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2017年7月3日

深井諒 (20歳)

一つの正義

plentyとして残した意思

 綺麗な歌声が綺麗な歌詞をなぞるのは、心地が良いのだ。だからといって、それらが全てだとしたら、きっと音楽はつまらないだろう。かといって、汚い言葉と音を投げたところで、それを必要とする人がいなければ意味はない。綺麗事も、ただの暴言も要らない。結局のところ、自分の強い意思を正直に表現する事が一番なのだろう。綺麗な歌に嫌気が差す時はある訳で、そんな時は少し皮肉が感じられる歌を探す。そこで共感したり自分で解決しては、また綺麗な歌を聴いたり、もっと共感を求めたりする。そうして探して出会ってきた音楽がきっと、人それぞれの意思を形成するのだと思っている。
 会場がざわついていたのが一瞬静かになると、三人は現れた。そして何も言わないまま楽器を持ち、演奏は始まった。その光景は、いつか私が田舎の山奥で、心を踊らせながら眺めたJAPANのライブ写真と同じ臨場感のマゼンタだった。最初から全力で歌うので、後半で力尽きないか心配になった。けれど最初から最後まで、疲れ果てても彼らは演奏を続けた。その一曲一曲が必死だった。
 丁度一年前にもロックロックこんにちはの為に、なんばhatchを訪れた。そして今年も同じ時期になんばhatchにいる事に嬉しさがあった。同時にそれがplentyの解散ツアーという事に寂しさがあった。
公表された解散理由は、「三人で色々話し合った結果、それぞれで音楽やろうぜってなりました」という極めてポップなもので、そこにplenty感があって、それを受け取ってからは不思議とそこまで悲しい気持ちにはならなかったのだ。会場は早くも人で溢れ、それでも奇跡的に若い番号のチケットが手に入った事で、去年よりずっと前の列にポジショニング出来た。欲を言えば、会場に行くまでにカフェで食事を取っていた時間を短縮すればもっと早く良い位置に立てたかもしれないが、もう後悔はしない事にした。後ろの列だったとはいえ、去年は去年で楽しかった。二十周年という事もあり、草野君が女々しくてを大熱唱したり、ORANGE RANGEのYAMATOが、

「早く俺らの出番終わってスピッツ聴きたい・・・」

なんて本気で言い出したり、物凄い盛り上がりを、だいぶ後ろの列で楽しんだ。前列へと進みながら、そんな事を思い出しながら、plentyを待った。
 plentyを初めて聴いた時、透き通る様に柔らかい歌声が堂々と本音を歌う様に惹かれた。こんな高い音域には敵わないだろうと思った。歌詞は綺麗な言葉ではなかった。けれどそこに、正しさを感じたのだ。そして私自身の正しさを形成した。きっとそれはもともと私の中にあったのだろう。何なのか分からずに、言葉に出来ないもどかしさだった。それに気付き、自分らしく正しくあろうと思うきっかけになったのがplentyだった。江沼の書く詞が好きになった。それはどんどん加速していった。作られる曲は段々と強さを増していった。学生時代はplentyを聴きながら、部活の台本を書き、先生から推薦された大会の作品を書いた。それが私自身の蒼き日々だった。最高に幸せだったと思う。けれど、当時の私は蒼き日々が本当にplenty最後の曲になるとは思っていなかった。初めて聴いた時、

「必死こいてさ、馬鹿みたいだろ」

この一言に、江沼自身の正義を感じた。彼が歌う正義は間違いではないと強く思った。同時に私自身に対しての「それは正しい」というメッセージにも感じられた。私自身、沢山の間違いに出会った。沢山の創られた正義に出会った。そしてそれらを受け入れる事が出来なかった。それは間違いだと見なされた。

誰かの都合で曲がる正しさなら、誰かの都合で作られる正しさなら、正義なんてものは要らないのかもしれない

いつからか、私の中にあった言葉だ。何故だかずっと大切にしている。誰かに言う事もなく、ただずっと抱えて生きている。何かがあると、この言葉が浮かぶ。見えている現実に嫌気が差してしまう。闘う事が大切だが、やはり疲れてしまうのも本音だった。
 江沼は特に長い話はせずに、水を飲んでは歌った。彼が何度も口にしたのは、

