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生活に戻ろう、とその人は言った。

2018年5月2日の小沢健二と生活する人々

2018年5月2日、水曜日、日本武道館。

そこで私は初めて見たのだ。小沢健二という人を。
 
  

あの日あの空間で時々に叫ばれた「オザケン」や「小沢くん」のことを私は知らない。

90年代、それは私が生まれた頃。

もちろん当時の彼の活躍を知ることはできなかった。

そんな私が、小沢健二という人のことを知ったのは、2017年になってからだった。
 
  

ある年代の、ある種の人々にとって彼は青春の思い出なのだろう。

と、そう軽く考えていた。

ただ一方で、彼を好きだという人々がネットに書き重ねた言葉の熱量に

青春の思い出以上のものを感じてもいた。
 
  

小沢健二とはなんなのか。

なぜ人々の彼を語る言葉は、私の胸を揺さぶるほどつよいのか。

それが知りたかった。

そんな時に彼がライブをやると知り、これ幸いと武道館へと向かった。
 
  

幕が開いて、閉じるまでの時間はあっという間だった。

とても楽しいライブだった。

だけど私がこのライブで感じた一番の感情は嫉妬だった。

開演とともに弾ける熱。

オザケンや小沢くんを待ち望んで膨らんだ熱が一気に弾けて、武道館に、私の周りに押し寄せてきた。

それは目に見えないもののはずなのに、確かに見ることができた。

周りを見回す。

私と同じ年代の人もいはしたけれど、年上の人達が多くを占めていたように思う。

そんな彼や彼女から発せられる手拍子、歌、言葉。熱。

ハッとした。

この熱は、ここにいる彼や彼女らが過ごしてきた時間だ。

涙が出そうだった。

小沢健二は、そんな熱の潮の中に浮くブイのように見えた。

そのブイは、皆がそれぞれここにたどり着いたことを絶対的に肯定しているように思えた。

そして私は嫉妬した。

この時間の堆積に。
 
  

きっとここにいる少なくない彼や彼女は、今の私と同じ歳の頃(もしくはもう少し若い頃)にオザケンを聴いたのだろう。

何度も何度も繰り返し聴いて、日々を過ごしてきたのだろう。

それから時は流れて流れて、2018年5月2日の夜に東京のど真ん中まで流れ着いたのだ。

その流れの中で、ひとりひとりにどんな物語があったのだろうか。

その時々に、彼や彼女らはオザケンや小沢くんを心の中で再生し、時に忘れ、時に思い出し、生きてきたのではないだろうか。

皆それぞれ色々なものを抱えながら、時に手放しながら、ここにたどり着いたのではないだろうか。

大洋に浮かぶひとつのブイを目印にして。
 

途中から私はステージと同じくらい、ステージを真剣に見つめる人々を見ていた。

歓声に、歌声に、小沢くんの呼びかけに応える声に美しさを感じていた。

そしてその美しさに嫉妬していることに気がついた。

私は1年ほどしか小沢健二を聴いてきていない。

彼や彼女がずっとずっと大切に抱えてきた時間に追いつけない。

もちろん長さが全てではない、というのはわかっている。

あの日あの場所にいた皆さんは、

私のような新しいリスナーも快く受け入れてくれるのだろう、とも思う。

だけどなんだろう、この悔しさは、羨ましさは。

このとても美しい熱に混じりきれない切なさは。
 
  

その美しい時間には終わりがくる。

それを予感して、会場が寂しさに包まれる。

10カウントで、生活に戻ろう、とその人は言った。

えー、と惜しむ声。

笑って、普段やってるでしょ生活、大丈夫、とその人は続けた。

みんなの笑い声。

それは生活で闘ってきた人達の強さを感じさせた。

カウントが始まる。
 
  

10、9、8、7、6、5
 
  

声が大きくなる。

決して短くない時間に育まれた熱が発散された後には何が残るのだろう。
 
  

4、3、2、1

生活に戻ろう
 
  

暗闇
 
  

収束するしかない熱。

またここから皆がそれぞれの海を遠泳していくのだろう。

またこの先で、これからの時間の流れを肯定してくれる鮮やかなブイに行き着くことをきっとここにいる誰もが信じている。

私もここから泳ぎだしたい、と思った。ほとんど祈るような気持ちで。
 
  

2018年5月2日、水曜日、日本武道館。

そこで私は見た。小沢健二という時間を。オザケンや小沢くんと生きてきた皆さんを。

とても美しい時間の数々を。
 
  

書くのがだいぶ遅くなってしまったけれど、あの日の皆さんに心から感謝しています。

ありがとうございました。

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