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エレファントカシマシ聴いたり、聴かなかったり。

気が付けば長い長い腐れ縁

正直、エレファントカシマシがこんなにもメジャーなバンドになるなんて、微塵も想像していなかった。しかし、エピック・ソニーの契約が終了し、ポニーキャニオンに移籍しての第一弾シングル「悲しみの果て」を聴いた時の、何かが弾けたような、目の前がパーッと開かれてゆくような高揚感は、未だ脳裏に残されている。

そんな予兆が現実となり、そこから怒涛の快進撃が始まった。アルバム『ココロに花を』と『明日に向かって走れ−月夜の歌−』には、それまでのエレファントカシマシ、いや、宮本が濃厚にまとっていた焦燥、怒り、倦怠といったものが一掃され、宮本の辞書には載っていなかった夢、希望、喜び、清々しさなどが満ち溢れていて、それこそ毎日のようによく聴いていた。

思い起こせば、エレファントカシマシとの出会いは突然だった。大学生の頃、一緒にバンドを組んでいた友人が「こんな新しいバンドが出てきたんだけど、どう思う?」と言いながら手渡してきたイヤホンから聞こえてきたのが、デビュー・アルバム1曲目の「ファイティングマン」だった。巷でよく耳にする「聴いて一発でガツンときた!」なんていう安い賛辞に疑いのまなこを向けがちな僕の目は、アホみたいにパカーッと開きっぱなしになってしまった。
 

「なんだこれ、スゲーな・・・」
 

音が、いや、人の声が爆撃機のように頭の中を去来した。あたかも血管がブチ切れて目玉がポロリと落っこちるんじゃないかってくらいに「イエ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」と雄たけびをあげているこの男は一体何者なんだ? 友人よ、「どう思う?」ってアンタね、これはヤバい奴に決まってる。そして2曲目「デーデ」を聴いてココロに決めた。「この男を追いかけてみよう」と。

それ以降、エレファントカシマシは自分に最も寄り添う側近バンドとなった。大学卒業後、さしたる目標や希望もなく、その時期が来てしまったので単に近いという理由だけで会社を決め、なんとなく社会人になってしまった僕は、毎朝「過ぎゆく日々」を聴いてから出社した。休日は「おはよう こんにちは」で目を覚まし、「珍奇男」を聴きながら漫画などを読みふけり、あまり外へ出かけることはなかった。結局3年程で会社を辞め、部屋で独り「遁生」を聴きながら先の見えない日暮らし生活を送った。その後、なんとか再就職が決まり「四月の風」を口ずさみながら、澄み切った青くて高い空を意気揚々と見上げた。

しかし、リアルタイムでCDを買って聴いたのは『明日に向かって走れ−月夜の歌−』の次のアルバム『愛と夢』が最後となってしまう。理由は『愛と夢』が気に入らなかったからだ。あれ?なんだこの違和感、これはホントにあの宮本なのか? 妙に切なげで優しくて、やたら女々しい。一体どうした宮本・・・100年の恋もなんとやら、可愛さ余って憎さ100倍、それ以降、エレファントカシマシを積極的に聴くことは著しく減ってしまう。それでも付かず離れず、持っていなかったCDを買って聴いてみたり、また聴かなくなったりを繰り返しながら年月は過ぎていった。

そして昨年末、NHK紅白歌合戦での椎名林檎とのデュエットを横目にしながら、いつの間にかエレファントカシマシの音楽をほとんど必要としなくなっていた自分に気づいてしまう。いつまでも変わらないものなんて無いという事か、いや、本当の本当にそうなのか、それをなんとか確かめようと、ズラリと並んだCDへ恐る恐る手を伸ばし、頭を空っぽにして、1枚1枚冷静に耳を傾けてみたのである。

そうした中で、予想外の驚きと新たな発見の喜びを感じたのが『扉』だった。このアルバムがこんなにも奥行きのある音と滋味深い詩によって構築されていたのかと。「歴史」、「化ケモノ青年」、「地元の朝」、「生きている証」、「必ずつかまえろ」、「パワー・イン・ザ・ワールド」などに見られる宮本独裁政権のごとき爆走は、異形にして孤高のアルバム『生活』以来久方ぶりの発動ではないだろうか。これは数多のアルバムの中でも突出した異物感と、音楽としての純粋な普遍性を宿した傑作中の傑作に思う。

そしてもう一枚、思いがけず心に響いたアルバムが、宮本と疎遠になる原因となった『愛と夢』だった。これは別に話を盛り上げるためのネタ振りではない。本当に、あの時どうしても受け入れられなかった宮本の優しさが、哀切が、女々しさが、とても素直に伝わってくる。感情を掻きむしるような石森のギター・プレイも全編に渡って泣きが入っている。こんなの、他のどのアルバムを探してもどこにも見当たらない。『愛と夢』にはその名の通り、物憂げな愛と儚げな夢が、まるで陽炎のようにユラユラと揺らめいているように見えた。

その中でも哀愁が遥か極点にまで達している曲が、アルバムの最後に配置された「おまえとふたりきり」だ。もうほとんど演歌というか、四畳半フォークの世界だけど・・・しみる。おそらく、これは歳のせいではない、と思う。だってこれ、タイムマシンで高校時代に戻って、彼女なんて夢のまた夢の自分に会って聴かせたら、多分、彼は泣いてしまうかもしれない。こんな、まるでおとぎ話のような曲、教室とか電車の中では聴いてはいけないと、自分で自分にアドバイスしなきゃならなくなるだろう。

・・・と、そんなこんなで、宮本を追いかけようと思い立って早30年超え、気がつけば長い長い腐れ縁。多分、もう日比谷野音には行けないだろう。チケットなんて容易には取れないだろうし、昔みたいに適当なところに座って頬杖つきながら聴くなんてことも叶わなそうだ。でも、これからもエレファントカシマシとは、蜜月だったり、別居したり、舞い戻ったり、また放置したり、突然寄り添ったり、そんなことを繰り返しながら、そぞろ歩いてゆくんじゃないかと思う。
 

(曲のタイトルは全てCD表示によります)

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