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わたしがきこえるのは

BUMP OF CHICKENとBUMP OF CHICKENを愛するわたしを抱きしめたい

あなたが放つ音符の一音一音を逃さず受けとりたいと願うのは、贅沢でしょうか。
あなたが呟くことばのひとつひとつを正確につかみとりたいと望むのは、傲慢でしょうか。
それらをすべて叶えるためにきこえるようになりたいと祈るのは、どうしようもないわがままでしょうか。
それでも、それでも、と欲がどうしても次々に湧いて出てくるのは、生きたいからでしょうか。
 

令和元年11月4日月曜日。爽やかな青空が広がり、心地の良い風が頬を撫でる。日なたでは少し汗ばむほど暖かく、日かげではひんやりとした涼を味わえる。腕時計の時刻が2時より前を指す頃、わたしは地下鉄丸ノ内線に乗って後楽園駅を降り、東京ドームを目指していた。「BUMP OF CHICKEN TOUR 2019 aurora ark final」東京ドーム公演のためだ。
 

ドームの隣には遊園地があり、度々ジェットコースターの機体の轟音と共に乗員の絶叫がきこえてくる。わたしの胸の高鳴りと気分の高揚がそのまま可視化されたかのように感じ、思わず笑ってしまう。わたしはわたしが思っているよりもずっと、今日という日を待ちわびていたようだ。
 

少し暑く感じるため友人が来るまでの間、影になっているチケット売り場の建物裏で待つことにする。ひんやりとした温度感と薄暗さが、今日が終わる頃のさびしさと切なさの種をわたしのこころに植え付ける。普段からジェットコースターのように感情の起伏が激しいと認識してはいるが、今日は特にその傾向がつよい。
 

友人と合流し、グッズを買い、開場まで雑談する。こんな風にわたしと会ってくれる友人がいることに、いつも不思議な感覚を覚える。わたしだったらわたしと一緒にいたくない、と思ってしまうからだ。だからできるだけつまらない思いや不快な気持ちを抱かせたくないなと思うけれど、いつも選ぶことばや話す話題、表情や態度ありとあらゆるすべてを間違えている気がして、ひとつひとつ言動を放つたび後悔ばかりしている。そう思ったり自分を卑下したりするのは、わたしのライブの誘いに喜んで乗ってくれた友人に対し不誠実だからやめよう、と思いつつも、癖になって中々抜けない。そもそも喜んで乗ってくれたのかどうかも定かじゃないけれど。
 

開場時間からおよそ30分後に入場し、お手洗いを済ませ、自分たちの席に移動する。穏やかだったわたしの鼓動を一気にはやらせるほど、会場内は既に熱気で満ちていた。これから始まる魔法のような時間に期待が一気に高まり、同時に忘れかけていた終わりを思うさびしさと切なさが、大きな木となってぐんと育つ。
 

わたしは、生まれつき両耳がきこえない。左耳のみ補聴器を装用しているので、普段ひとと会話をするときや音楽を聴くときは、補聴器を通して音や声を受けとっている。しかし、補聴器を通して受けとれる音や声はどれも欠けているか、不完全な姿をしているため、音声のみでひとと会話をすることはとても難しく、手話ができるひととは手話で会話をする。これはあくまで「わたし」の場合の話だ。
 

開演予定時刻を少し過ぎた頃、照明が落ちると同時に歓声がわき、ほとんどのひとが立ち上がる。眼前に、形容し難いほど鮮やかで、うつくしい色をまとう光のカーテンが広がる。音符のひとつひとつから朧げながら寂寥感が漂うのを感じ、鼻の奥がツンとしてしまう。単にわたしが既にさびしいだけなんだろう。
 

目の前の一瞬一瞬を、きこえてくる一音一音をひとつでも多くつかまえては宝箱に入れて、時々それらを手にとり眺めては励まされ、宝箱の中身を思い出してはこれからを生きる勇気にする。死ぬまで大事にとっておきたい、何にも代え難い愛おしい記憶を、BUMP OF CHICKENのライブはいつもわたしにくれる。
 

