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ロック史に刻み付けられた文字は

ROSSOは忘れられたか?

「チバユウスケ」のThe Birthdayは格好いい。男らしいロックンロールを直撃させるバンドは、かつてのミッシェル・ガン・エレファントみたいにストレートで、ブレがない。けれど僕はThe Birthdayよりも、ミッシェル・ガン・エレファントよりも、ROSSOが好きだった。好きだったというより最近にその事に気付いて改めて、今までの「チバユウスケ」の音楽を想っている。
 

僕が、「チバユウスケ」と、
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT を知ったのは、高校3年の終わりだったと思う。

音楽を聴くようになってから、自分が追求しているのは昔の時代のロックだった。イギリスの1970年代のバンド、ドクター・フィールグッドのアルバムの再発版CDの推薦文を書いていたのが、ミッシェルのメンバーで、ミッシェル・ガン・エレファントという、新しいバンドが日本に出てきてるんだというのを知る。

その頃、自分が聴いていたのは何だったのか、今はいろんな記憶が入り乱れている。
ミッシェル・ガン・エレファントの曲を聞いたのはラジオ放送だったのか。それはもう忘れた。1997年に、最初に聞いた”ゲット・アップ・ルーシー”がとにかく最高だったのは絶対忘れない。

同じ頃、高校3年の終わりにイギリスのバンド、ザ・フーとスモール・フェイセスとキンクスに出逢った。

なかでも自分が熱狂的に受け止めたのは、”モッズ”だったスモール・フェイセスのファーストアルバム「SMALL FACES」だ。
荒っぽいビートと破壊力抜群のリズム。
特に”Come On Children”の扇情的なパフォーマンスが圧巻で、何度聴いても痺れた。

スティーヴ・マリオットが声ひとつで、バンドを引きずって乗らせてゆく様は、今もそこに在るような狂騒だ。”1969年のロバート・プラント”よりも、あのジェームス・ブラウンよりも、あのマディ・ウォーターズよりも、この日のスティーヴ・マリオットは凄い。この爆発力とエネルギーは強烈だった。マリオットがカモンチルドレン!と叫ぶと同時に爆裂するドラムとビートとギラついたギターの快感たるや、これがロックだろ!と思わずにいられない。

それをまったくおんなじような狂騒で塗り替えたのが、ミッシェルの”ゲット・アップ・ルーシー”だった。スモール・フェイセスより凄い事をやってるんじゃないかとミッシェルに期待した。
これは体感だった。とんでもないことが起こる。
ロックの電撃と爆撃が一度に攻めてきた感じだった。

音楽を好きなのに、ロックを好きなのに、僕は同じ世代を生きていないような気分をずっとこれまで感じてきた。1997年は、時代と自分の気分とを重ね合わせられた初めての瞬間だったのかもしれない。

同じ時期に日本のバンドに興味を持つようになって、
サニーデイ・サービスだとか、ピロウズだとか、コーネリアス、カヒミ・カリィだとか、グレート・スリー、グルーヴァーズとか、ハイロウズも聴いた。

けれども僕は、どのバンド、どの歌手の音楽を追って行ったわけじゃなかった。
しかし、そのどれもに影響を受けたのは間違いない。

僕にはそのミュージシャンが好きだと言う音楽を知ってみたい、というのがずっとあった。その人たちが今この音楽を作った過程に於いて影響した音楽を知りたかった。

自分は、音楽の「寄り道」をして知らない道を進むように行く。どの音楽が、じゃなくてバラバラに鳴った音が、響いた方向を探って歩いた。いつも「歩き」で、乗り物に乗るようには速く進めない。

だから時代には乗り遅れる。
それでも構わなかった。「新しさ」を知らなくても別によかった。

ミッシェル・ガン・エレファントに衝撃を受けたのに、ミッシェルでさえ追求しなかった。
寄り道が多すぎた。大学の入学式に行く途中と帰るときに、初めてドクター・フィールグッドの音楽を聴いたのを覚えている。その時はウォークマンに入れたカセットテープで、表と裏にキンクス「ローラ対パワーマン」とドクター・フィールグッド「ダウン・バイ・ザ・ジェティ」を入れたんだ。

ドクター・フィールグッドはなるほど格好いい。ウィルコ・ジョンソンのギターカッティングがミッシェルと通じるのは分かる。でも僕は、ミッシェルとドクター・フィールグッドの繋げ方と展開力が理解出来なかった。ミッシェルはドクター・フィールグッドが凄いと言うけれど、ミッシェルの方が凄いやんと正直に感じた。

