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2017年7月5日

加奈子 (19歳)
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生きるということ

フジファブリック、志村正彦が作る音楽

生きるということは、どういうことだろう。

多分、誰しも一度は考えたことがあると思う。
人生がうまくいかないときとか、なんとなーくつまんない毎日が続いたりして、「自分なんて…」とかお決まりの台詞を吐きつつ、ふと考えてしまうアレだ。

私も、もうすぐ二十歳になる年齢で、数え切れないほどそんなことを考えた。
生きるってなんだろう。何の意味があって、死ぬまで生きるんだろう、と。

そして生きることを考えることは、つまり死を考えることでもある。
いつか必ず死ぬから、ちゃんとした人生を生きたい、とか思う。

…でもちゃんとしたってなんだ。そもそも死ぬのか。死んだ先には何があるんだろう。

そんな風に、いつの間にか生きるというテーマは死ぬという終わりに繋がり、結局答えもわからずウダウダと悩んだりするのである。

それがある日、私は、より一層死や生について考えるきっかけのものと出会ってしまった。
 

その日も、私はやっぱりつまらない日々を生きていて、生きることや死ぬことについて考えていて、未来が見えなかったような気がする。
意味もない夜更かしをして、なんとなく音楽が聴きたくなった。
何を聴こう?いろいろ考えた結果、昔何度か聴いていて耳に残っていたフジファブリックの花屋の娘を聴くことにした。

フジファブリックを特別に好きだったわけじゃなく、ただ、その曲だけが好きで、正直に言ってしまえばその曲しか知らなくて、なんとなくそのときに聴きたいと思ったのがその曲だっただけだ。
深い意味はなかったけれど、ふと、フジファブリックのボーカルはもう亡くなっているということを思い出した。

今イヤホンから聴こえる歌を歌っている人はもうこの世にいない。

そう思うとなんだか不思議な気持ちになった。
音楽を聴いている限りでは、そのボーカルの人は今も生きているように思えたからだ。
彼はどんな一生を過ごしたんだろう。無性に気になって、私はフジファブリックのボーカル、志村正彦について調べ始めた。

エピソードを読み漁り、彼の作った曲を聴いた。
とても驚いたのは、曲の構成や、歌詞の言葉選びが本当に天才的だったことだ。
天才という言葉は、今の時代簡単に使われすぎていて、軽い感じがして好きではないが、彼に関しては、天才としか表現が出来ないような、センスがずば抜けているというような、そんな表現が似合う曲を作る人だった。

そしてやはり、何度曲を聴いても彼が生きている気がしてならなかった。
余計に彼や、フジファブリックについてもっと知りたくなった。

いろいろ調べていくと、フジファブリックは志村さん亡き今も、ずっと活動を続けていることがわかった。

志村さんが亡くなって、バンドを解散しても誰もメンバーを責めることはなかったと思う。
事実、フジファブリックの曲の大体の作詞作曲は志村さんがしていた。
もし志村さんがボーカルという位置にいなかったとしても、バンドにとって作詞作曲を担うメンバーがいなくなることはとても大きなことだ。
しかも脱退ではなく、志村さんは本当にいなくなってしまったのだ。

バンドの存続に関しても志村さんの死に関しても、たくさん考えなければならない。
そんなときに、バンドを続けないという選択を取ってもよかったんじゃないかと思う。
ファンだってきっと納得するだろう。どうしてメンバーはバンドを続けたのか、気になって調べていると、メンバーへのインタビューでこんな発言があった。

<以下引用>

(どうして三人で続けるのかと訊かれて)

“フジファブリックというバンドを、風化させたくないって思いが強かったからです。志村くんの曲は素晴らしいのに、志村くんが亡くなることで、忘れられてくっていうことにはしたくない。”

引用元:ダ・ヴィンチ 2014 8月号

その発言を見て、胸のもやもやが取れた気がした。
死ぬということは、肉体がなくなるというだけで決められるものじゃなかったのだ。

志村さんが今この世界にいなくても、昔録音した音楽を聴くとまるで今も生きているような錯覚がする。
志村さんがいなくなったあとも、バンドは続いている。
志村さんはきっと、音楽の中で今も生きている。

この頃にはすっかりフジファブリックを好きになっていた私だが、実は最近まで志村さんのいないフジファブリックを聴く事が出来なかった。
志村さんの曲をたくさん聴いて、心の準備が出来てから聴こうと思っていたからだ。曲を聴けば生きている気さえするのに、志村さんのいないフジファブリックを聴いて、現実を受け止めるのは気が引けた。

しかしふと、今のメンバーだっていついなくなってもおかしくない、と思った。志村さんが突然いなくなったように、誰がいつどのタイミングでいなくなったっておかしくない。本当は出来るだけ早く新しいフジファブリックも聴くべきなんじゃないか。そうじゃないといつか後悔するかもしれない。
そう思って、新しいフジファブリックを聴いてみた。

予想は当たった。
志村さんはもうこの世にはいないけれど、新しいフジファブリックの楽曲には志村さんが生きていた。もちろん、完全に志村さんの作る曲に似せてあるわけじゃなかった。でも、ほんの少し、残り香のように志村さんの雰囲気がした。
 

私が聴いたその曲に、こんな歌詞があった。
 
 

“何かが違うんだ そう思う日も失くならないけれど”

“ただ一つ確かな事 ここで生きている”

(引用元:フジファブリック/SUPER!!)
 

その通りだと思った。この曲を、新しいフジファブリックを聴けてよかった。

志村さんは亡くなった。だけど今も、志村さんは大好きだった音楽の中で生き続けている。

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