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20歳の夏、こころ

サンボマスターに心を救ってもらった日

20歳の夏、パニック障害を発症した。

福島にある実家へ長距離バスで帰ろうとしているときに、はじめて発作が起こった。
急にバスが狭苦しく思え、手と足はふわふわとして自分のものではない感覚になり、息がつまり、このまま死んでしまう外に出たい出して欲しいどうすればいいこれは何知らないわからない死にたくない。
とにかく、とにかく怖かったことを覚えている。
音楽を聴いても漫画を読んでも気は紛れず、バスのトイレにこもってひたすらあとどのくらいで着くのかを地図アプリで見ながら、小さい換気口から出る冷たい外の空気を吸っていた。必死だった。

何とか帰省を終えて東京に帰ってきてからも発作は続いた。発作という言葉が適切なのかわからないほど、とにかく四六時中苦しかった。動悸、手の震え、緊張した体、死ぬはずがないのに死の恐怖を身体中に伝達し続ける脳、ぽきぽきっと簡単に折れていく心。

やっとの思いでメンタルクリニックの予約を取り付け、パニック障害との診断を受けた。時間はかかるかもしれないけど治りますよ、と先生はにこにこしながら言った。それはいつなんだろう、いつまで頑張れば楽になるんだろう、何でわたしが?わたしじゃなくても悪いことしてる人なんてたくさんいるし、どうして?とぐるぐる思考を巡らせながら、作り笑いをしてがんばります!と応えた。

投薬が始まっても毎日が地獄だった。いや、世の中にもっと苦しく辛い思いをした人は確かに居ると思う、けれどわたしのちっぽけな人生の中では間違いなくその日々が地獄だった。
生きたくない、というよりも、このままでは生きていかれない、と思った。
理解してくれない家族に泣きながら電話をかけては、もう無理だ、と訴える日々。
眠れず深夜に徘徊して街中の写真を撮り、昼間はそれを眺めた。自殺という言葉が頭を何度もかすめ、どうせ死ぬなら故郷に近い雪山でポップな柄のセーターを着て死んでやろうと思った。もう辛いから殺してくれと彼に頼んだこともあった。神様は乗り越えられる試練しか与えない、ってじゃあなんでみんな自殺なんかすんだよばかやろう。

弱音を吐いて泣き喚いて、楽になりたかった。それしか頭にないほど地獄だった。

もちろん大学に通うこともできず、ほぼニートのような生活。社会のお荷物だと自分で自分に言っていた。
この先こんな真っ暗闇の中進んでいくのか、真っ暗闇って進んでるか分からないし、立ち止まってうずくまってる方が楽だよなあと思っていた。

そんなとき、メンタルクリニックに向かう途中にサンボマスターの「悲しみぶち壊せ」を聴いた。
大学受験の時に「できっこないを やらなくちゃ」を聴いていた、それくらいの浅い認識だったし、音楽が人を救ったりすることなんてないと思うくらいに日々を呪っていた、のに、手が伸びた。

「悲しみをぶち壊せ この世界にケリを入れるんだ」
「この手で この手で 闇のドア こじ開けて」
「つまり僕は この世に よけいな奴と 奴ら僕に証明書つき出したのさ だけども僕 この毎日 未練タラタラの奴 自分あてに証明書偽造 発行してやるんだぜ!」
「虚しさ ぶっ潰せ かまわねえよ クソだと言いな」

泣きながら歩いた。嗚咽が漏れないようにしながら泣きながら歩いた。

「外の世界のほかに 自分の中にも化け物がいるの
どちらの化け物にも ケリをつける 心は僕のもの」
「反撃のこころ決めろ 怖がんのヤメロ! 怖がんのヤメロ!」

歩けなくなった、その場にうずくまって声にならないようなそんな不恰好な音を出しながら泣いた。クリニックの予約時間は過ぎてしまっていたし、周りの人達はチラチラとこっちを見ていたけど、止まらなかった。心の底から泣いた。なんの感情なのか分からないし理解できるほど冷静じゃない、ただただ赤子みたいに泣いた。