いつもくれるのだけれど、今日のライブは受けとるものが、届けてくれるものが多すぎて、かつわたしの中から溢れ出る感情と思いで何度も溺れそうになった。
 

そして最初から最後まで音楽を通し、ひとりひとりに丁寧に、何度も伝えようとしてくれた。圧倒的な信頼と愛をもって、君はひとりだけどひとりじゃないということを、君は今ここで生きているということを、僕たちの唄はいつも、これからも君のそばにいるということを。
 

わたしは、自分の弱さと向き合い、その弱さを認めることのできない人間だ。ひとに頼らず、ひとを求めず、自分の足で立って歩き、ひとりで生きていくことができる人間が、つよい人間だと信じ込んでいた。そして、そうなれるように努めてきたつもりだった。
 

BUMP OF CHICKENの音楽は、深海のように光の届かないこころの、奥深くに差し込むやわらかな一筋の光のようで、それにわたしはすくわれてきた。彼らは自分の、メンバーの弱さをちゃんと知っていて、それを抱きしめるように受けとめている。ひとりでは生きられないとわかっていて、さびしいというような思いも素直に伝え合い、お互いを信頼し合い、リボンを何度も結ぶようにして、BUMP OF CHICKENというバンドは続いてきた。
 

そこにわたしはつよく憧れた。ほんとうのつよさは自分の弱さを認めることだと、わたしは感じた。ひとりで生きられないのは、弱さなんかじゃない。ひとりで生きていこうとするのは、必ずしもつよいとはいえない。そう気がついてからも、自分の弱さを認めることは、ひとを頼ることはとても難しく、大丈夫じゃなくても大丈夫なふりばかりしてしまう。それで結局すべて大丈夫にしてきたからだ。
 

わたしは、褒められることが苦手だ。「努力家」と褒められると、努力とは何なのか、自分なりに努力したつもりでもそこに結果が伴わなかったら努力が足りなかったのだろうか、わたしの価値は努力し続けることができることなんだろうか、それができなくなったときのわたしに一体何が残るのだろう、そんなことばかり考えていた。「いい」の逆、「だめ」という烙印を押されるかもしれないことに対して、常に怯えていた。
 

「だめ」という烙印を押されてしまったことは何度もある。それ以外ももう既に押されていたのかもしれないし、それに対しわたしが気がついていなかっただけかもしれない。
 
 

“だめだよ、と いいよ、とを 往復する信号機”

(「話がしたいよ」)
 
 

この歌詞を聴いたとき、思わずギョッとしてしまった。「いいよ」と言われても、そこから一歩も動き出せずに俯きながら、立ちすくんだままでいる自分にスポットライトが当たり、見つかってしまったかのようだったから。
 

できるだけひとに迷惑をかけないように努めてきたつもりだった。ひとの話を聴きとるために、声を聴くため耳に、口型を読むため目に、それぞれ体中の全神経を集中させ、滞りなく会話ができるように、訊き返すことが極力ないように、ひとつひとつの会話を自然にこなせるように。楽しそうな雰囲気を壊さないように、手を煩わせないように、あなたの大切な時間をわたしが汚してしまわないように。
 

自分の存在が、誰かの時間や居場所、生力を奪っているという認識が昔からとてもつよい。耳がきこえないことに加えて病気があることで、家族や友人、周囲のひとに支えられながら生きてきた。支えられるばかりで、何もできない自分の存在意義を、ずっと考えていた。耳はきこえなくてもいいから、せめて健康な体が欲しいといつも願っていた。この苦しいときをどうにか耐えて、とにかく努力して、一日も早くひとの手を借りずに自分の足でしっかり立って、生きていけるように。
 
 

“「僕ら」がひとつだったなら 「今日の」日など来なかっただろう”

(「真っ赤な空を見ただろうか」)
 
 

元の歌詞である「ふたりがひとつだったなら 出会う日など来なかっただろう」をライブでは、藤原さんは両手を広げて力強く、歌詞を変えて歌った。目の前が、一気に滲んで見えなくなった。
 

