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魔法のような夜から続く今日を生きる

BUMP OF CHICKEN aurora ark ツアーファイナル 東京ドーム

キラキラと眩しく
このままずっとこの空間にいたい
魔法のような2日間の夜。
 
 

BUMP OF CHICKENの音楽に元気と勇気と希望を。
支えてもらい、背中を押してもらう。
彼らの音楽で笑顔になることも、その時々の様々な心情で涙を流すことも。

“彼らの音楽に支えてもらって生きている”
といっては大袈裟かもしれないけれど、それくらい大きい存在に感じているリスナーはきっと多いと、この音楽文を読んでいて思う。
私もその1人だ。
 
 

突然で、そして恥ずかしい話だけれど、この場所であるから本音で話せること。
 

─私には友達が少ない─
 

親の仕事の関係で、幼い頃から引越しが多かった。
幼稚園から中学校卒業まで数えたら13回転校を経験している。
短くて半年、長くて2年といったところ。

何回経験しても転入生の挨拶は慣れなかった。
ドラマなどでよく観る、教室の前から入って自己紹介をする。

その土地によって反応も様々で、すぐに仲間に入れてくれて打ち解けられる、すぐに毎日が楽しいところもあれば、子供ながらによそ者を受けつけてもらえず輪に入れずに1人ぼっちのところだってあった。

友達ができて毎日楽しい、そんな楽しい場所ほどすぐに引越しが決まったりするもので。

“離れてもずっと友達だよ!”
“ずっと親友でいようね!”
 

何度この言葉を耳にし、言葉を交わしただろうか。
 

私の中学校時代はまだ携帯電話を持っている人は半々で、私も持っていない中に入ったので、連絡を取り合うといったら家の固定電話やFAXと手紙のやり取りであった。

初めはやり取りをするんだけれど、やっぱり長くは続かないもの。
 

子供ながらにそんな人間関係に疲れたり、1人だっていいや!なんて思ってしまって、初めは高校に進学しないことも考えていた。
でもやっぱり漫画やドラマで見る高校生活に憧れて高校進学を決めたが、専門的な勉強をしたかったこともあって女子が少ない学校なうえ、気の合う友達もできずに高校時代を過ごした。
 

大学に進学して、今度こそ本当の友達と出会いたいと願った。
願いは叶って、大学に入学してすぐに友達ができた。数人のグループで授業も放課後も、家に帰っても電話で話したりメールしたり、予定が合えば休みの日も、長期休みには旅行に出かけたりといつも一緒にいた。
 

ただただ楽しかった。
小さい頃から転校を繰り返して、高校生活も普通の女子高生とは少し違った環境にいた私は、
“あぁ やっと普通の生活だ。
これが願って憧れていた生活だ”
と毎日が充実していた。
 
 

しかし、大学4年の卒業を目前に控えた時期にちょっとしたトラブルがあって、私はグループから外された。
 

本当にちょっとしたことだったんだ。
私だってどうにかしたかったけど、私ではどうしようもできないことだったんだ。
 

唯一いる中学からの友達に相談したら「理由が理由なんだから、しょうがないよ。ちゃんと話せばわかってくれるよ、大丈夫」と言ってくれて大丈夫だと思っていた。
けれど、大丈夫じゃなかった。
 

学生最後の卒業式。
せっかくの晴れの日なのに、ストレスで顔は肌荒れでボロボロ。眠れなくて腫れぼったい目。
4年間毎日のように一緒にいて友達…だと思っていたけれど、目も合わせない、話もしない、もちろん写真だって撮らない。
同じ輪の中にいるけれど、まるでそこに私がいない、存在していないような、ただただ辛い時間を過ごした。

なんでこうなってしまったんだろう。
あんなに楽しかったのに。

卒業式を境に連絡は一切取らなくなった。
 
 

会社に入社し、同期もできた。
先輩にも恵まれた。
数年経過し後輩にも恵まれた。

それから転職をしてもお陰様で人間関係には恵まれた環境で過ごせることが多い。
 

でもやっぱり、深い付き合いまでに至ることがなくて、友達ってどうやったらできるんだろう…と30歳も過ぎた大人がふと考えてしまう。
 

学生時代なんて随分前の話なので思い出すことは最近なかったのだが、10月9日にチャマが誕生日を迎え、InstagramとTwitterにメンバー3人からのプレゼントとメッセージカードの写真がupされていた。

