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二時間だけでいいんです

椎名林檎が見た東京で、いま私は生きている

 北関東の中途半端な田舎で育った私にとって、東京は少なからずキラキラした憧れの街だった。1時間に2本のローカル線に乗って15分、ちょっと大きな駅で乗り換えて、およそ80分で上野に着く。そこから山手線だ。地下鉄は怖いから使わなかった。

 10代、つまり女の子が一番元気で無力で傲慢だった頃、あか抜けた子たちは渋谷や原宿、表参道なんかへ遊びに行っていた。私は華やかな場で自分を飾って歩く勇気などない、キラキラした東京を目指すこともなければ、地元に愛着を感じることもできない地味な小娘。彼女たちの美しさに卑屈に肩をすぼめながら、それでも一人前に傲慢さだけは保っているような田舎者だった。

 いま、私にとっての東京は、生活の場所だ。仕事を求めて流れ着き、すっかり居心地が良くなってしまった。相互監視のない優しい無関心で、たくさんの人がゆるやかにつながる、懐の深い多様性の街。そして何よりも、子どもたちにとっての故郷だ。

 打ち合わせで、取材で、営業活動で、接待で、あの頃ドラマで見た場所に出入りする。インターコンチネンタルで来日したCEOに挨拶して、マンダリンの宴会場で開催される発表会に行って(照明によく映えるから金ニブの万年筆を持っていく)、帝国ホテル大広間のパーティーに参加する。ときにはラウンジで急ぎの仕事を片付ける。高級なものの良さを知った舌で1杯1000円のコーヒーを飲みながら「こんな感じなのかなあ」と、ちょっと首をかしげている。

 私はこの場にふさわしくない存在になっていないか。あの頃まぶしく感じていた場所にちゃんと立てているか。派手浮きも地味浮きもせず、ひとやま幾らのビジネスパーソンとして、しっくりこの場に馴染めているだろうか。……東京の生活って、こういう感じで良いのだろうか。

 自分が生活している街としての東京と、仕事で出入りする華やかな東京。そしてあの頃まぶしく憧れていた東京がそれぞれバラバラだ。

 新丸ビルの中をお散歩する保育園児の集団。土のない環境で育つ子どもにびっくりしながら、そういえば自分もずいぶん長いこと生活で土に触っていないことに気付く。上階のハイブランドショップに並ぶ商品には、あの保育士さんの月給並みの値札がついている。

 「そういうものだから」で片付けるにはどうにも大きな違和感を抱えながら、多様で懐が深く、チャンスも罠も多い「東京」で私は生きている。

 そんな、東京に馴染む田舎者には、椎名林檎の歌う東京の風景が、とてもしっくりくる。

 椎名林檎の歌う「東京」は、どこまでも外から見た東京なのではないか、と思うことがある。東京で生まれ育った人にとって、地元のランドマークはきっと「新宿」「丸の内」「表参道」ではないのだろう。でもこれは、まさに私の見ている東京の姿だ。

 凡才に勝手にシンパシーを感じさせるのが、天才の天才たるゆえんだ。私も凡人としての例にもれず、椎名林檎の歌う東京に「椎名林檎も東京をこう見ているのだ」と勝手に支えられていた。

 そんなとき、次の仕事場に向けて運転している最中のカーラジオから流れた曲があった
 

「忙しいからこそ たまに 息抜きしましょうよ いっそ派手に」
「朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ」
「足りないくらいでいいんです 楽しみは少しずつ」
「お伽話の続きなんて誰も聞きたくない」
 

 椎名林檎と宇多田ヒカル、自分自身と周囲が評価する像が乖離する時期を経た2人の天才が歌った「二時間だけのバカンス」だ。

 運転しながらもろもろに泣いた。生活と、仕事と、「あたし」はいつもバラバラで、道なんてその気になれば簡単に踏み外してしまえる。大人で、社会人で、妻で、母親で、フリーランスで、女。たくさんの属性を慌ただしく行き来する「あたし」を、まるごと「朝昼晩とがんばる私たち」として、2時間だけ逃げてくれた。彼女たちの歌うエスケープは、私の心も救ってくれた。

 彼女たちも、この東京で生活しているのだ。

 泣きすぎて化粧が流れ去ってしまったので、駐車場で直して仕事に行った。年商2億ドルの経営者にインタビューする仕事で、報酬は、このくらいの案件を月に3件受ければ、住宅ローンが払える程度だ。

 インタビューが終われば、保育園のお迎えまでちょうど2時間ほどあった。一瞬「このまま車を飛ばして渚に行けないだろうか」と思ったけれど、すぐに「無理だよな」と考えを改めた。片道45分で着けるいい感じの渚なんてないし、万が一渋滞にでも巻き込まれたらお迎えの時間を過ぎてしまう。

 だからこの2時間は、「逃げていいけれど、逃げない2時間」になった。足りないくらいで良いんです、欲張りは身を滅ぼすから。

 あの頃、日本のJKを体現していたあのキレイな子たちは、いまどうしているのだろう。東京の華やかさを存分に引き立てていたあの子たちは、いま東京をどう見ているのだろう。

 そんなことを思いながら、コンビニで買った100円のコーヒーを飲んで、愛しい我が子のお迎えに向かった。

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