わたしには、今回のツアーで聴けたらいいなあと願っていた曲があり、そのひとつがこの「真っ赤な空を見ただろうか」だ。2012年の「GOLD GLIDER TOUR」から何度もライブに足を運んでいるが、この曲に直接出会う機会に相見えなかった。
 

BUMP OF CHICKENの曲で一番好きな曲を選べ、と尋ねられたら、「何て拷問に近い問いだ….」と一瞬で混乱に陥る。それほどわたしにとって彼らが届けてくれる一曲一曲はそれぞれ大切で、それぞれ異なった思い入れがある。
 

その中で「真っ赤な空を見ただろうか」は、中学生のときに初めて聴いたときの深い感動が、聴くたびにとりわけ鮮明に思い出される一曲だ。冒頭の歌詞から頭を殴られるような衝撃を受け、メロディーのうつくしさにこころを震わされた。
 

中学生のときは、何故この曲にここまでこころが揺さぶられるのか、よくわからなかった。理由なんてわからないままでもかまわないと思うし、むしろ好きだという理由以上に十分な理由なんてあるだろうか。それでも、何故だかわかりたかった。
 

ひとつひとつ歳を重ね、その度に出会いを経験し、ひとつひとつことばを手に入れ、自分の思いや考えをことばに直し表現できるようになってきた。そして、曖昧だった輪郭がくっきり浮かび上がるように、浮かび上がった輪郭を指でなぞれるように、わかってきた。
 

“溜め息の訳を聞いてみても
自分のじゃないから解らない
だからせめて知りたがる
解らないくせに聞きたがる

あいつの痛みはあいつのもの
分けて貰う手段が解らない
だけど 力になりたがる
こいつの痛みも こいつのもの”

(「真っ赤な空を見ただろうか」)
 
 

目の前にいるひとが抱えている痛みを知りたいと願うこと、それを分けてもらう手段を探ろうとすること。力になりたいけれどできないこと、そういうもどかしさや自分の無力さから生じる痛みがあること。冒頭部分の歌詞から簡単にわたしが読みとったことだ。
 

そこから感じた、ひとりでは決して生まれ得ぬ、ひととひとが出会うことではじめて生じる感情や欲に、わたしは胸がいっぱいになり、とても苦しくなった。それは、わたしにも心当たりのある感情であり、欲だったから。
 

夕焼け空が綺麗だと思うことはひとりでできるけれど、それを伝えたいと思える存在がいると、もっと綺麗に見えるのだろう。そう思う心を馬鹿にしないで、同じ気持ちで微笑んで空を見上げているかもしれないと思える存在が、自分をより一層つよくさせてくれるのだろう。
 

ひととひとは、わかり合うことはできないと思っている。それでも、わかりたい、力になりたいと望むことはとてもうつくしく、ひとをより、ひとらしくさせるのだろうと思う。そして、ひとがひとを信頼し、信頼され、手を取り合い生きていく姿とその煌めきは、あまりにも眩い。
 

頼りたいという気持ちを、たすけが欲しいという祈りを、話がしたいという願いを、わたしは蔑ろにしてきた。
 

少し遡って話をする。今から数年前のことだ。
 

わたしはずっと、誰のことも自分自身すらも、信頼することができなかった。相手がこう思うだろうということを自分で勝手に想像しては決めつけて、自分で自分の首をずっと絞め続けていた。そうやってひとに迷惑をかけないようにしてきたつもりの自分の言動ひとつひとつが、逆にひとを傷つけていたり、不快な思いをさせていたのかもしれない。自分の気持ちを蔑ろにするように、ひとの気持ちも蔑ろにしてきたのだろう。わたしさえ頼ることができたなら、素直に話すことができたなら、喜んで力になってくれたかもしれないのに。
 