“ズッ友”

この文字を見ただけで自然と涙が出た。
 

“ずっと友達”
言葉や文字にするのは簡単だけれど、実際には簡単なことではないことを知っている。
 

BUMP OF CHICKENの”ズッ友”は本物だ。
 

そしてその光景を見て、会話を耳にしているとこちらまで幸せな気持ちになる。

それを目に耳にできるのは、ライブや毎週のラジオや公式のInstagramやTwitterでしかないが、大きな会場を超満員にし、チケット入手も困難なバンドだが、いつまでも謙虚で少年達がそのまま大きくなったような、中学・高校時代こんな男子いたなと思わせる存在だ。

今回の東京ドームでは4人の絆の強さをさらに強く感じた。
 

そばにいることを選んで
今そばにいるなら
どこだっていいんだ

赤い星並べて
どこまでも行こうぜ
【リボン】
 

極めつけは11/4のファイナル最終日のアンコールでの藤くんの言葉だ。
アンコール後さらに曲を披露してくれることになり、
「バンドのカッコイイところ見せてやろうか?」から静かに演奏が始まった。
袖に下がったメンバーも1人2人3人と加わっていき音が重なっていく。
間奏中に「俺のバンドカッコイイだろ?」と誇らしげに話してくれたことが、とても眩しかった。

純粋に心からメンバーを尊敬し信頼し愛していることが、大切に思っていることが言葉以上に4人の表情から強く伝わってくるものがあった。
 
 
 

今さら考えてもしょうがないけれど、幼なじみとか地元の友達と呼べる存在が羨ましい。
 

大人になってから友達を作るのは難しいと聞くけど、ふとした時に寂しくなる。
自分だけ孤立しているような、ひとりぼっちだと感じてしまう。
 

これで仕事が順調だったりしたら気分も紛れるけど、仕事にもつまづいてる現状だ。
 

“何やってるんだろう”
“こんなはずじゃなかったのに”
“このままで大丈夫なのかな”

このままじゃいけない、どうにかしなきゃいけないのはわかっているけど、結果に繋がっていかない。

ここ数年の私はずっとこんな感じだ。
 
 
 

私がこのファイナルのチケットを手にすることができたのは10月の中旬のことだった。

アルバム先行から始まり、ことごとく様々な抽選に外れ続け、半ばもう無理かもしれない…と焦り諦めそうになりながらも、今回のツアーから導入されたリセールシステムのおかげで粘りの末やっと手にすることができたチケットだった。
幸運にも2日間のチケットを手にすることができた。

以前、藤くんが「何万人というお客さんがいても1対1の気持ちで歌っている」「大きな会場でも端まで届く気持ちで歌っている」という記事を読んだことがある。

チケットを手にすることができたことに感謝し、どこの席であっても会場に入れること自体が幸せだ。

十分に分かっているはずなのに、欲張りになってしまう自分がいる。
 

チケット発券日となり、緊張と期待をしながらチケットを確認した。それぞれ一塁側と三塁側の2階席であり、遠いな…と少し落ち込んでしまった自分がいた。
 
 

11/3ライブ当日。

実際に席に到着し、やっぱり高いな…ステージに遠いな…近い人が羨ましいなと思った。
 

しかし実際にライブが始まると、目の前でオーロラをイメージさせる光の演出、様々な色に光り続けるPIXMOBの美しさに圧倒された。今回のツアーには、メットライフドームと京セラドームに参戦しているが、下から見た景色と上から見る景色は全くの別物だった。
 

そして何より藤くんの歌声が、BUMP OF CHICKENが鳴らす音の1つ1つが私自身を包み込んでくれた。

スクリーンを見れば、感極まり今にも泣いてしまいそうな表情で、時には言葉を詰まらせながらも藤くんは全力の力で歌い言葉を届けてくれている。

一つ一つの音を言葉を聴き逃さないよう全力で彼らの音楽に耳を傾けていた。
 

光の演出や映像の美しさ、好きな場面はたくさんあるけれど、特に大好きな場面がある。
 

東京ドームファイナルからの演出で、rayのラストサビ前
“生きるのは最高だ”
音に合わせてスクリーンに大きく映し出される瞬間だ。
 

「楽しい気分の人も、毎日が辛いという人もそのままの気持ちでいいので聴いてください」
とチャマは話してくれるが、東京ドームという何万人の中には様々な悩みだったり事情を抱えている人が参戦していただろう。
みんながみんなHAPPYな人ばかりではないはずだ。

