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The SALOVERSというバンドがいた

私の青春の栞

私が始めてライブハウスに行ったのは、The SALOVERSというバンドの初ワンマンツアーのファイナル公演だった。

私は中学2年生で、心配だからついていくと聞かない母親と二人で電車を乗り継ぎ1時間半かけて渋谷クアトロに行った。

ずっとイヤホン越しに聞いていた音楽、画面の中でしか見たことのなかったメンバーを生で見てすごく興奮した。

照明がまぶしくて、音はうるさくて、周りにいる人はみんな楽しそうにステージを見ていて、汗だくになりながら音楽を奏でるメンバーはみんなカッコよくて。。

私はこの日の感情を一生忘れない。

バンドが好きな友達なんて1人もいながった中学生時代。
サブカル女子を拗らせていた私は人とは違う感性を持っているなどと今思い返せば恥ずかしいことを考えていて、友達も少なかった。
クラスには上手く馴染めず、休み時間は自分の席で本を読むかこっそり音楽を聴いて過ごしていた。

部活にも居場所はなく、吹奏楽部で最も変人が集まる低音パートでひっそりと過ごしていた。

何も楽しくなかった。

学校にも行きたくなかった。

登校するのも一人。
クラスでも一人。
部活でも一人。

寂しかった。つまらなかった。

そんな私がついに居場所を見つけた、とサラバーズのライブを見て思えた。

それからお小遣い3000円を貯めてはライブのチケットを買い、1時間半かけて東京に行き、ライブを見た。

それだけが私の楽しみで生きる喜びになった。

ライブのチケットを買った後は決まって学校の机に、サラバーズのライブまで残り〇日!!と落書きしてその日を待ち望んだ。

ライブの当日は何度もチケットを持ったか確認して、一人で行く東京にビビりながらも胸はいっぱいだった。
 

時は経ち、高校生になった私はいわゆる高校デビューをして友達ができた。

クラスでは休み時間になると話す友達ができて、軽音部で気の合う奴らとバンドを組んだ。

私の生き甲斐はサラバーズではなく自分自身の生活になった。

あんなに好きだったのにライブをみても何も感じなくなった。

尖れるだけ尖った今にも暴れだしそうなエネルギッシュなライブは、惰性で行われてる演奏会のように見えた。

(これは後日公開されたインタビューの内容だが、ちょうどその時まさにメンバーたちもそう思っていたらしい)

私はサラバーズのライブに行かなくなった。
行く必要がなくなってしまった。

そして2015年3月25日に解散(無期限休止)することが発表された。
私は高校2年生を終えようとしていた。

行くか悩んだ。
ずっとライブには行ってなかったし、CDも買ってすらなかった。

私よりもサラバーズが好きな人が行くべきなのでは、と思ったが結局行った。

あの眩しい照明と爆音とステージで暴れまわる4人を最後にもう一度見たかった。

チケットは即完売して買えなかったが、ツイッターで仲良くしていた人が譲ってくれることになった。

もう机に落書きはしなかったが心の中でカウントダウンをした。

そして迎えたその日。
また私は渋谷クアトロにいた。

初めてサラバーズを見たのと同じ場所にいた。

違うのは一緒にいるのが母親ではなく、ツイッターで仲良くなった人といること。
チケットはお小遣いではなくバイト代で支払ったこと。
もうサラバーズが生きる喜びではなくなったこと。

ライブは最高にかっこよかった。
何でもっといっぱいライブ見なかったのかと後悔した。
沢山泣いた。
ライブは惰性で行われていなく、昔見た汗だくでステージを暴れまわるエネルギー溢れる彼らだった。
ただ昔とは違って尖れるだけ尖っていた彼らはもういなくて、少し大人になったように見えた。

そうして彼らは本に栞をはさむようにThe SALOVERSというバンドを終えた。

幼馴染で結成されたバンドが青春を駆け抜けていった一部始終を目撃した。

私の青春は彼らとともに過ごした。

またいつの日か、栞を手繰って本を再び開く日を心待ちにしている。

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