それ以外でも、目の前にいるひとの気持ちや背景を考えず、自分が相手にどう見られるのか気にしたり、会話を成り立たせることや空気を壊したりしないことばかり考え、そうして放したわたしの軽はずみな言動ひとつひとつがひとを苦しめてしまったかもしれない。もう誰もわたしのことを信頼していないし、特に必要ともされていない。そう気がつき始めてから、それまで積み重なった色々から、わたしが努めてきたすべてが無駄だったと思い込み始めてから、もう生きていたくないなと考えるようになってしまった。
 

日がすっかり暮れた信号待ち、仕事や学校を終え帰路につくひとが見受けられる。わたしの心身はボロボロだった。毎日吐き気はするけれど吐くことはできないのに何度も就寝中に突然吐き、テーブル上に山をつくるほど髪の毛を無意識にたくさん抜き、耳鳴りはひどくうるさく、日中眠気に覆われ、ろくに食事はとらずに甘いものばかり口にする。わたしの足は、赤信号にもかかわらず一歩踏み出そうとしていた。
 

そのとき、ふと1ヶ月ほど前にきいたあることばが脳裏をよぎった。
 
 

「元気で、元気じゃなくてもいいからまたね。」
 
 

それは、前々回のツアー「BFLY」名古屋ドーム公演で、藤原さんが去り際に放ったことばだ。わたしは、このことばにひどく動揺し、つよく胸を打たれた。元気じゃなくてもいいなんて、そして元気じゃなくてもいい状態でまた会おうなんて、そんなことばをかけられたことがなかったからだ。
 

わたしの足は、どうにか踏みとどまった。そのときのわたしには、約1か月後にある「BFLY」ツアーファイナル日産スタジアム公演に行く予定があった。元気じゃなくてもいいとそう言ってくれるのなら、今のわたしの状態で会いに行くことをゆるしてくれるのなら、とにかく生きて、今の自分にできることを精一杯やるしかない。あと1か月だけ、どうにか生きよう。ライブが終わったあともボロボロな状態は当分続いたけれど、BUMP OF CHICKENがくれた愛おしい記憶をお守りに、生き抜いた。
 

それから数年経ち、わたしは大多数のひとが歩む道とは随分逸れた道をひとり歩んでいる。それはとても心細いし時々自信をなくすけれど、わたしは今の自分と自分の人生を割と気に入っている。
 

相手がどう思うのかは相手が決めることで、わたしが勝手に決めつけることではない。わたしがそれに対してどうこう言ったり思ったりする権利などない。人生は短く、ひとの命は尽きる。だったらわたしは、まずはちゃんとわたし自身の声に耳を傾けよう。「頼りたい」「たすけが欲しい」「話がしたい」と思うのなら、自分から相手を全面的に信頼してみよう。「力になりたい」と手を差し伸べる勇気も、おそれず振り絞ろう。そんな風に思いつつも、今でも変わらず相手の反応が怖くて逃げたくて仕方がないけれど、そんな恐怖すらも、味方につけてしまおうと今は思える。
 

これまでに出会ったひとたちのこと、いつか必ず別れの日がくること、今こうしてわたしたちひとりひとりは、東京ドームにいること。そのすべてに対するどうしようもない切なさとさびしさで、こころが掻きむしられて仕方ない。ここにいるひとりひとりはわたしと同じように、そしてわたしが普段受けとる音や声のように、きっとどこか欠けていて、不完全で、穴が空いたままの靴の底を擦り減らしながらも、流したくても流せなかった涙を隠し持ちヘラヘラ笑って大丈夫なふりをしながらも、何かあっても何もなくても、それでもどうにか今日まで生きてきたであろうひとりひとりで、そんなことを思うととても眩しくて、こころからとても愛おしく思う。
 
 

“もうきっと多分大丈夫 どこが痛いか分かったからね
自分で涙拾えたら いつか魔法に変えられる”

(「Aurora」)
 
 

とても長かった。無視し続けてきた自分の弱さと向き合い、それを認め、ずっと感じ続けていたけれど出所がわからなかった痛みを見つけて抱きしめ、これからを生きる魔法に変える。それでも、「もう大丈夫」だなんて胸を張って言えない。だから「もうきっと多分大丈夫」くらいが、今のわたしにはちょうどいい。
 

