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ヨルシカの歌詞の世界。

言って。の中のいって。

最近よく口ずさむ曲がある。
ヨルシカの『言って。』だ。
予備知識は全く無く、YouTubeで見付けたこの曲は、5000万回近く再生されている、人気のある曲だった。
テンポのいい、ポップなメロディラインに、刹那的な歌詞で表現されている。
MVでは、シンプルな線で描かれた、可愛い女の子が、階段の踊り場で、踊りながら歌っている。

思わず口ずさんでしまう、ギターのメロディラインは、一度聴くと耳から離れない。
スマホの画面をタップする時に、このメロディで、トントンしてしまう事もある。

曲の歌詞は、「言って」から始まるのだが、次に出てくる「いった」は、ひらがなで歌われている。
゛言った゛が最初に考え付くが、その後の歌詞には繋がらないような気がした。
゛行った゛や゛逝った゛も考えられた。
これだけで、切ない気持ちになってしまう。

常々日本語は、漢字、ひらがなとカタカナを使う複雑な言語だと思っていた。
そして、同じ読み方でも、漢字によって、意味が違ってくる言葉がたくさんある。

ここで、ひらがなで、「いった」を選んだ事によって、聴く人に、いろいろな解釈をされる歌詞になってくるんじゃないかと思った。
MVでは、「言って」の部分は殆んど、ひらがなで「いって」の吹き出しになっていて、同じく観て聴いている人によっても、また違う解釈になってくるように思う。

どんどん聴いていくと、最後の方に出てくるのは、「逝った」だった。
伏せんとして、
「あぁ、いつか人生最後の日、君がいないことを」
という歌詞がある。
私の解釈としては、不可能なのだけれど、最初の「いった」は、君が、゛逝った゛事を゛言った゛けれど、゛行った゛のかもしれないんじゃないかと思った。
なぜなら、
「 あまり考えたいと思えなくて
忘れてたんだけど 」
と続くからだ。
「盲目的に盲動的に妄想的に生きて
衝動的な焦燥的な 消極的なままじゃ駄目だったんだ」
という歌詞にも、繋がる気がする。
そして最後の、
「もっとちゃんと言って」
に繋がると思った。
または、゛言って゛ほしかったけれど、゛逝って゛しまったのか、とも考えられる。
歌詞を読むにつれ、いろいろ考えさせられる内容だと思った。

この曲の中で、一番好きなのは、
「明日十時にホームで待ち合わせとかしよう」
という歌詞。
急に、学生時代のような、懐かしくて甘酸っぱい感じがする。
そして私は、ヨルシカを聴く年齢層ではないんだろうなと思わせられる。
でも、口ずさんでしまう魅力的な曲。

この曲は、もう、逝ってしまった君に、その事を最後、
「もっと、ちゃんと言って」
と言っている、切ない曲だった。

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