生きていれば色んなことがあるけれど、負けるな!頑張れ!
生きるのは最高なんだよ!と強いメッセージを感じることができたし、彼らからエールをもらえた気がした。
 
 

1日目のラストに藤くんは、
「今回は大小混ぜた会場でツアーをまわってきた。今日の東京ドームはもちろん大きい方。見渡せば大勢の人がいる。俺とお前だけじゃない大勢いる。だけど、どんなに大勢の人がいても、どんなに俺とお前の距離が離れていようとも、お前が俺たちの音を見つけてくれたように俺はお前を見つけにきた。お前に会いに来た。俺たちの音楽はそばにいる。」と話してくれた。
 

比較的涙もろい体質なのだが、ここまでライブで泣いたのは初めてかもしれない。
呼吸がうまくできずに苦しくなるほど泣いてしまった。それほど涙が止まらなかった。
 

ライブ参戦前に、遠いと嘆いていた自分を見透かされていたようで恥ずかしくなった。
それと同時に距離なんて関係ないことを身をもって感じることができた。
なんでもお見通しだったんだ。
 
 

ファイナル最終日は1日目よりも少し上に上がったところからの参戦だった。
 

藤くんは
「東京ドーム広いか?
そうでもねぇよな?
俺とお前すげぇ近くに感じるよ。
俺の歌もさ、お前の近くにいるよな?」

と話してくれたが、本当にその通りだった。
物理的には、ステージと2階席(正確には4階席)はとても離れていて、その間にはたくさんの人がいて機材もあって障害物がたくさんある。すぐに行ける距離では決してない。
肉眼で見ると小さくて表情を読み取ることなんて不可能だ。

それなのに、すぐ隣から藤くんの声を、BUMP OF CHICKENを感じることができるんだ。
 

楽しい時間はあっという間で。

日々感じている焦りや、自分ではどうにもできないモヤモヤがきれいに剥がされているような感覚だ。身体も軽い。
 

あぁ終わってしまう。
また日常に戻ってしまう。
 

けれども藤くんはこう話してくれた。
「魔法のような夜だった。でも魔法じゃねぇんだ。俺とお前が音楽を真ん中にして目印にして、待ち合わせをして、それが上手くいって会うことができた。それだけの普通の日なんだ。明日は今日の続きで、一生今日の続きなんだよ」

「今日お前が歌った歌は時間と距離を飛び越えて未来のお前自身に向かっていくんだと思うよ。未来っていうのは何が起こるかわからないから、もう辛い、苦しい、しんどい、そんなふうにね、思うことがあるかもしれない。これから先、お前の未来がどんなものであろうと、どこにいようと、俺の歌はお前を絶対に独りにはしねぇから。気づいてもらえないかもしれないけど、そばにいるから。」

「綺麗事に聞こえるかもしれない。だけど、ちゃんと根拠があるんだ。世の中にたくさんの音楽がある中から俺たちを見つけてくれた。ものすごく大きな数の分母の1にしてくれた。音楽を生業にしている俺たちにとってすごく幸せなことなんだ。俺の歌は絶対にお前を見つける。お前のそばにいるから。気づいてくれなくても勝手に。」
 

最後に
「また音楽作ってお前らと会う口実つくるからな」

「アイラブユーだぜ!
宇宙のどこに行ったって抱きしめてやるからな!」
 
 
 

あぁ、わたし独りじゃないんだ。
今までだって辛い時、しんどい時そばにいてくれた。
励ましてもらった。
勇気をもらった。
前に進む力をくれた。
これからだって、どこにいようともそばにいてくれる。
寂しくなんてないんだ。
また次に会える約束だってある。
 

今まではライブが終わっていつもの日常に戻ると、
“あぁ これが現実だ。現実に戻ってしまった”
と思っていた。

でも11/4のファイナルを終え、魔法のようで魔法ではない、あの夜の続きを生きているのだと思うと、寂しいけど寂しくない。
 
 
 

けれど私自身もこのままではいけない。
次に彼らと待ち合わせする時には、もう少し自信を持って会えるように。
BUMP OF CHICKENの音楽をお守りにして。

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