わたしは、MCも歌詞変えもほとんど聴きとれない。ライブとCD音源では曲のきこえ方があまりに違うため、サビに入るまで何の曲かわからないときもある。それでも、わたしはBUMP OF CHICKENがいちばん伝えたいことを、ちゃんと受けとれていると思っている。彼らがわたしたちひとりひとりに信頼を寄せるように、わたしも彼らにこころから信頼を寄せているからだろう。
 

違う。BUMP OF CHICKENは、彼らの音楽は、わたしがどんな人間であってもそんなことは関係なく、無条件に信頼し肯定してくれる。だからこそその誠実で真摯で愛にあふれた姿勢に安心してすくわれて、彼らの音楽につよく惹かれ、そしてこころから愛し信頼できるのだろう。そんな彼らを見てわたしは、彼らのように在れたらと、そして誰かにとってのBUMP OF CHICKENのような存在になれたらと、ずっと焦がれて目指してきたんだろう。
 

わたしはBUMP OF CHICKENの音楽がだいすきな自分のことを、心底愛している。ライブにいるときの自分が、いちばん生き生きとしていてだいすきだ。わたしは、BUMP OF CHICKENと、BUMP OF CHICKENの音楽と、BUMP OF CHICKENがだいすきな自分に会うためにライブに行っているのかもしれない。
 

わたしが小学生の頃、補聴器を装用しても音の存在がほんの少しも認識できないほど、何もきこえない状態がしばらく続いたことがある。そしてそのときは、もう二度と音を聴くことはかなわないと診断された。その状態からこうしてだいすきな音楽に出会えたのは、わたしにとって、夢のようだ。
 

全くきこえないままでも、BUMP OF CHICKENに出会わなくても、わたしはどうにか生きてこれたと思う。わたしは、本を読むことや絵を描くこと、映画を観ることもだいすきで、それらもわたしが生きることをたすけてくれるからだ。それでも再びきこえるようになったのは、BUMP OF CHICKENの音楽に出会うためだったんだろうな、と割と本気で、馬鹿正直に思っている。馬鹿にされるのかもしれないけれど。
 
 

“君が未来に零す涙が 
地球に吸い込まれて消える前に
ひとりにせずに掬えるように
旅立った唄 間に合うように”

(「流れ星の正体」)
 
 

全部、全部間に合ったよ。BUMP OF CHICKENの音楽は、いつだってわたしのことを、わたしが人知れず流してきた涙すらも、ひとりにせずに掬ってくれたよ。でも、未来のことは誰にも、わたしにもわからない。だからせめてわたしだけはわたしの、いちばんの味方でありたい。そのときそばにBUMP OF CHICKENの音楽もいてくれたら、きっと多分大丈夫だ。いつかまた大丈夫じゃなくなっても、元気じゃなくなっても、BUMP OF CHICKENの音楽がだいすきな今の自分が、多幸感と愛おしいひとつひとつの眩い光で満たされたライブの記憶が、未来の自分が気づいてくれるかどうか次第だけれど、BUMP OF CHICKENの音楽が、未来の自分を守ってくれる。だからこうして精一杯自分を愛し、今を生きる。BUMP OF CHICKENの音楽と共に。
 
 

「君が気づいてくれなくても、僕らの音楽はずっと君のそばにいるから」
 
 

ライブの終わりの藤原さんのMCは、いつも早口でわたしには聴きとれない。伝えたいという気持ちが常に止めどなく溢れ出ていて、不器用でも下手くそでも、伝えようしなきゃ何ひとつ伝わらないとわかっていて、伝わると信じ諦めずに伝えようとしてくれているのが、とてもよくわかる。よくわかるから、呟くことばをせめてひとつでも多く、正確につかみとりたいと望んでしまう。その中で何度も何度もはっきりしっかり、わたしの耳とこころに届いたことばが、愛ある「お前」と、「そばにいる」だ。
 

