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BUMP OF CHICKENの音楽の物語はつづくよ

aurora arkツアーは過去、今、未来を結ぶ通過点

 aurora arkツアーが無事に終了した。ファイナルの東京ドーム公演では新たな発見、感動もあったようだ。このサイトに多くのBUMPのライブレポが既出しているのは重々承知している。私は一回きりの参加だったけれど、皆さんのライブレポを呼んでいると、なんだかウズウズして私も感じた思いを伝えたい使命感に駆られた。かなり遅いが、ナゴヤドームでの記憶とその後の思いを記したい。
 
 9月22日、ずっと楽しみにしていたaurora arkツアーに参加できた。BUMPのライブ参加は5回目で前とは比較しがたいけれど、私が今まで見た中で一番明るいツアーだと思った。
 盛りだくさんの演奏と演出。藤原さんの声が迫力を増し、熱量が高まっていた。広いドームを走り回り、寝転ぶ。仁王立ちでバンザイする。とにかく、升さん以外の3人が会場内をよく動く。長い足でひょこひょこと飛び跳ねている。こんな元気なツアーやってみたかったのかな?アラフォーとは思えない4人、何かに吹っ切れたような印象で、観衆よりも彼らが一番楽しんでいるようにみえた。
 ”新世界”ではアニメのスクリーンと4人がとても似合っていた。あのアニメに4人が混ざってもおかしくないと思った。(ベイビーアイラブユーだぜ)はまるで違和感がなかった。それほど明るくて楽しそうで、そのノリと歌に、いっしょに入れて~と言いたかった。
 さらに思ったのは、藤原さん、直井さん、増川さんの3人の密接さ。どんだけ近づいてんの?とツッコミたかった。奏でる音を互いに聴き合い、演奏を楽しみたいのか、一緒に歌いたいのか。そんな仲良し度が微笑ましく、羨ましくもあり。
 ライブが進んでいくにつれて、経験や自信からくる余裕からか、自分たちの曲でライブができる喜びに満ち溢れていた。本当に幸せな4人を見せつけられた。例えるなら、結婚式のお祝いのように、みんなに祝福され、こちら側も幸せになれるという多幸感。楽しい時間をいつまでも共有したいと思う連帯感。
 汗だくで演奏する姿。真剣なまなざし、喜びを素直に表す4人を見て、BUMP OF CHICKENは今、この一瞬を熱く生きている一番のバンドじゃないかと思った。
 直井さんが前にどこかで言っていた。音楽とは、生きていく中で最低限に必要ではないかもしれない、でも俺たちは音楽を選んだ・・・と。これだけ人気があっても、彼らは日々葛藤しているのだろうか。自分たちの奏でる曲を、目の前のリスナーがどんな姿勢で聴いてくれるのか、緊張と不安にさいなまれながら、ライブの度に確認するのだろう。
 アンコールは若い頃の曲ばかりだった。2曲、急きょ追加1曲で藤原さんの高まりがより感じられた。その曲たちは私の中では、初期のアルバムの中の一曲という位置だったが、今回は全く聴こえ方が違った。今の彼らが歌ってもなんら昔っぽさを感じない、重厚感を増して新しい曲として成り替わったような印象を受けた。

 藤原さんの書く歌詞は、正直に言って重い。特に初期の頃は、メロディー、リズムも歌詞にそって暗い雰囲気や、強いロック系のある曲に聴こえていた。過去を過去として切り離したいと考えていた私に、そのイメージは重荷だった。あまりにもストレート過ぎて、自分の中に罪悪感を覚え、同意できない怯えを感じたこともある。だからあまり聴いていなかった。

 なぜライブではすんなり聴けて感動してしまうのか。やはり彼らの演奏レベルやアレンジ技術が向上し、藤原さんの声も伸びてうまくなったからだろうか。彼らが初期からの曲を大切にして、練習を積み重ねてきた成果が出たのだろうと思う。好きな音楽を続けていくには才能だけでない、惜しまぬ努力が必要だと考えるプロ意識が育っているのだろう。そしてライブでは、頑張ってアレンジしたその曲たちを演奏できる喜びや、過去に経験した様々な思いが重なって、生き生きとした曲になるのだろう。でもそんな素振りはリスナーには全く見せず、ラジオなどではお気楽モードでワイワイ楽しそうだから、私たちも気付きにくいのだ。

