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平沢進は「肉体派」だ

フジロックでの平沢進を観て

 優れたロックミュージックは、知性と肉体性のバランスが絶妙である、というのが僕の持論である。では、この場合の「知性」「肉体性」とは一体何を指すものか。今回は「肉体性」について語ろうと思う。
 その言葉が示すとおり、そして読者の皆さんが思い浮かべるように、身体を使って表現されたものが「肉体性」なのだろう。それでは「知性」はどうだろう。例えば歌の歌詞。これは、脳で考えて産み出された言葉なのだから身体を使っていると言えば「肉体性」だ。しかし、言葉は抽象度が高い。ロックミュージックの場合、言葉のように抽象度の高いものを引いたものを「肉体性」と定義することにしよう。多分一番に思い浮かべるのは、ライブだろう。僕もそうだ。ステージアクション、シャウト、コール&レスポンスなどが容易に想像できる。
 そこで、平沢進である。テクノの帝王である。かつて「非人間的で何が悪い。」とトークショウで宣った人だ。そんな人にも「肉体性」は宿っているのだろうか。僕は、彼のことをかなり「肉体派」だと思っている。言い換えれば「サービス精神が旺盛な人」。「非人間的」発言の前に彼は、こうも言っている。「僕は他のテクノとは違う優位性がある。それは声だ。」と。まさしく声は肉体そのものではないか。そうすると平沢発言に1つの疑問が浮かんでくる。それは、「声に優劣があるのか。」というものだ。それに対して僕は、確信していることがある。それは、「歌う動機の強い人の声はそうでない人の声より優れている。」だ。勿論人によって聴こえ方は違うだろうが、ジム・モリソン、ジョン・レノン、遠藤ミチロウなどの声は多くの人を引きつける声だ、と断言できるのではないだろうか。では、平沢の声はどうだろう。99%は、澄んだ綺麗な声だ。主観的だが素晴らしい声としかいいようがない。残り1%は、シャウトだ。このほんの時たま訪れるシャウトも魅力の1つである。これで1つ答えが出た。平沢進の持つ「肉体性」の1つは、本人も言う通り「声」である。
 2つ目は何か。それは、ステージでのアクションである。平沢が?と思う人もいると思うが、フジロックの「夢み
る機械」で見せたアクションはまさに、今の平沢進の最新ステージアクションである。ギタリストを上下に動かす仕草をして、お客さんに対してもその動作をして一緒に動くことを要求している。客に要求することは今までのインタラクティヴライブでもあった。それは声を出すことであったり、何かを動かしたりするときであったが、今回のように「普通の」動きを客に要求したことは初めてなのではないだろうか。これまで平沢はギターソロでの「デストロイギター」と呼ばれるものや、様々な楽器を使うこと、マイクパフォーマンスで肉体性を表現してきた。それらは、少しずつ平沢が獲得していったものである。いや、あの平沢進のことだからすべて計算ずくでやっているのだろう。フジロックだからこんな事をしたのかどうかは、これからのライブを観るしかないが、平沢の肉体性は年々その度合いを高めている。2つ目の「肉体性」は進化し続ける「ステージパフォーマンス」である。
 3つ目はあるのか?あります。それは、MCです。MCは言葉じゃないかと言われそうだが、平沢のライブの場合は特別である。特にDVDの場合は。どういうことかと言うと、平沢はライブの時、一切MCをしない。ライブが終わった後、客と遊ぶというか、「うるさい。」「とっとと帰りなさい。」等、客が狂喜するようなことを言ってライブは終わる。DVDでは、その模様は永らく封印されていた。ところがある時から本編が終わってその後の客とのやり取りまで収録されるようになったのだ。このMCは明らかに平沢が確信犯的に行っているものだ。今まで機械のようにライブを行っていた平沢が、最後に人間的になる、という意味において僕はこれは、「肉体性」だと思っている。僕はスタッフがずっと「これも入れましょうよ。」と言っていたのをやっと受け入れたのだと思っているが、この決断をしてから、どんどん前述のパフォーマンスが産まれてきたように思われる。
 とにかく、フジロック、平沢進「夢みる機械」でのあの手を挙げるポーズ(♪エントロピー・・・♪)を1回観てよ、格好いいから。クラクラするほど格好いいからという言葉で平沢進「肉体派」説を終わる。

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