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ポラリスをなくしても

HITORI-ESCAPE TOUR 2020、ヒトリエのあなたに寄せて

情けないけれど、救われていたんだと思う。
現実逃避Pと名乗っていたモノクロとグレーのサムネイルをぼんやりと眺めて、二次創作の絵を描いていた頃からだったかもしれない。上京してしばらく、ヒトリエという名前でメジャーな活動を始めた人がイコールで一致した時に初めてライブに足を運んだ頃からだったかもしれない。いずれにせよ、情けないけれど、悔しいけれど、どうしようもなく悲しいけれど、音楽に救われる、ということは恐らくあるんだと思う。
 

“私の右手には無数の後悔だけ”
──wowaka(現実逃避P)「グレーゾーンにて。」より
 

ヒトリエとして活動を始める前の、「現実逃避P」としてのwowakaの曲はどれも、存在の証明を求めるかのような切実さを訴えるリリックが特徴的だったように感じる。諦観する一歩手前、のような。カンカンと鳴る踏切の手前スレスレで、一歩踏み出すか踏み出すまいか迷っているような。どちらかと言えば、「見送られる側」としての側面が強かったように個人的には思える。常に死にむかって走り続けているような、刹那的でありながらも感情的で、危うげな14歳の思春期を思い起こさせる歌詞と激しい曲調。カラオケで歌うと息が続かなくて、それがまた「死」を思わせるようでぞくぞくした感覚を覚えていた。

ヒトリエとして活動をはじめてからの歌詞は、そんな「死」の間際の希望を感じさせるような、あいかわらず刹那的で衝動的でありながらも、「生」を感じさせた。息、といってもいいのだろう。たぶん。

リーダーの死、という衝撃から長らくヒトリエの音楽に触れることを避けていた私が会社の有線から流れてきた「センスレス・ワンダー」にボロ泣きをかましてしまった、というだけの感情の掃き溜め。
音楽文に掲載されてしまった、感情をタンスの奥からありったけ引っ張り出したような文字の羅列を恥ずかしく思う頃、私にヒトリエのツアー追加公演の落選の通知が届いた。
正直、ほっとする自分がいたことが何よりも悔しかった。
「これで、行かない理由が出来た。申し込んだんだから、自分はちゃんと行きたいと思えてたんだよかったー」みたいな、くだらない言い訳を手に入れてしまったことにひどく絶望した。

「ヒトリエの追加公演チケット、譲ります」
いや、本当にバカみたいなんだけどね。
その文字を見た時に、思わずDMしてしまった自分がいて、「ああ、なんだ、やっぱり行きたいんじゃん」と自分の斜め45度上くらいで俯瞰してる自分が笑ったような気がした。
 

そして迎えたツアー追加公演当日。11/6、恵比寿LIQUIDROOM。
 

恐ろしく運がないことはこれまでの人生でさんざん予習済みだったので、TwitterのDMでしか知らない相手から本当にチケットをもらえるのか?当日待ちぼうけて終わるんじゃないのか?譲渡予定の相手が現れなかったら、職場近くのいつも行くタイ料理でも食べて帰ろう。そんなマイナスの想定を軽やかに裏切って、今回のツアーのシャツを着た取引相手からチケットを受けとった。その間30秒にも満たなかったけれど、ああ、いるんだ、あるんだ、と思えた。ファンとか、縁とか。

どこか早足でLIQUIDROOMに足を運ぶ。昨日片耳が聞こえなくなったイヤホンからは「ハグレノカラー」が流れていた。

揺れる 歌える 馳せる 聴こえる 染める 染まる 染める 色で 跳ねる 叫ぶ 駆ける 音で 想像して。想像して。想像して。──「ハグレノカラー」より

私は想像していた。たぶん、これが最初で最後だ。3人の“ヒトリエ”は。ぼんやりと、次のライブには足を運ばない自分の姿が浮かんでいた。落胆しないように。悲しまないように。慎重に予防線という想像を張り巡らせていた。
一人で参戦するライブは心許なく、心細い。なんとなく、グッズは身につけなかった。集まる人々の黒いバンドシャツが喪服に見えてしかたなかった。
心臓がうるさかった。思ったより年齢層が若いな、とか、やっぱりグループが多いな、とかぼんやり考えていた。後ろに行くか、前に行くか、悩み続けながらタバコが吸いたいな、でも今ここから動いたらそのまま逃げ帰ってしまいそうだと思ってひたすらにTwitterを眺めていた。