 今回のアルバム、aurora arcではドラマやアニメの書き下ろしが数曲あった。以前テレビで藤原さんは”歌詞については経験したことしか書けない”と言っていたので、その数曲や新曲発表の早さに少しモヤモヤした気持ちだった。特に”Aurora”のテレビドラマは、正義感あふれる弁護士役が主人公で、なんだか似合わない、と勝手に感じていたのだ。しかしそれはただの偏見に過ぎなかった。BUMP OF CHICKENの今までの活動を基盤として、その経験や感じた思いが先にあり、それらを作品に投影し彼らなりに表現したものが”書き下ろし”の意味なのだ。今までの音楽活動や日々の出来事は、過去に”経験したこと、感じたこと”そのものだから。
 藤原さんが”過去”をとても大切にしていることがよくわかった。その思いをBUMP OF CHICKENというバンドで共有し、曲を作り、1枚のアルバムにまとまった。そこからのaurora arkツアーは、過去、今、未来をつなぐ物語のようだ。

 本当のところ、私は日々の生活で過去のしがらみや責任を負うことから逃げていた。しかし、”今”は過去とは切り離せない。今までそばに居た人、過去に得たもの、そこから感じた思い、どれも今の自分を形作っているものだ。それを否定してはいけない。要は過去から逃げられないということだ。

「もう一度 もう一度 クレヨンで 好きなように もう一度 さあどうぞ 好きな色で 透明に もう一度 もう一度 クレヨンで この世界に 今こそ さあどうぞ 魔法に変えられる」

「ああ、なぜ、どうして、と繰り返して それでも続けてきただろう 心の一番奥の方 涙は炎
 向き合う時が来た 触れて確かめられたら 形と音をくれるよ あなたの言葉がいつだって
あなたを探してきた そうやって見つけてきた」

*「 」内は”Aurora”より引用

 過去はクレヨンで透明に変えられますか?今からでも間に合いますか?そう問えば、彼らは、あなたは自分を信じてやってこられたでしょう、と励ましてくれる。
 今までの涙は無駄ではないよ。涙の背景にある出来事、そこで感じた思いは価値あるものだよ。それを”今”向き合わなくていつ向き合うの?、大丈夫だよ、あなたは自分で見つけてきた人だから、とさわやかに歌ってくれるのだ。

 ”Aurora”がこれほど深い歌だとは思わなかった。BUMP OF CHICKENというバンドは、重いと感じる人生を少しでも軽く、またそれは楽しいものだとリスナーに感じさせるように、懸命に音楽の技術を磨き、わかりやすく表現してくれていたのだ。望遠のマーチ、新世界などでも同じだ。コーラスは年々上手くなり、目をつむって聴き惚れてしまうことも度々ある。
 この曲はリスナーだけでなく、BUMP OF CHICKENというバンドが各々の思いを今一度整理し、それを外に向けて飛び出すような印象も受ける。陰ながらリスナーを応援し、バンプ自身の決意表明ともとれる、ポジティブ志向の応援歌のようだ。

 ナゴヤドーム2日目は”Aurora”で始まり、”バイバイサンキュー”で締めくくられた。そうか、このツアーはとても壮大な音楽物語の途中なんだな。そしてそれは未来に向けてまだまだ続いていくんだな。

 「何万人の一人でなく、一人一人に向けて歌う」藤原さんがよく言っていた。
 今年、日本では甚大な災害、世界では政治的な紛争や事件が目立つ。災害や紛争の場面を目の前にして、大勢の人の虚ろな顔がテレビで映るとき、私はその人たちをその他大勢として素通りしていないか?一人一人に身体があり、各々の心を持った尊大な一人であることを忘れていないか。藤原さんのこの言葉は、それを気付かせるきっかけにもなる。そこから、社会における自分の立場や責任を実感できる。
 
 「多くのミュージシャンの中から、僕たちの曲を選んでくれてありがとう」彼はそう言っていた。
 なぜ、あなたたちの曲を選んだか。それは言葉だけでは足りない自分の思いを、音楽の力で表現してくれているからだよ。言葉だけでは難しい”伝える”部分をわかりやすくメロディーにのせてリズムで刻んでくれるからだよ。こちらこそありがとう。BUMP OF CHICKENにそう伝えたい。
 
  
 
  

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