2624 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

ようやく信じることができた私の“aurora ark”

BUMP OF CHICKENが確かにすぐそばにいたあの夜のこと

2019年1月、私は日本から遠く離れたアイスランドという国でオーロラを見た。
初めて肉眼で見たオーロラは想像とは違って、鮮やかな緑や赤ではなかった。
しかし、静まり返った寒空には、圧倒的な存在感でただただ静かにゆらぐオーロラが確かにあった。
私は美しさに感動する前に、畏れを感じた。
一瞬で飲み込まれ、ねじ伏せられるような感覚。
黙って上空のオーロラを見上げ続けることしかできなかった。
カメラ越しに見ると思い描いていたような息を呑む美しさのオーロラが写っていた。

お金と時間(そして時には運)を費やせば行ける場所、見られるものはたくさんあるけれど、行きたい、見たいと思っても事情があってなかなか行動できなかったり、行動しても思うように達成できなかったりする。
そんな中でオーロラを観測することができたのは、そしてそれが想像を優に超えるものだったのは、私にとってなんとも幸運で強烈な出来事だった。
 

3月、BUMP OF CHICKENのニューアルバムの発売とアルバムリリースツアーの開催が発表された。
その後6月に発表されたアルバムのタイトルは「aurora arc」、ツアータイトルは「aurora ark」だった。
 

正直なところ、私にとってBUMP OF CHICKENのライブはかけがえのない宝物のような時間であると同時に、寂しさをひどく感じてしまうものだった。
ツアーが発表されてからずっと楽しみにしていたライブが終わることもだし、何よりも、大きな会場に集まった何万人ものお客さんに埋もれた大勢の中の一人でしかないことを強く感じてしまうのが寂しかった。
目の前にいるはずのBUMP OF CHICKENの4人がすごく遠くに思えてしまい寂しかった。
近年はスタンド席の上の方になることがほとんどで、物理的な距離も相まって余計にそう感じるようになった気もする。
「どんなにたくさんの人がいても、“一人対大勢”ではなくて“一人対一人”がたくさんある」
藤原基央は今までもずっとはっきりとそう言っていたし、それが本気で本当のことだというのは頭では分かっている。信じている。それでも、どうしても感じてしまう寂しさがあった。
おこがましくもそのように感じてしまう自分が恥ずかしいし、自分でもどうかと思う。でもどうしようもなかった。
 

11月4日、aurora arkツアーファイナルの日を迎えた。
例のごとく押し寄せるライブが終わってしまう寂しさは、開演が近づくにつれてどんどん膨れ上がった。ライブが始まるのが寂しくて仕方なかった。始まると必ず終わってしまう。
そんなことを考えているうちにあっという間に開演時間となった。
程なくして会場の照明が落ち、が流れると同時にステージにツアータイトルと美しいオーロラが映し出された。
私はその美しいオーロラを見つめながら、自分がアイスランドで見たオーロラのこと、そしてBUMP OF CHICKENの4人がイエローナイフで見たであろうオーロラのことを考えた。
4人はオーロラを前に何を感じ、何を考えたのだろう。
 

この日のライブ中、藤原基央は何度も、何度も何度も、「お前」に会いに来たのだと口にした。大勢の中の一人ではなく、「お前」という一人の人間に会いに来たと、「お前」を探しに来て、見つけたのだと。
MCで伝えることもあったし、曲の中でその想いが溢れたような歌詞に変わって伝えることもあった。
客席の一人一人を指差しながら(もちろん本当に何万人を相手に一人一人指すことはできないけれど、きっとそういうことだ)、しつこいくらいに何度も繰り返し「お前」に向けて語りかけてきた。

ある曲の間奏中、「東京ドーム広いか?そんなこともねぇだろ!」という叫びにハッとした。
この日の東京ドームはそんなに広くなかった。
5万人も入る会場だからめちゃくちゃ広いのだけれど、そうでもなかった。
こんな感覚は初めてだった。
私の席はこの日もスタンド席の上の方だった。

気が付けば、今までのライブで感じたような距離とそれによる寂しさは、全くなかった。
4人を近くに感じたし、私は藤原基央にとっての「お前」だった。
思い込みではなく、自分に言い聞かせているわけでもなく、ただ事実としてそうだった。
あの夜、BUMP OF CHICKENは誰一人として置いて行かなかった。
 

アンコール後に藤くんが「魔法みたいな夜だね」と口にした。
そう、この日のライブは、あの空間は、魔法のようだった。
魔法のような出来事がたくさん起こった。
しかし藤くんは「でも魔法じゃない、普通の日なんだよ。俺とお前が音楽を真ん中にして待ち合わせして、それがうまくいっただけの普通の日」と続けた。
「明日も、ずっと先の未来も、死ぬまで“今日”の続きだから」
ああそうか、今までのすべてが“今日”につながっていたし、明日からはずっと“今日”の続きなのか。
ライブが、ツアーが終わってしまう寂しさはもちろんあるけれど、この“今日”があるなら明日からの毎日も大丈夫だと妙に納得した。
 

ライブ終了後、呆然とした頭の中を“今日”の出来事が巡っていた。
私はここを目指していたんだな。
そんな気がした。
この日の夜が、私にとっての“aurora ark”だったのだと思う。
強く憧れ、望んでいたもの。
存在を信じているけれど、本当の意味では信じられなかったもの。
少年が憧れた、空飛ぶ船。

ようやく、ようやく心の底から信じることができた。
 

きっとあの空間にいた全員が、あの日のBUMP OF CHICKENの音楽を、藤原基央の言葉を糧にして、お守りにして、それぞれの生活を歩んでいくのだろう。
“魔法みたいな夜”の続きを生きていくのだろう。
 

あの空間を創り上げる一人になれたことを、幸運に、そして誇りに思う。
BUMP OF CHICKENとスタッフの皆様、そしてあの夜を共有したすべての方に心からの感謝を捧げる。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい