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The SUN & MOON

『浪漫と算盤』に見る、椎名林檎と宇多田ヒカルの唯ならぬ関係について

椎名林檎と宇多田ヒカル。
所謂EMIガールズとも呼ばれる日本のポップス界を支える女神とも称えるべき両者の才能は、前者を闇、後者を光として長きに渡り対極の図式として語られてきた。
しかし結論から述べると、『浪漫と算盤』のミュージックビデオにて提示された両者の様相はそのこれまでの図式を覆すものである事に、私は大いなる衝撃を受けたのである。

アルバム『三毒史』のインタビュー時にも、椎名林檎は宇多田ヒカルが陽であり自身が陰となる存在であると語っている。その言葉どおり『三毒史』は彼女のダークサイドを押し出した作品となった訳であるが、この『浪漫と算盤』が発表された結果としてすでにこの作品は過去の物とされており、同時に活動20周年の総括という名義であるはずの『ニュートンの林檎』が歴とした彼女の行く末を暗示するオリジナルアルバム足り得る作品となってしまっているのである。誰だ大人の事情によるベスト盤だとかほざいていたのは。我々が想像する以上に恐ろしい速度で椎名林檎嬢はその歩みを進めている。

最もその要素を如実に表しているのが、『浪漫と算盤』の映像内で両者の着用している衣装である。多くの従者や踊り子を従え、さながら神々の遊戯のように箱庭の中でテトリスと思しきゲームに興じる2人。これまでの両者の図式にのっとるのであれば、この時椎名林檎が黒、宇多田ヒカルが白を着用すべき筈なのだが、実際に着用している衣装は反転しており、光と闇のアイデンティティが交錯したものとなっている。まるで2人による光と闇の治世は一度終わりを迎え、役割を入れ替えた2人による新たな時代が始まるかのように。

事実、8年振りの復帰作となった宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』は、彼女が元来持つポップさや輝きに加え、我が子の誕生や母親の死から影響されたであろう一人の人間としての魂が吹き込まれた作品となっている。それは喩えるのであればこれまでの光を内包しながらより人の心の奥深く、深淵へと沈み込んで密度の濃い陰影を編み出していくかのような、そんな彼女の新たな一面が反映されたが故のものだろう。このアルバムリリース後のツアーのタイトルともなった『Laghter in the Dark』からも、彼女の新たな一面となった光を内包する闇や影といった陰の要素を感じ取ることができる。

一方その間に、宇多田ヒカル不在による日本ポップス界の陽の穴を埋めるべく『日出処』を制作し、彼女の復活を機に再び闇を全うすべく『三毒史』を世に送り出した椎名林檎であったが、自ずと復活後の宇多田ヒカルの中に新たな境地を感じ取ることがあったのではないだろうか。それが意識的なものか無意識下のものかは別として。また彼女自身、これまでに比べハイペースな多くのシンガーとの共作や2020年東京オリンピックの演出メンバーへの抜擢など、よりポピュラーで世間的な役割への任命や他者との交わりも影響し、こちらは先程の喩えを踏襲するのであれば闇を内包する光といった新たな陽の要素を形成するに至ったのではないだろうか。

結果、図らずしも両者の社会的図式は20年の歳月を機に徐々に入れ替わりをみせようとしているのかもしれない。『浪漫と算盤』のこの映像はその序章として、光陰渾然一体となった2人の姿を映し出すことに成功したのではないだろうか。
同時に、この楽曲を収録する『ニュートンの林檎』というベスト盤は過去の彼女の功績を振り返る音源ではなく、20年という歳月を経た後に新たに椎名林檎が我々に魅せる新世界の幕開けを報せる祝砲となり得る音源となったように思う。

闇があるからこそ光は輝き、光が輝くからこそ闇は一層その深さを増す。月が太陽の光を受けて、よりその煌きを増すかの如く。
世界万物の規律である陰陽の理の如く結ばれた椎名林檎と宇多田ヒカル。両者の唯ならぬ関係がよりアップグレードされた『浪漫と算盤』を以て、2人の治世は新章へと突入しようとしている。

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