鹿にして 優しさとか慰めとか与えようとするの? その度々に惨めな思いが湧いてきて どうしようもない気持ちになるってわかってないの?」

ホープランドでは「自分のこと愛せぬまま 何も選べないまま 逃げ出すことさえできない」

飛燕では「翼さえあればと 灰を前に嘆いていた 鳥のように飛んでいく あの雲に憧れて」

LOSERでは「愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね」
「ああわかってるって 深く転がる 俺は負け犬 ただどこへでもいいから遠くへ行きたいんだ それだけなんだ」

ピースサインでは「守りたいだなんて言えるほど 君が弱くはないのわかってた それ以上に僕は弱くてさ 君が大事だったんだ」

アイネクライネではもはや全てだ、特筆するならば「誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう あたしは石ころにでもなれたならいいな だとしたら勘違いも戸惑いもない そうやってあなたまでも知らないままで」という部分だろうか。

最近のものならば馬と鹿、あれはよく歌っている。
試聴コーナーで聴いたくらいだがフルコーラスで歌えるほどになった、でしょましょはまだ怪しいが。

米津さんといえば、印象的なインタビュー記事がある。
その記事に語られたことは私に名前をくれた、そして⋯存在を認めてくれた気がした。

だが⋯手持ちに無かったため、ひたすら立ち読みをすることとなったのが悔やまれる。

また読みたいものだ。

そういえば、米津さんの楽曲中には明確に 頑張れ!といった表現があまりされていないように思ってなぜなのか疑問だったが、『そういったものはあまり好きではない』というコメントを見て共感した。

馬と鹿も一種の応援歌だが、!ではなく?という記号が付くような歌詞なので個人的には馴染みやすかったのだろう。
「終わるにはまだ早いだろう」も最後に問いかけるようだった、そんな曲が私は好きだ。

100%で頑張るものに頑張れと言うのは酷だ、それは頑張っていないと言われているようなものなのだから。

ピースサインはどちらかと言えば!の方だが⋯気持ち悪いとは感じないし好きだ、通じるものがあるがために起きることなのだろうか?

もう少し書きたいところだが今回はここまでとしよう、もしまた書くことがあればその時は歌詞の解釈などをしたいとも思っている。
それが実現するかどうかは⋯その時の私たち次第だ。

最後に、ここまでの文章表現が不快であれば申し訳ありません。
次回以降の執筆があれば役立てたいので、ご意見・ご感想を心よりお待ちしています。
それでは、失礼致します。

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