いつかまた、きこえなくなるかもしれない。又聞きだけれど、前日の東京ドーム公演で藤原さんが口にしていたように、明日目を覚まさないかもしれない。この東京ドームでのライブが、BUMP OF CHICKENにとっての、わたしにとっての最後かもしれない。それでも今は、こんな風にこころからだいすきだと思える音楽に出会い、その音楽がだいすきだと胸を張って言える自分のことがだいすきだと思えるしあわせを、噛み締めていたい。
 

そして、やはりBUMP OF CHICKENがいちばん伝えたいことは、升秀夫のドラムと声に、直井由文のベースと声に、増川弘明のギターと声に、藤原基央のギターと声に、それぞれを通して音符のひとつひとつに、伝えたいことそのものを乗せてわたしたちに届けてくれることを、今日のライブで改めて実感した。それをよく実感したからわたしは、その音符をひとつたりとも逃さずに、受けとりたいとつよく願った。
 

わたしは今日が終わるのがずっとさびしくて切なくて仕方がなかった。でも、きっといちばんさびしいのはBUMP OF CHICKENで、特に藤原さんだ。ライブの始まりで感じた寂寥感は、わたしのさびしさによるものだけじゃなかったのかもしれない。終わりまでずっと、わたしたちは似たような気持ちでいたのだろう。ステージを降りるのがとても名残惜しそうで、何だか帰りたくないと駄々をこねているようで、垣間見えるちょっとした弱さを恥ずかしがらずに、本音で素直にわたしたちに伝えるその姿は、あまりにも眩しかった。
 

そのまま続けて歌い出す「スノースマイル」と「花の名」は、瞬きも呼吸をすることも忘れてしまうくらい、どうかこの瞬間だけはきこえるようになりたい、と祈ってしまうくらいに、ひたすらにうつくしい音楽だった。とても広いドームなのに、すぐ目の前でわたしだけに向けてやさしく歌いかけてくれるような、BUMP OF CHICKEN4人のとびきり愛にあふれた音楽だった。一瞬たりとも、一音たりとも、見逃すことも聴き逃すことも、ゆるしたくはなかった。視界がずっと滲んで見えなかったのは、4人があまりにもカッコよすぎて輝きすぎていて、直視できないくらいに眩しすぎたからだろうか。
 

BUMP OF CHICKENは、大きな木のようだ。風雨やつよい日差しから木の下で休むわたしを守り、やさしくあたたかい木漏れ日と肌をそっと撫でるそよ風を届けてくれる。そこから立ち去ると決めて立ち上がるとき、背中を押すかのように木の葉を一枚だけ、わたしの手のひらの上に落としてくれる。わたしが木の葉を落としてしまっても、木の葉の存在を忘れて思い出せなくなっても、きっとまた、風に乗せて新しい木の葉をわたしの元に届けてくれるのだろう。
 

僕たちはそばにいられないけれど、唄はいつも君のそばにいると、やさしく歌いかけてくれるように。
 

いくつもの絶望を知っていて、何度もすれ違って交わって、手をとったりとらなかったりして、それでもお互いを信じることをやめなくて、音楽がだいすきだという一心で満身創痍で駆けてきて、今日のようにわたしに音楽を届けてくれる。そんなBUMP OF CHICKENが放つ微かな光を、わたしはこれからも追いかけ続けたい。わたしもまた、BUMP OF CHICKENにとっての微かな光であり続けたい。傲慢でも贅沢でもわがままでも、湧いて出てくる欲を、生きたいという思いを、時々蘇る生きていたくないという思いすらも、そのまま抱きしめたい。そしてまたいつか、お互いに生きて、会える日を夢見て。
 
 

“大切な「君」に唄いたい
聴こえているのかも解らない
だからせめて続けたい
続ける意味さえ解らない”

(「真っ赤な空を見ただろうか」)
 
 

今日もわたしは何食わぬ顔をして、でも少し口角が上がりそうになるのを堪えて、こころの中で「真っ赤な空を見ただろうか」を全力フルパワーで「唄い」ながら、11月4日の続きを生きている。

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