ミッシェル・ガン・エレファントは年を追うごとに、どんどん激しくなっていく。そんな気がしていた。
“ゲット・アップ・ルーシー”の頃、ミッシェルはロンドンで録音したのかもしれない。そういう記憶がなんとなくある。音の鳴り方から他の日本のバンドには無いようなシャープな響きを感じた。

“ゲット・アップ・ルーシー”はなるほど格好いい。バンドの音の絡まり方、バンド力のうねりというべきグルーヴは最高だし、この曲だけは何度も繰り返した。けれど自分には、他のストレートな直情的ロックのスピード感、パンクとガレージロックの響きの金属的な過激さに、付いては行けなかったのかもしれない。
激しい音の塊の連続をずっと聴いているのがきついと思った。

今になって分かるのは、自分が求めているのは、バンドのグルーヴ感なんだと思う。
僕はパンクロックやガレージロックも好きだ。けれどそればかりを聴く気は全然ない。それを追求していない。たとえばそういう格好いい”ロックンロール”をもっとバラバラに組み合わせて分散させて聴いてみたい。要は、ひとつの世界にある多様さを劇的に効果的に展開する音楽を聴きたい。そういう世界観を求める。
 

ミッシェル・ガン・エレファントのロックの響きはまるで黒い塊みたいだと思っていた。
バンドの音の過激さは、アルバムで言うと「Chicken Zombies」から「ギヤ・ブルーズ」の辺りでとりあえず頂点に達したんじゃないか。

この時期で最高なのは、まちがいなく”アウト・ブルーズ”と”スモーキン・ビリー”のシングルだと思う。”アウト・ブルーズ”の音圧なんて凄いよ。音が激しくてもそれを内包する空間的な音響の扱い方で、うるさくなりすぎるのを回避する。なんかサイケな感じ。
“アウト・ブルーズ”が「ギヤ・ブルーズ」のアルバムに入ってないのは何故だ!
といつも思う。

「ギヤ・ブルーズ」のアルバムで一番なのは、
正しく”ダニー・ゴー”だ。

「チバユウスケ」の歌は最高だとずっと思っている。こんな声を出せる人は、日本のロック史上にいなかったと思う。
歌のなかの内容が何か、なんて知らなくても関係ない。そんな事はどうでもよい。
ただひと言、熱い言葉を聴きたい。
この心を、魂を、揺さぶるひと言、一声を聴きたい。

“ダニー・ゴー”の一節にある
“振り返らず”
ということばが一体どれだけの老若男女ロック野郎共の眼を熱くさせたんだろう?

「チバユウスケ」の歌は何故だか最高だ。
“リボルバー・ジャンキーズ”だってそうだ。
歌の内容にはたぶん関わりのないリボルバー・ジャンキーズという言葉のフレーズは、それにしてもあの声で聞くと説得力がある。リボルバー・ジャンキーズと歌うだけでなんだか熱くなってゆく、そんな不思議さもある。

僕が「寄り道」をしてミッシェルを聴いていない間に、このバンドはいろんな曲想を出すようになっていったらしい。
そして知らない間に、ついに解散してしまった。

最後に残った曲は”エレクトリック・サーカス”のシングルだった。

“俺達に明日がないってこと
はじめからそんなのわかってたよ
この鳥達がどこから来て
どこへ行くのかと同じさ”

“エレクトリック・サーカス 燃えあがる空
澄みきった色の その先に散る”

“エレクトリック・サーカス 燃えあがる空
澄みきった色の その先に行く”
 

この人たちは、突き抜けた事をロックで
やりたかったんだ。
チバさんの声があんな感じなのは、それをそのまま表していると思う。
ミッシェル・ガン・エレファントを止めるのが何かも分からないまま知らないまま、次に急に始まったかのように現れたのはROSSOというバンドだった。

ROSSOはそれにしても、忘れられているような気がする。バンドは2年くらいの活動の後によく分からないまま終わった。そこから今はThe Birthdayの時代だ。

僕はROSSOがロックに残したものを、
ロックに刻み付けた文字を、
忘れてはいけないと思う。

The Birthdayも格好いいけれど、チバさんのロックはまだもっと先にゆけると思う。
 

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