「ありがとうございました、plentyでした」

だった。あとは歌った。全力でお別れをしてくれたのだろう。それがplentyからのさよならだった。泣かないだろうと思っていたものの、序盤で泣いた。イントロで伝わる気持ちがあった。ギターが奏で始める時、ドラムが胸に波動を伝う時、言葉が沢山溢れた気がした。CDだと綺麗で柔らかい江沼の歌声は、真っ直ぐでとにかく強い歌声で、

やっぱりこの人の音域には敵わないや

と思ったのだった。そして私の心を大きく動かしたのが、ドラムの中村一太だ。plentyが今の体制になったのは三年程前の事で、その間plentyには別のドラマーがいたりドラムがいない時期があった。当然、流れる曲には彼がいない時期に作られた曲があった。けれどそれらを演奏する中でも、彼は確かに「中村一太」として存在していたのだ。それは塗り替えるではなく、歴史に敬意を払いながら、それでも自分としてのフィルインを刻んだ。息を渇らしながら、必死で自分として叩き続ける彼の姿が力強く心に残った。最後に去ろうとする時にも、客席に向かって両手を合わせて礼をした。彼はどの曲でも確かにplenty として存在していたのだ。
 言葉だけでも残すと歌った彼らは、やがて言葉は救いじゃないと歌った。過去の自分達に対しての別れでもあるのかもしれない。それでも終わりの先にはまだ蒼き日々が続いていく。何処へ向かうかなんていうのは誰にも分からない。彼らは「手紙」を残して、舞台を去った。

 「メンバー紹介しまーす。ONドラムス、中村一太!ONベース、ニッチ!」

 力尽きている筈だった。が、力は抜かなかった。何曲も全力で歌った後、再び舞台に現れても、沢山の曲を歌った。全てがplentyの愛であると感じた。息を乱しても、一瞬よろけても、ベースはチューニングをした。ボーカルは水をがぶがぶと飲んだ。ドラムは息を整えながらカウントした。そうして彼らが演奏したのは、私が初めてplentyに出会った「枠」だった。一層の熱を帯びていた様に思う。そして終始彼らが楽しそうだった。一生忘れないだろう光景だ。
 
「結構良い曲あるでしょ(笑)」

なんて笑ってみせたが、本当は全てにおいて自分としての正しさや思いを歌ったのだという自信が見えた。言葉は救いじゃないとしても、結果として私はplentyの音楽に心を動かされた。江沼の書く詞が、私の心を支えた。彼らの姿に強い意思を感じ、また少し嫌気が差していた現実に対して向き合う力を貰った。これは単なる消費の為ではないと思った。plentyという一つの正義が、間違いだと思う事に関しては徹底的に抗うのが良いのだと、自身で体現したのだろう。そしてそれに心を動かされた人にもそうであれと、投げかけたのだろう。楽しい事ばかりじゃなくても、全てに絶望しそうになっても、希望はあった方がいい。諦めに思える言葉はそれでも真っ直ぐに正しさを持っている。それで良い。
 彼らがこれからどうするかは誰にも分からない。けれど私も彼らと同様に前向きな気持ちでいる。きっとこれで終わる筈はない気がする。私自身も蒼き日の自分に別れを告げる必要があった。それでも蒼き日々は続く。闘っていかなければ、抗っていかなければいかないのだ。最後の最後に、もっと好きになってしまった。最後の最後で、終わらないで欲しいと思ってしまった。「蒼き日々」は、本当に清々しいエンディングで、江沼は笑っていた。これが本当に最後のさよならだった。何だか、晴れやかな気持ちで彼らの去る姿を見送った。何度も涙が流れそうになったが、最後は笑顔で見送った。
 仕事の後から三時間立ちっぱなしで自分自身も疲れ果て、帰宅すると直ぐに眠りにつき、案外八時間ちょうど眠って目覚めた事に驚きつつ、散々ツイッターに感想やら思いを書いたにもかかわらず、

ああ、plenty解散するのか

なんて思ってしまうのは、やはりどんなに前向きに見送った後でも寂しさは無くならないからだ。

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