発症してからの日々、泣き続けてはいたけれど、心から湧き上がる慟哭のようなものから訳もわからず泣くのは初めてだったと思う。

「悲しみをぶち壊せ 誰にだってできるはずなんだ」
「この不安を終わらせて 街中に叫んでやるんだ
 心は心は 誰でもない 僕のものなのだ!」

そうだ、そうだった、そうだ、そうなんだよ!
何を今まで忘れてたんだよ!そうだよ、そうだった。

上手く言語化できないけれどひたすらに歌詞を、イヤホンから流れてくる音を肯定した。
涙は止まらなかったけど袖で拭った、1曲リピートのボタンを押して、歩き出した。

大学にも通えず、衣食住すらままならない廃人のような毎日、でも生きている自分を褒めてあげなさいと先生は言う。親はゆっくり休んでいいというけれど払ってくれた学費と仕送りを無駄にしている。可哀相だと言われるけどそんなことを言ってもらえるほどわたしはひどい状況なのだろうか。大体、周りの人が普通にできていることができるようになったからといって自分を褒めるっておこがましすぎるし、迷惑ばっかりかけてるなあ。わたしは昔からずっとそう、誰の役にも立たないし誰かの誇りになれたこともない。また人生つまづいた。色眼鏡で見られるのも嫌だし誰にも言いたくない、話したくない。このまま消えることができたらきっとそれが一番だ。

そんなことはない、そんなことは本当にない、サンボマスターが言ってる、歌っている、その声が音が、わたしを肯定してくれている。もっと開き直っていい、苦手かもしれないけど人を頼りまくっていい、その分治ったら頼りになってあげればいい。理由がなくても泣いて喚いていい、迷惑なんかじゃない。わたしが作った友達なんだから、わたしを産んだ親なんだから、大丈夫。自分を褒めちぎったっていい、頑張って生きてるって自分が一番に認めてあげなくてどうするんだ。反撃のこころ決めろ、怖がんのやめろ、わたしの心はずっとずっとわたしのものなんだ。

自分の中での葛藤が終わった。吹っ切れた、という表現が正しいのかもしれない。

パニック障害は簡単に言うと脳が間違った伝達を体に送ることで死の恐怖を感じたりするのだそう、それはそれは厄介で、心まで蝕まれてしまう。自分が自分ではなくなってぐちゃぐちゃになるような感覚に襲われる。でも心はわたしだけのものなのだ。誰がなんといったって、脳が何を伝えてこようが、心だけはわたしだけのものだ。
 
 

発症して1年と少しが経った。引っ越しをして大学にも通い、投薬を続けながら闘っている。誰にも言えないと思っていたけれど、友達に積極的に話して協力してもらえる環境を作った。高校の先輩に勇気を出して連絡をして話を聞いてもらった後に、心の骨折みたいなものなんだから1歩進んだら自分を褒めるのは当然だし、何もできないお前のことをそれでも大好きな奴はたくさんいる、と言ってくれたことはずっと忘れない。1週間休まず大学に通えたら自分を褒めている、それは周りになんと言われても絶対だ。今年の夏は暑くて発作と闘うことも多かったけれど、金木犀が香っていることに気がついて笑えるくらいには元気だ。

あの日、サンボマスターを聴いて泣き崩れた日、音楽は病を治してはくれない、パニック障害が劇的に治ったわけじゃない、でもどん底にいる心をすくい上げてあるべき場所に戻してくれた。心を救ってくれた。

歌は
「新しい自分になって そう 夢みるの」
と締めくくられている。

わたしは夢をみる、まだまだ完治は遠くてもその日が来ること、旅行に行くこと、苦しんだ日々がいつか糧になること、未来のわたしが笑っていること。
 

わたしの心はわたしだけのものなのだ。
 
 

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