自分の番号が呼ばれて開演を待つ間、聞こえてくる会話がわずらわしくてイヤホンをつけて待っていた。無粋なファンに見えたと思う。

音が流れる。始まる、という空気がLIQUIDROOMを埋める。歓声があがる。3人が舞台にあらわれる。真ん中は、空白のまま。
あの、つんざくようなギターのリフから最初で最後のライブは幕を開けてしまった。

「ヒトリエです、よろしくどうぞ」

会場がわっと歓声とあがる手で埋め尽くされたその光景をやや後方から眺める私すら、そちらの世界に連れてってくれるヒトリエの、ツアー初東京公演が始まった。

そこからは、あっという間だった。のれないんじゃないか。叫べないんじゃないか。そんな不安は途端に消えて、がむしゃらに腕を振ったし、声を張り上げた。あの日、ニコ生でみたシノダと全然違った。もうこれは、シノダが歌う曲だ。そう思えた瞬間がたくさんあった。イガラシは相変わらず激しく踊り狂いながら、無表情で演奏していた。ゆーまおの声が重なる。シノダとよく馴染むものだから、あれ、いつからこのバンドはスリーピースなのだっけ、と思ったりもして。
中央のドラムを頂点にして3人が三角形に向き合うと、真ん中にいるはずの誰かを弔う狼たちの咆哮のようにも聞こえて仕方なかった。

“踊り足りないの 行かないで”“時間はやたら駆け足に 去って 逃げ出して 白い息だけ残して”──「フユノ」より
 

カッコ悪くたっていいよ。声が裏返ったっていい。叫んで、踊って、歌って、いつか死んじゃう時までには、少しでもいいから生命を燃やしたんだという実感を得たい。息をしていたんだという証明がしたい。
真っ白なスポットライトが眩しくて、がむしゃらにかかげる手が何を掴みたいのかも、今は、まだわからないけど。
 

“また一歩足を踏み出して あなたはとても強いから”
──「ポラリス」より
 

まだ自分が強いかどうかなんて言えない。
譲ってもらってやっと手にできたチケットは手汗でよれよれになってしまったし、恵比寿LIQUIDROOMで1人開演を待つ間は不安すぎて意味もなく集まる人やTwitterを眺めてしまうし、悪目立ちするただのユニクロのTシャツは汗だくだし、知らない人と恐ろしいくらいに距離が近くて、心臓の音はうるさくて、ステージはずっと遠くて。リーダー、あなたはどこにもいなくて。

「作詞作曲、wowaka、ヒトリエでした」

汗だくのシノダがそう声を張り上げて、身体の力がどっと抜けた。リーダー。
それでも、あなたの音はここにあって、あなたの生命が燃えた証はここにあることは、確かだったんだね。
忘れられるはずもないけど。忘れられないからこそ、私は私なりに、誰も居ないこの道を、進んでいこうと思えました。
 

“泣き笑い踊り歌う未来の向こう側まで行こう”
──「ポラリス」より
 

ポラリスを失っても、たぶん、進みたい未来はあり続ける。
誰も居ない道を歩くために、次のポラリスを私達は見つけていける。

wowakaさん。リーダー。
私はとても強いので、いつかwowakaさんっていう人がいたなー、と思って、別のバンドを好きになって、ライブにいったりして、いつかヒトリエを聞かなくなってしまうかもしれません。

でも、あなたがくれた感情は確かにここに生きていて、「もう一回」って叫びたくなる気持ちはここにあります。

だから、届かないかもしれないけどこの文章を、私のエゴとして送らせてください。
ありがとうございました。

また、いつか。

もう一回、会えたら。

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