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崩れてしまった夢のかけらを手放して

東京スカパラダイスオーケストラに杉村ルイがいた頃

 「東京スカパラダイスオーケストラ、奇跡のメンバーを紹介します!」

 ライブ終盤、ホッカホカに熱くなった会場で、バリトンサックスの谷中敦が放つこの一言が大好きなのは、私だけではないだろう。語彙を失った「待ってました」が怒号となって爆発する瞬間だ。

 東京スカパラダイスオーケストラ、略して「スカパラ」のメンバーは2019年時点で9人。「奇跡のメンバー」と呼ぶのはもちろん谷中の本心なのだろうが、ファン心理には少なからず「よくぞ無事にここまで」といった感慨も混じる。

 というのも、スカパラは結成から30年のうちに、8人が脱退、うち2人が逝去しているのだ。在籍期間がとても短いメンバーもいて、その中の一人に「杉村ルイ」がいる。

 杉村ルイは、急逝した元メンバーの一人「クリーンヘッド・ギムラ」の実弟で、加入から1年足らずで脱退している。在籍中に発売された唯一のアルバムが「ARKESTRA」だ。

 ARKESTRAは、スカパラが所属レーベルを変えた直後の1枚だ。レーベルが変わればプロモーションが変わり、音楽性も変わる。現在の私はそれを「大人の都合」と吐き捨てられるほど幼くはないし、発売当時は「すごくイイ」と思って聴いていたため、このアルバムに対しての感情は極めてポジティブだ。

 しかし、ルイの加入、そしてARKESTRAには賛否両論があったのだという。賛否とは、つまり否が吹き出したことを意味する。オーセンティックなインストゥルメンタルのスカを好む人にとって、ポップでメロディアスなボーカルの加入は喜ばしいものではなかったのかもしれない。

 そんなARKESTRAに収録された曲に「光」がある。曲のググラビリティが低すぎて「スカパラ 光」で検索してもヒットする情報は少なく(一時期は「フレッツひかり」ばかりヒットしていた)、なかなか単曲配信もされなかった。サブスクリプションサービスで過去の楽曲ががんがん配信されるようになるまで、紛失したアルバムを買い直そうか10年は迷ったと思う。

 「光」を初めて聴いたのは、高校生の頃だ。今よりもずっと性能が低かったであろうシンセサイザーが、どこか儚い起伏で電子音を落とす。手を差し伸べて音符を受け止めるようにドラムがフィルインして、そのままルイの歌が始まる。

 「いいさ このままで 何もいらない 街角の物語 置き去りにして」
 「燃やしたあの季節は 遥かに遠く つかんだ夢のかけら そっと手を開いて放とう」
「いいさ あの頃の 想いはすでに 忘れ去られ クズ箱に捨て去って」
「いいさ このままで 何も追わない ただ今を生きて また何処かへたどり着きたい」

 何かを追って、疲れて、すべてを手放したあとの歌だと思った。儚く、切なく、優しいと思った。そして、「よく分からないけど、何かイイな」という中途半端な想いで丸っこくくるんで、なんとなく胸にしまった。

 その頃の私は、その年代の例にもれず将来に悩んでおり、「夢を追う」というのがどういうことかも理解しないまま夢を追おうとしていた。両親に泣きながら夢を語り、土下座して許しを請うて、必死なつもりで、どこか自分の夢そのものに酔ってもいた。

 その後、私はその夢に向かった。退路を断って、人生をその夢に捧げるつもりで、弱冠ハタチの世間知らずが世に出て、まあ早々に泥臭い努力なんかではどうにもならない壁を見てしまい、結局挫折して2年ほどで逃げ出した。

 逃げ出して引きこもって、それからもう一度生き直した。完全に吹っ切るまでは4年かかっている。その4年間、幾度となく口ずさんだのが「光」だった。

 「今は真夜中に起きていることもなく 朝の陽差し 身体に浴びて過ごす」

 あの頃、私はフラッシュバックに苦しみながら、自分に「これでいいのだ、今はこれでいい」と言い聞かせていたように思う。夢を追うために隘路に迷い込み、真夜中まで何か強迫観念めいたものに追われているよりも、社会の望むように生きて、朝の陽差しを浴びながら日々を過ごすほうが、ずっと私を満たしてくれるじゃないか。無理をして何かを追う必要なんてない。ただ、今は流れていけばいい。

 この、曖昧で未解決な状態に耐えられる力のことを「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼ぶらしい。ビジネス書で扱われることもあるそうだが、当時の私は当然そんな言葉なんか知らず、過去を反芻しそうになる自分に抗っていた。(目の前の問題から目を背けるために「辛かったあの頃」に立ち戻って、古傷をいじるタイプの精神的な自慰はあると思う)

 完全に吹っ切ったのには、具体的なきっかけがあった。恥ずかしいので詳細は割愛するが、それから私は、変化を楽しむ今の私になれたのだと思っている。

 スカパラは結成からの30年間、ずっと変化を続けている。しかしそれは、過去の否定ではない。メンバーの振り返る過去はいつでもまっすぐで熱く、優しいのだ。そんな、過ぎ去った時代にポンと置かれたマイルストーンに「ARKESTRA」があり、「光」がある。

 私は、スカパラの置いた「光」という石に足をひっかけ、おっとっと、と歩調を乱された後に「なんかいい感じの石だな」と懐に入れて、そのまま20年間持ち歩いてしまった。いまさら戻しに引き返すつもりもない。このまま私の変化に付き合ってもらおうと思っている。

 スカパラはメンバーのほとんどがアラウンド50、最年長の北原に至ってはもうすぐ還暦だ。そろそろマジで「あの、大丈夫ですか」みたいな心配をしたくなってくるような、スカパラ初の定年退職を見てみたいような、80過ぎてもボントロ振り回す姿を見てみたいような。

 また、段上に立つ奇跡のメンバーに会えるだろうか。その時私はどんな場所にいるだろうか。

 「ただ季節を巡り また何処かへたど着きたい」

 現在の私は、自分がいるべき「何処か」を見つけたつもりでいる。この先もずっと同じだとは思っていないのだけれど。

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