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tetoに教えてもらった

私の超現実至上主義宣言

思い出は美化される
と分かっていながらも思い出はいつも現実より輝いている
「コーンポタージュ」
を初めて聞いた時、思い出したのは大学生の頃の事。
薄い壁の狭いアパートの部屋に集まって、何かにつけて飲み会をしたことや、締め切りに追われてレポートを作ったこと。
ゼミ室に学校の門が閉まるまで残って話し込んだこと。
飲み会の幹事が苦手でやりたくなかったこと、昼時の学食の混み方が嫌いだったこと。
それなりに悩んでいた、ものすごくちっぽけなことでさえ、今は思い出として全部「楽しかった」と思い出してしまう。
 

今私は思い出の10年後を生きている。

「このくらいは大丈夫?」
「このくらいは大丈夫。」
「明日は朝早いかい?」
「今夜は大丈夫さ。」

こうやって言い合っていた10年前に戻りたいと思うけど、この思い出の日々はもう二度と来ることがない。
 

なんて切ないんだろう。

思い出は鮮明に蘇るのに、これからの人生で二度と経験する事が出来ないなんて!

聞く度に思い出が蘇って来る気がするから、何度も11曲目を聞いてしまう。
だけど、誰もが分かっていることだが、思い出にばかり浸って生きていくことはできない。

15曲目 LIFE
「君に気に入られるようにと
なんとなく始めたバンドは
今でも楽しくやれててさ
たまには遊びにでもおいでよ」

この歌詞がいきなりボリュームを上げたかのように耳に入ってきた。
思い出の日々には確かに戻れない。
だけど、その過去が今をつくり、今を生きているという当たり前の事が、腑に落ちた。

思い出は美化されるし「今」より輝いて見えていたけど、「なんなら、過去の日々を乗り越えた今の私の方がかっこいいんじゃない?」なんて思ってしまった。
 

今の私は毎日とにかく必死に生きている。
目に見えるものとも、見えないものとも闘っている。
いつかこの日々に戻りたくなるかもしれないし、二度と戻りたくないと思うかもしれない。
だけどこの日々を生き続けるのは私。
だから、毎日とにかく前を向いて生きていこうと。
それが私の今のところの超現実至上主義宣言。

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