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HAPPY

BUMP OF CHICKENと歌う誕生日の夜

21歳。誕生日の夜。私は暗い部屋で暗い歌を聴いていた。

「健康な体があればいい
大人になって願う事
心は強くならないまま
耐えきれない夜が多くなった」

大学卒業後の進路とか、好きな人と上手くいかないとか、容姿がどうとか、友達がどうとか、バイトがどうか。「健康な体があればいい」って、そういう私の全ての悩みを打ち砕くような、否定するような、”なにをそんな小さなことで悩んでるんだ”と叱るような、そんな理不尽な力を持っていて、私はわけもわからず声を殺して泣いた。何かが壊れたようなノイズのあとの何事もなかったように始まる単調なメロディー、そこにごく自然に乗っかる冒頭のそんな歌詞は、たったそれだけで人生のすべてを表すようなイントロダクション。10年弱ずっと聴き続けた曲なのに、鈍器で頭を殴られたような衝撃がベッドで寝転がる私に走った。

「優しい言葉の雨の下で
涙も混ぜて流せたらな
片付け中の頭の上に
これほど容易く日は昇る」

生活することの難しさと簡単さが、こんなに上手に共存している。私の悩みって、本当にちっぽけだ。私なんかよりももっと悲しい人がいて、もっと辛い人がいて、生きられない人がいて、生きたい人がいる。そんなことはわかっているけど結局それは相対的な話でしかなくて、私は私で、ただ私が、自分の部屋の片付けが、上手くいかないんだ。自分の身に降りかかった憂いを嘆いているんじゃなくて、その処理の方法がわからないだけなんだ。だからこうやって、こんなに悩んでいる。

「闘う相手さえ解らない
だけど確かに痛みは増えていく
教わらなかった歩き方で 注意深く進む」

そういえばこの曲は、案外スルッとサビに入るんだった。”来るぞ、来るぞ、来た、サビだ!”って、そうやって機会を絞って盛り上がれる人生だったらどれほど楽だろうか。当たり前だけどそんな人生はどこにもないし、転機はいきなりやってくるし、チャンスはいつの間にか去ってしまうし、だから私は一番のサビの冒頭の歌詞も簡単に聞き逃して、「痛みが増えていく」ところから耳を傾け始める。私の21年間っていつもそんな感じで、何が大切なのかわかっているはずなのにそれを大切にできない。高校を出たら大学に行って、卒業してから就職して、結婚して、子どもを生んで、年老いて。普通の恋愛をして、普通に友好関係を築いて。誰かに教えてもらったそれとは全然違う歩き方で、私は注意深く進んでいる。盛り上がりとは違うところに大事なことや今私に必要なものが落ちてるこの曲は、さっきとは反対にすごく優しく聴こえて、泣いた。

「優しい言葉の雨に濡れて
傷は洗ったって傷のまま
感じる事を諦めるのが
これほど難しい事だとは」

ああもう、なんでこの曲はこんなに暗いんだろう。二番のBメロに来てようやくどう足掻いても悲しみがどうにもならないことを知ったみたいだ。無機質な楽器の音が私がさっき聞き逃した部分にもう一度回ってきて、次はサビだと気づく。そういえば私はこの曲の二番の歌詞がずっと大好きで、中学生の頃どれほど友達にこの歌詞の素晴らしさを力説しても頷いてくれなかったけど、それでも私はこんなに素敵な歌詞は他にないと思っていたし、今でもそう思ってる。”来るぞ、来るぞ”と期待して待った二番の歌詞は希望と絶望が入り交じっていて、私は、BUMP OF CHICKENのこんなところが好きだったって思い出した。

「終わらせる勇気があるなら
続きを選ぶ恐怖にも勝てる
無くした後に残された
愛しい空っぽを抱きしめて
借り物の力で構わない
そこに確かな鼓動があるなら」

暗い。終わらせたいと思う気持ち、何かを無くした事実、自分の力では歩けないくらいボロボロの精神。それでも隣り合わせに置かれた言葉はひとつひとつちゃんと意味があって、ちゃんと希望が見えていて、暗いのは自分かもしれないって思った。どん底にいるのって気づけてしまうし、嬉しいや楽しいよりもマイナスな感情ばかり研ぎ澄まされて、何をしていても自分だけ一人のような、孤独なような。私は今日誕生日なのに、21歳で、華の女子大生で、それなのになんで一人でベッドに潜ってこんな暗い気持ちになってるんだろうって、思えば思うほど悲しくなる。

そう、悲しかった。泣きたかった。終わらせたいのも、無くしたのも、精神がボロボロになっているのも、私だ。だから隣にスッと希望が置かれたとしても、現実には見えない。この曲には希望があるけど、少なくとも今の私にはない。でも私はBUMP OF CHICKENが好きだから、二番のサビの最後にある「どうせいつか終わる旅を僕と一緒に歌おう」という、その歌詞だけで、心が軽くなる。暗い歌詞なんか関係ないように間奏で明るく歌われる「Happy Birthday」という言葉で、こんな今日が少しだけ救われる。希望は見えないけどBUMP OF CHICKENなら見える。この音楽を希望にしたいほど、彼らの曲は、この歌は、真っ暗な絶望を知っている。

「優しい言葉の雨は乾く
他人事の様な虹が架かる
なんか食おうぜ そんで行こうぜ
これほど容易く日は昇る」

たぶん、他人や音楽に祈っても救われないし、優しい言葉の影響で虹がかかっても、そんなの所詮、他人事の、虹だ。

「誰に祈って救われる
それよりも大切な手をとって」

それよりも私は自分の手を取ってあげたい。BUMP OF CHICKENは、そうやって、大切なものの抱きしめ方を教えてくれる。

「消えない悲しみがあるなら
生き続ける意味だってあるだろう」

こんな風に歌えるのって、すごい。だって私は消えない悲しみを生き続ける意味だなんて捉えられない。一曲を聴き終わったあとで、暗闇の中、ひとつひとつの歌詞をなぞっていく。何度も何度も聴いてきた曲だ。いつからか、一曲通して歌えるほど歌詞を暗記していた。

思い返すと、私が聞き逃した一番のサビの始まりはこんなものだった。

「悲しみは消えるというなら
喜びだってそういうものだろう」

あ、と思った。悲しみが消えるというなら喜びだっていつかは消える。逆に言えば、消えない悲しみがあるなら、消えない喜びもあるのかもしれない。それを探すことは生き続ける意味と言えるのかもしれない。綺麗事だな。BUMP OF CHICKENって本当綺麗事だな。でも泣きたくなるほど温かい。悲しみと喜びは平等で、絶望と希望も平等で、それが共存する人生をなんと呼ぼうか。それがこの曲の名前になってる気がしてしまうのは、いまボロボロ私にも、まだ希望が見えているからなんだろうか。

間奏と同じ「HAPPYBIRTHDAY」のコーラスで締められるこの曲のタイトルは、”HAPPY”という。今の自分には物怖じするほど大それた言葉だけど、その名前がつけられた曲の内容はかなり暗いものだ。人生も、そんな感じだったらいいのにって思う。

明日もそれなりに、「つぎはぎの自分を引き摺って」、頑張りたいと思えた。

21歳。誕生日の夜だった。
 
 
 

(カッコ内全て”HAPPY”より)

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